迷宮出現2


 レーナイン元伯爵から迷宮についての情報を詳しく聞いた。

 発見された当初は規模はそれ程でもなく、この世界最大規模ともなるエルフの里でもある世界樹の麓にて、小さな洞窟が生まれただけだったらしい。


 なぜ急にそんなものが生まれたのかは定かではなかったが、里の最高権力者にして生きる伝説、ハイエルフのララ・サーティラの鑑定により瘴気の類が発見されなかったため、魔族の手によるものではないと当時は判断された。


 しかし放置されていた迷宮は日を追うごとに巨大化していき、ついに人を襲う新種の魔物まで現れるようになってしまったのだ。


 もちろんエルフの里とて無防備な場所ではないため抵抗はした。

 だが魔物は倒せるものの、思いの外洞窟の深度が深く原因の究明までは辿り着けなかったらしい。


 世界樹の麓に出現したこの洞窟は日を追うごとに深くなる性質から、洞窟そのものが生きていると判断したララ・サーティラはその後の対処として人類世界最強の戦力である勇者を国賓として招致し、もはや迷宮となった洞窟に向かわせた。


 ……と、ここまでが100年間のスキップを行い、俺がこの世界に訪れたくらいの頃までに起きていた大分部の説明だ。

 レーナインさんも最初から知っていた情報ではあったが、世界各地で起こっている怪奇現象の一つだと捉え、特に気にする事も無かったという。


 まあそれは当然だ。

 なにせ問題の解決には勇者が向かったのだ、普通だったら一撃でけりが付く。


 しかし俺がミゼットと共にガルハート領を離れ現実で過ごしている間に状況は一変した。

 なんと原因究明に向かった勇者が迷宮攻略の戦力が不足していると感じ、一旦引き返してきたのである。


 魔王すら単騎で討伐し、魔大陸に乗り込んで魔神とさえ渡り合えるかの勇者が敗走である。

 所謂いわゆる、前代未聞というやつだ。


 その情報を理解したエルフの里と周辺各国は事の深刻さをようやく理解し、現在打開策を模索しているというのが全体のあらすじだった。


 聖騎士祭が盛り上がっているのも、勇者一行の選抜に対しいつも以上の熱意が込められているからなのだそうだ。


「こう言ってはなんですが、これは世界の新たな危機です。本来ならば利益など考えずに一丸となって迷宮の攻略に取り組むべきでしょう」

「……ええ、そうね。……で?」


 徐々に表情が曇るレーナインさんに対し、ミゼットは少し冷たく突き放すように言う。

 ああ、これは俺にも分かるぞ。


 ようするに彼は貴族として、そして国の事を考えミゼットを政治利用したいのだろう。

 もちろん利用するとはいっても最大級の敬意を払った対応によるものになるだろうが、それでも利用するという点において苦々しい思いを感じているはずだ。


 だから表情が曇り、虫の良い事を言っている自分に嫌気が差している、と言ったところだろうか。


「そして世界の危機とは同時に、政治に関わる者達にとっては好機でもあります。勇者ですら失敗した問題の解決に貢献できれば、国としての発言力も増すからです。本音を言えば、ご先祖様には此度の迷宮攻略における勇者一行の一人として、この国の強力なカードになって貰いたいのですが、しかし……」


 そこまで言葉にしたレーナインさんは、固い表情で口を閉ざした。

 たぶんだが、聖騎士ミゼット・ガルハートの伝説からも彼は分かっているのだろう。


 この少女を政治の絡んだ国の権力で動かす事など不可能だと言う事実に。


 もちろん貴族としても国としても、他国に差をつけるためにミゼットを利用するのが最適解だ。

 その実力は本物だし、なんといっても伝説の英雄の力を借りられるというのは大きな牽制になる。

 なぜならそのバックには神の存在が示唆されているからだ。


 だがレーナインさんはミゼットの情報を無暗に出すのを控えたがっていてもいる。

 当然ミゼットが権力によって動かない人物であった場合、無理に利用しようとすればそれこそ敵に回るかもしれない。


 そしてなにより、彼は自分の偉大なる先祖である聖騎士ミゼット・ガルハートに尊敬の念を抱いている節があるからな。


 貴族としては失格かもしれないが、中々折り合いが付かないのだろう。


「くっ、……なんと不甲斐ない。貴族には、……いえ私には、あなたを利用しようとする野心がどうしても生まれてしまう。かつて大陸を救った英雄に対し、ましてやその子孫であるはずの私は、どこまで矮小な存在なのだ」

「……爺さん」


 状況への理解が追い付いていないグレイ少年が、崩れ落ちそうになるレーナインさんを不思議そうに見つめる。


 だがこの説明を受けたミゼットは平然としており、こうして自分を利用としている彼を蔑んだ目で見る事もなくどこまでも冷静だった。


「気にしなくていいわ」

「しかし!」

「気にしなくていいといったの。それは貴族として当然の判断だから。……私のお父様、ガレリア・ガルハート伯爵もそうだったもの。私を救った人物を死んだ者として利用し、その功績を娘の物とした。それは立場あるものとして、一つの正解なのかもしれないと今では思っているわ」


 ミゼットはどこか昔を懐かしむようにそう語る。


「……では」

「だけどダメね。やっぱり私は私の意思でこの世界を生きるわ。あなたが貴族として判断した事に従うなんて事にはならない。でも、同時に蔑む事もないわ。だからせいぜい、私の功績を有効利用しなさい。私は私の意思で、そう、この世界の迷宮とやらに冒険しにいくことにするの」

「…………ッ!」


 そう言ってチラリとこちらにアイコンタクトを取るミゼットは、俺に『ちょっと付き合って』とでも言うかのように舌をぺろりと出した。


 うーむ、そう来たか。

 『創造の破綻』関連において、創造神プレイヤーたる俺がここで動かないなんてことは有り得ないので、行く事そのものは賛成だ。


 しかし今は黒子お嬢さまの訓練中である。

 こちらもこちらで蔑ろにしてしまう訳には当然いかないので、いわゆるダブルブッキングという形になってしまったな。


 さて、どうしようか。

 ……と、そこで俺は閃いた。


 あれ、修行を進めた黒子お嬢さんを迷宮でも修行させればいいんじゃないか、という事に。

 むしろある程度レベルが上がり育ってきた今、修行効率を求めるならば実戦しかないだろう。


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