異世界ブートキャンプ2


 黒子お嬢さんの修行を引き受けてから、その日の夜にはさっそく異世界に渡る事になった。


 当然それには俺以外の3人をアプリの次元収納に格納してから向こう側で取り出す事になる訳だが、もともと黒子お嬢さんには紅葉を封印という形で出し入れしている事がバレており、どこかに俺が魔術か陰陽術で作り出した固有のフィールドを所持していると思われている節がある。


 故に次元収納への格納はそれほど難しくなく、少し説明するとすんなりと受け入れてくれたようだ。


 これが源三の爺さんやハリー・テイラーのようなぶっとんだ洞察力の持ち主を相手に目の前でやってしまうと、おそらく高確率で追及をくらっていた事だろう。

 だがなんというか、自分で言うのもなんだが黒子お嬢さんは俺にかなり好意的で、ぶっちゃけていうと盲目な所がある。


 それも踏まえて疑われる事なく済んだ訳だ。


 ちなみに黒子お嬢さんを異世界にて取り出すのは一先ず創造神の神殿の中と決めている。

 いきなりガルハート領の森の中で取り出し、さあ異世界人との初遭遇と行こうか、とはならないのだ。


 あくまでもこの修行空間は俺が個人で保有する魔法空間の一つだと思わせなければならないため、そういうあからさまなネタバレは避けるべきだる。

 なにせ一度ここが異世界だとバレてしまえば、そこでどんな混乱が起こるか分からない。


 いや、別に混乱が起こったところで俺の意思がなければ行き来できない以上、最低限のセーフティラインは設けられているのだが、何もこちらの世界を地球人だらけにして混沌に陥れることもあるまい。


 こういうのは限度や節度というものがある。

 個人の範囲ならば許容される事も、集団で乗り込んでしまえばそれは文化の破壊や侵略となってしまうだろう。


 と、俺は考えている訳だが、正直スケールが大きすぎて頭がパンクしそうなので、触らぬ神にたたりなしの方針でヒヨっているだけだ。

 異論は認める。


 そして現在、向こうで2~3日、つまりこちらの世界で約1ヶ月ほど留守にしていたガルハート領の森へと到着し、さっそく創造神の神殿にて3人を次元収納から取り出した。


 ミゼットと紅葉は既に慣れたものだが、案の定、黒子お嬢さんには刺激が強かったようで目を白黒とさせている。


「うぺぇ!? こ、ここはいったい……。空間転移に関しては口寄せの術の応用で可能だとして、この神殿以外に何もない真っ白な空間と青い空は……。まさか魔術や陰陽術において一つの極みとされる、術者の固有世界……? いえ、もしかしたら簡易的な封印術を利用した仮想世界……? しかし斎藤様ならあるいは……」


 何やら難しい単語を並べて推測しているが、ぶっちゃけていうと俺にもよく分からない。

 そこらへんはアプリの制作者とかにしか分からないだろう。


 あと、女の子がいくら驚いたからって『うぺぇ!?』はないと思います……。

 これは聞かなかった事にしておこう。

 それよりも、俺にはまず確認しなくてはならないものがある。


 さっそくで悪いが、今回引き受ける要因の一つにもなった異世界における黒子お嬢さんのステータスといかせてもらおう。


【異世界人:戸神黒子】

異世界人Lv:10

スキル:魔力5倍、経験値獲得補正2倍、スキル獲得補正2倍


創造神プレイヤーの意思により、遥か時空を超え異世界から渡ってきた人間。

この世界に適応した事で職業を獲得し、上位職でも複合職でも基本職でもない、特殊職となった。

主に異世界における魔法、陰陽術を使うが、この世界のデータにない為スキルとして具現化はされない。


「ほほう、これは中々…………」

「何々、何が見えてるの?」

「いやな、これはかくかくしかじかで……」


 俺の鑑定結果が気になったミゼットが話かけて来たので説明を行う。


 しかしこれは予想以上の結果だな。

 世界は違えどアプリの所有者たる俺と同じく人間種である以上は、何らかの職業は獲得できると確信していた。

 だが、まさかそのまんま【異世界人】というのが職業になるとは思わなかったよ。


 しかも能力がこれまた破格だ。

 固有の能力がレベル10にして三つもあるし、魔力5倍とか成長補正2倍とかやってる事がえげつない。


 この職業単体では攻めにも守りにも転じる事ができないため、サポート役が居ないと成長に転じる事はできないだろう。

 いや、時間をかければどちらにせよ成長補正があり有利に働くのだろうが、まず戦闘力を鍛えるためにはどうしても魔物との戦闘が必須であり、一人ではそこで躓くはずなのだ。


 武器の所持や武術の心得があれば別だけども。


 しかし今回は創造神の神殿プラス俺、というサポートがしっかりついており、しかも黒子お嬢さんには地球人として培った陰陽術という立派な技能がある。


 彼女ら陰陽師が言うところの霊力というのはとどのつまり魔力の事なのだろうし、ようするにその霊力が5倍になっただけでも既に物凄いパワーアップだ。

 はっきり言ってとんでもない強化と言わざるを得ない。


 特殊職というくらいだから、ここから職業が派生していく事はないのだろうけども、それでもレベル10でこれなら、上位職や複合職にも勝るとも劣らない性能である。


 既に修行という面ではノルマをクリアしたといっても過言ではないのではなかろうか。

 いや、ちゃんとリプレイモードにて修行はこなしますがね。


 そうこうしてこの職業という概念を含め、ミゼットに彼女が今どういう状態なのか伝えると、その狼狽えようは激しいものとなった。


「えー! なにそれズルい! そんなの反則じゃない!」

「いやまて、ミゼットだって聖騎士という立派な複合職を持っているじゃないか。この職は勇者や賢者には及ばないまでも、複合職の中では他の追随を許さない程の最強格のパワージョブなんだぞ」


 なにせ自由に複合職を選べる立場であり、職業の解説ですら自由に閲覧できる俺がまず最初に必須だと考えて獲得した職業だ。

 弱いはずがない。


「パワージョブがどうかなんて知らないわよ! 難しい事ぺらぺら喋られても分かんないわ! 私はただこちらの世界に来ただけでどーんと強くなった事に対して、ズルいっていってるのよ! これで私より強くなってたら承知しないわ!」

「まあ、分からんでもない」


 確かに世界観を移動しただけでこのパワーアップはズルだ、チートだこんなもの。

 とはいえ、新たにアプリに掲載された職業一覧で確認してみると、異世界人という職業はスキルは強いもののステータスの上昇値はそこまででもなかった。


 おそらく強くなりたかったらありあまる魔力と多彩なスキルでパワーを補ってね、っていう所なんだろう。

 素の力は生産系基本職の錬金術師や、変化形基本職の魂魄使いと同等か、それ以下である。


 なんともピーキーな職業だ。


「あら、素の力はそこまででもないのね。ならいいわ」

「めちゃくちゃ切り替え速いな……」

「ふふん、当然よ。心の広いミゼット様がこんな事でとやかく言うはずがないわ。私はいつでも平常心!」


 先ほどまでの憤りはどこへやら、自分がマウントを取れていると確信したミゼットはケロリと機嫌を良くした。

 ようするに強くなった事ではなく、実力で追い抜かされるのが不安だっただけらしい。


「それを一喜一憂というのじゃ」


 紅葉もみじ大先生、ごもっともです。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る