異世界ブートキャンプ1


 格ゲーで伝説の70人抜きを果たしたゲームセンター事件の翌日、この世界の不思議な文明に感化されたミゼットに東京の電気街を案内するよう約束を取り付けられた。


 まあ大昔に封印されてからこの時代に復活したばかりの紅葉も乗り気のようだし、二人を連れて観光するのも悪くはないのだが、今は紅葉の姉妹が問題を起こしている最中だ。


 その事を大まかに説明した後、問題が解決したら遊びに連れていくという形で了承させる事にした。


 ただ、何日もこちらで過ごすと向こうの世界では10倍のスピードで時間が進むため、そう何か月も居座る事はできない。


 ガルハート家の子孫であるレーナインさんだって頼れる先祖の帰りを待ちわびている事だろう。

 その事はミゼットも重々承知しているみたいなので、今回の件についてはそう我儘を言う事はないようだ。


 ……で、約束はまた今度実行に移すとして、今俺達が何をやっているかというと────


「────という訳でな? ちーっと、お前さんにこのお嬢さんを鍛えてもらいたい訳よ。な、できるだろ?」

「ふむ……」


 なんと、先日の深夜に裏路地で鉢合わせになった男、傭兵であるハリー・テイラーが戸神家のお嬢さんを連れて俺の自宅に来訪したのだ。


 話を要約すると、九尾の狐という今話題の邪神を封印するためには黒子お嬢さんの力が必要なので、鍛えてくれという事らしい。

 もちろん依頼という形になるので報酬もたんまりと貰えるようだが、正直なところなぜ俺の所に来たのかが分からない。


 そもそもの話、俺は陰陽術なんか使えないので鍛えるも何もない。

 完全に専門外である。


 ……だが、ハリーの軽はずみな口調からは真剣さは全く伝わってこないが、黒子お嬢さんと源三の爺さんの険しい顔を見るに、向こうもそれなりに本気なようだ。

 報酬は文句なしの大盤振る舞いなのだが、さて、どうしようか。


 ちなみに報酬内容は目が飛び出るほどの依頼料だけでなく、なんと俺が経営を始めようとしている異世界喫茶に戸神家が全面的にバックにつくという垂涎もの条件だった。


 これだけ見れば、こちらから土下座でどうかお願いしますと言いたいくらいだ。


「なぁ、ダメか?」

「いや、ダメじゃない。……ダメではないが」

「おっしゃー! さすがサイトウだ! 良かったな嬢ちゃん! この男が力になってくれるそうだぞ!」

「は、はいっ!」


 おいおい待てよ、話聞けよ。

 なんでそんなフレンドリーなんだよこの傭兵。


 いやそうじゃない、フレンドリーなのは良い、やりやすい。

 だが話は聞け。


 黒子お嬢さんもそんな元気に返事しちゃダメだって。

 まるで俺が承諾したようじゃないか。


「待て、俺はまだ承諾はしてないぞ」

「ま、だろうな」

「ん?」


 なんだ?

 急に真面目になったぞ。


 なんというか、この男はつかみどころが無い。

 ザ・一般人を地で行くオーラの無い俺が言うのもなんだが、こいつはこいつで普通にしてたら強者のオーラを全く感じさせない佇まいなのだ。


 ぺらぺらと喋っている時は、戦っている時のあの無敵感をまるで感じない。


「いや、俺もそこまで楽観視はしちゃいねぇよ。得体の知れないお前さんの事だ、色々と事情はあるだろう。だがそれを知って俺達はこうして頼みに来た、って訳だ。……この意味は分かるな?」


 分からん。

 さっぱり分からん。


 そんなセンスのある駆け引き俺には無理だから、諦めてくれ。

 というか普通に教えてくれ、どういう事だ。


 しかし周囲を見てみると、俺以外の全員がハリーの言葉に頷いていて、紅葉までもが「ふぅーむ……」とかいって顎に手をあてている。


 え、分からないの俺だけ?

 マジ?


 紅葉に負けるとかなけなしのプライドに傷が……。

 うっ、頭が……。


「も、もちろんだ。……モチロンダヨ」

「はっ! そうこなくっちゃな! なに、俺も一流の傭兵を名乗るプロだ。覚悟は出来ているぞ」

「うむ。斎藤殿ならそう答えてくれると思っておったぞ」


 やばい、適当に分かった振りをしたら本当に分かっている態で話が進んでしまった。


 この理解不能な現状をどうしようかと思案し頭を悩ませていると、既に事の成り行きを理解しているミゼットが話に割って入って来た。


「まぁ、私はそのクロコを鍛えるっていうのに否はないけど。この貸しは大きいわよ? 覚悟ある戦士にこういう事を言うのは気が進まないけど、取引材料がまだ不足している分をあんた達の存在価値で埋めるっていうんだから、安くないわ」

「わぁーってるって。その分はキッチリ埋めさせてもらう」


 ああ、そう言う事か。

 なんとなく話が見えて来たぞ。


 ようするに彼らは俺に黒子お嬢さんを託すという依頼を前に、まだ報酬が不足していると踏んでいる訳だ。

 なんでそう思ったのかは定かではないが、このおっさんの価値をそれほどまでに高く買ってくれているのだろう。


 だから俺が承諾に渋ったのも想定済みだった訳で、その穴埋めとして、自分達の働きで返すから不足分は投資しろ、と言っているのだろう。


 なんとなく意味は理解できた。


 ……いや、だったら普通にそう言え!

 このおっさんに何を期待しているのか知らないが、普通分からんからそれ。

 言っとくけど俺が普通だからな、この話をすんなりと理解する君らの方がおかしい。


 そしてそんな自問自答を繰り返している間にも似たようなやり取りで話は進み、なんと俺の意見を代弁している──つもりになっているだけで、実際俺は理解していない──ミゼットが交渉役に付く事で、一先ずの決着を得た。


 結論から言うと、黒子お嬢さんを預けるから強くしろ。

 期限は最長で1ヶ月。

 方法は問わない。


 という事らしい。


 ……うーん、まあ、それならなんとかなるかな?

 九尾の件で切羽詰まっているのは分かっているし、俺もなんとかしたいとは思っていたところなので、実験がてらに黒子お嬢さんを異世界に連れて行こう。


 というか、一度人間のレベルが上がるか見ておきたかったんだよね。

 幸いミゼット主導の交渉により守秘義務みたいなのを約束してくれたし、大事にはならないはずだ。


 それでも、アプリの世界が異世界だという事は告げずに、何か言い訳を考える必要はあるけどね。

 無暗に隠すつもりはないのだが、無用な混乱を避けるため秘密に気づくまで打ち明けないつもりだったが、なにやらこちらの謎に勘付き始めている雰囲気を感じたので、その点を上手く利用しよう。


 何、100の嘘で固めるよりも、少量の真実を体験させた方が誤魔化しも上手くいくだろう。

 ……この凡人である俺にどれ程の嘘がつけるのかは分からないが、幸い向こうの信頼は得ている分誤魔化し易い。


 何より個人的に、レベルアップによる職業補正の影響を、他人も獲得できるのかを実験してみたいというのがあるのだ。



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