異世界ブートキャンプ3


 創造神の神殿という謎空間に飛ばされた黒子お嬢さんが目を白黒とさせる中、一通りステータスの鑑定が済んだ俺は声を掛けた。


 これからリプレイモードで向こうの世界基準で1ヶ月、こちらの世界基準では余裕を見て半年程だろうか。

 その期間、この神殿で修行を積んでもらわなくてはならないのだ。


 まぁ他に都合の良い修行場所が見つかればその限りでは無いが、とりあえず力の限り修行できるこの機会を逃す手はない。


 そもそもこっちの世界の生物は強すぎて、今の黒子お嬢さんではレベル上げもままならないしな。

 俺がついていてもいざ前に出して戦わせたら、ワイバーンにパクリとやられてしまうかもしれない。


 預かったお嬢さんにそんな危険なマネはさせられないだろう。


 もっとも、ゴブリンやホーンラビット等の初級モンスター相手に無双するなら話は別だ。

 だが、それだと当然時間がかかるし効率が悪い。


 だったら実物よりは経験値が劣化するとはいえ、元々保有する経験値が豊富な敵をリプレイモードで再現した方がまだ成長が早いはずだ。


「と、言う訳です黒子お嬢さん。今から俺の力で仮想生物を召喚するので、それと戦って下さい」

「…………」

「聞いてますか……?」


 声を掛けたが、なぜかぽかんと口を開けたまま放心している。

 どうしたのだろうか。


 さっきまでは考え事に夢中という感じだったが、今のコレはただ放心しているだけだ。

 何か気になる事でも……?


 そして気づいた。

 今の俺のアバターが、設定年齢15歳である事に。


「あの、つかぬ事をお聞きしますが、貴方様はもしや、さ、斎藤様のご親戚の方なのではないでしょうか……?」

「あー……」


 やっぱりそれが原因だったか。

 いやはや、無理もない。

 いきなり俺によく似た青年が気軽に話しかけてきているんだからな。


 とはいえ、親戚はいささか無理がないか?


 普通は親戚ってそんなに似てないぞ。

 せめて年の離れた弟とかだろう。


「あっはははははは! 違うわよクロコ! これはこっちの世界でのケンジよ! ケンジは何かと自分の都合でころころと見た目を変えるの。まぁ、私はもう慣れっこだけどね」

「な、な、な……」


 ミゼットの説明に驚き過ぎて言葉すら失う黒子お嬢さん。

 しかしその説明だと、まるで俺が年齢不詳の変人のように聞こえなくもないが、そんな事はないぞ。


 こっちだって何も好きで子供の姿をしている訳ではない。


 あくまでもゲームだと思って創造した初期アバターの年齢が10歳だっただけだ。

 その後、5年経過した100年前の世界でも辻褄が合うように15歳に設定変更し今に至るだけだ。


 個人としてはれっきとした32歳である。


「おにぎりのおのこが摩訶不思議な術を使うのは今に始まった事ではないぞえ? 陰陽師にはこういう術はないのかのー」

「あ、あ、ある訳じゃないじゃないですか! なんですかそれ!? 年齢操作って、そんな馬鹿な……! いえ、ですがこの世界が仮想空間だとすれば、あるいは……」


 どうやら陰陽術でも年齢の設定変更は不可能だったらしい。

 いや、そりゃそうだが。


 とはいえこの異世界の方はともかく、こっちの創造神の神殿が仮想世界かと言われると、違うとは断言できない。

 故にそう勘違いしてくれるのはこちらも細かい説明を省けて便利であるため、そのまま勘違いさせておく事にする。


「まあ似たような物ですよ。そうそう、仮想生物は本気で結界内の人間を殺しに来ますが、彼らには殺されても戦闘後に無傷で復活できますので、気にせずどんどんられて経験値を稼いでくださいね」

「で、ですよね! 仮想世界なら納得がいきます! でも、若い頃の斎藤様を再現なさるなら、それならそうと仰っていただければ良いものを……。私はとーっても、びっくりしました!」

「ははは……」


 頬を染めてぷんすか怒っているが、仮想世界での戦闘の話はスルーですか、そうですか。

 いや、いいんだけどね。

 時間はあるし、徐々に慣れて行けば。


 余談だが、俺が制作した創造神の加護付きのアイテムを装備しつつ訓練すれば、経験値効率はさらにあがっただろう。

 しかし陰陽師の戦い方がどういうものか、というのが大前提で理解していない俺が邪魔をしても良い結果にはつながらないと思ったので、まずは一人で戦っているところを見学する事にしたのだ。


 何か要望があればその都度アイテムをクリエーションモードで創造すれば良い。


「ではまずは訓練の定石、ワイバーンあたりから行ってみますか。あ、よそ見してると危な────」

「────ほえ?」


 ガブ。


 なんと、開始早々黒子お嬢さんの後ろに出現したワイバーンが、その首から上をパクリと食べてしまった。

 いきなり首無し死体の出来上がりである。


「そして高速再生される体。……うん、やっぱ端から見るとショッキングだ」


 紅葉なんかこのリプレイモードの敵に慣れるまで、何時間もイヤイヤと俺から逃げ回ったくらいにリアルだからな。

 その臨死体験の再現度合いは異質の一言である。


「…………。…………はっ!? 私は今なにを!?」

「おかえり黒子お嬢さん。あなたは今、一度死にました」

「え、死、って……」


 先ほどの事を思い出そうとし、顔面蒼白になる黒子お嬢さん。

 仮想空間と信じ込んでいても、体はその体験が本物であると本能的に理解しているのだろう。

 まあ、経験に関しては本物じゃなきゃレベルアップできないから、本物以外の何物でもないんだけどね。


「この空間はそういう世界なんです。何度死んでも生き返り、強敵と際限なく戦える。お嬢さんがある程度強くなれば、紅葉やミゼット、そして俺なんかの仮想キャラクターとも戦ってもらいますよ」

「はぁっ……! はぁっ……!」

「まぁ、今はまだ慣れない死の経験に精神が驚いているでしょうから、一旦休みましょう」


 俺だってこのリプレイモードが不死身だと分かっていても、最初はビビってうまく立ち回れなかったしな。

 こんなヤバイ経験に速攻で順応できるのは、そもそも遺伝子からして戦闘民族なんじゃないかって疑っているミゼットくらいのものだ。


 あ、そうだ、最後に注釈を加えておかないと。

 これを言っておかないと、なぜこんな拷問のような修行を続けるのか、意義を見出せないかもしれないし。


「それにお気づきではないかもしれませんが、あなたは既に以前の5倍は強くなっているんですよ。今の自分の霊力を探ってみてください」

「え? …………なっ! これは……!」

「そうです。それがこの世界の強みなんですよ。この調子で修行を続けて行けば、向こうに戻った時には最強の陰陽師になっているはずです」


 俺はニヤリと笑い、無言で次のモンスターを召喚した。


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