閑話 コスプレ女王様


 斎藤の部屋を勝手に抜け出したミゼットは、この世界に来た当初の指示通りに騎士のはしっかりと装備から外し、騎士鎧を纏ったまま街へと繰り出した。


 ミゼットも内緒で部屋から抜け出すのはちょっと悪いかな、という気もしたが、なんだかんだぐっすり寝ていた二人を見ていたら起こすのもどうかなと思い今に至る。

 本人としてもせっかく来た神々の世界というのも気になるし、散策しない手は無かったのだ。


「それにしてもケンジの世界は変わってるわねぇ。箱の形をした鉄の魔物が人間を運んでいたり、魔力を感じないのに照明の魔道具が所狭しと並んでいるわ」


 初めて見る日本の町並みはどれも新鮮に映り、好奇心を刺激される。

 斎藤の家で見たテレビとかいう小さい人間を閉じ込めた箱にも興味は尽きなかったが、ここまで来るともはや理解の埒外であった。


 かくいう彼女も日本人からすれば馴染みの無い騎士鎧を装備した美少女という事で、通り過ぎる人から好奇の視線を向けられているのだが、本人はそれに気づかない。

 というのも、小さい頃からのお転婆ぶりで注目を浴びるという状態に慣れているため、視線には気づいていてもいつも通りに感じてしまうのだ。


 まあ、はたから見ればやけにクオリティの高いコスプレと取られない事もないし、一応武器となる装備品は部屋に置いてきているために、日本アニメに憧れた外国人の方が遊びに来ているという方向で受け止められているのは幸運な事だろう。


 まさか本当に実用性の高い、……どころか異世界の魔王との戦いにも耐えられる程の防具を身に着けているとは誰も思わないはずだった。


「お、おいあの外人の娘、めちゃくちゃ可愛くない?」

「お前声かけろよ。見るからにお上りさんって感じだぞ、今ならナンパでもなんでも成功するって」

「任せろ!」


 そしてそのように目立つ格好で都会をうろついていれば、当然のように群がる人種もまたいる。

 こんな平日の昼間から仕事も学校も無く何をやっているんだと思わなくもないが、居るところにはいるものだ。


 財布も持たずに電気街を物珍しそうにキョロキョロと物色しているミゼットの下に、二人の男性が近づいてきた。


「ねえ君、俺らと食事でもどう? 奢ってあげるからさぁ」

「そうそう! 君中高生くらいだよね? 日本には留学しに来たの? そのコスプレめっちゃ良く似合ってるよ!」


 二人はコスプレ騎士少女が自然と放つ強者のオーラに少したじろいながらも、だんだんと普段の調子が出て来たのか囲い出す。

 しかし対する少女は特に臆することもなく、また喜ぶような事もなく、少し思案気にした後これはこれでアリか、とでもいうように頷いて返答を返した。


「あら、ありがとう。それなら是非この街の案内をしてもらえると助かるわ。あんた達がそれなりに使えそうなら、これからも使ってやらない事もないわよ。まあ頑張りなさい」


 壮絶なレベルの上から目線である。


 しかしこのような態度であっても、なぜかこのコスプレ少女からは普段から人を使い慣れた高貴な身分の人オーラが出ており、むしろ自分達程度の人間相手にはこういう対応が自然であるかのような錯覚をしてしまうチンピラ二人。


 それを感じさせるだけの貫禄、そして魔力が二人を圧倒し、感覚を麻痺させていた。


 元々魔力の強い者からは特有の威圧感が放たれているというのもあるが、この世界の者ならばともかく、日本人に比べ膨大な魔力を有する異世界人の中でも特に強いミゼットが二人に意識を向けた事で、チンピラ程度では逆らえないレベルの雰囲気になっていたというのが大きいだろう。


 弱い者に対して強くとも、強い者には弱いのがチンピラである。


「あ、ああ! ありがとう。それじゃ、俺らのオススメの店があるんだけどそこに行かない?」

「好きになさい。あんた達の裁量に任せるわ。ただし、私の味覚を満足させる事の出来ない適当な店だったらクビよ、いいわね?」

「は、はいっ!」


 勝手にナンパしてきたとはいえ、あんまりにもあんまりな物言いに特に不自然さを感じる事なく、既に洗脳されパシリとなりつつあるチンピラAとB。

 人間の格とは怖いものである。


「そうねぇ、臨時とはいえ一応はあんた達を囲い入れた訳だし、名前をつけないといけないわね。……うーん。それではこれからあんたはコボ、そしてあんたはゴブよ。分かったわね?」

「承知!」

「了解!」


 晴れてチンピラAがコボ、Bがゴブとして生まれ変わった瞬間である。

一瞬にして下僕となったこのチンピラの末路は吉と出るか凶と出るか、彼らの未来は前途多難のようだ。


 ちなみに、ミゼットが部屋から居なくなった事に気付き、斎藤がまだ眠たそうにしている紅葉を背中に背負い彼女を探しだしたのもこの頃である。


 パシリ、もとい下僕となった彼らが解放されるかどうかはこの男に掛かっているといっても過言ではない。



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