決着


 崩壊した王城の庭に駆け抜ける轟音。


 魔王を対象に取り発動した『死の宣告』が黒い雷となって亜空から降り注ぎ、その身体を焼き尽くしていく。

 火属性なのか雷属性なのか、または全く未知の属性なのか、その攻撃は魔法に大きな耐性を持つ原始龍の鱗を飴細工かなにかのように剥がしていき、大ダメージを与えた。


 俺のアバターを大きく超える力を持っているために即死とはいかなかったようだが、それでも身動きが取れないレベルにまで追い詰めたのは間違いない。


「だが、こちらの魔力もすっからかんだ。……これで決め切れなかったら終わりだな」


 緊張感が漂う中、息を呑んで黒い雷が収まるのを待つ。

 そしてしばらく様子を見守っていると雷は徐々に収まっていき、凡そ6カウント程で収束した。


 なるほど、カウントダウンが必要だから攻撃時間も同じなのか。

 もしかすると秒読みの時間を長く設定すればさらに長時間攻撃が続くのかもしれないな。


『グゥォオオオオ……。ば、ばかな。何だ、この攻撃は……。私の耐性を貫いただと……』

「さあ観念しなさい魔王! 私のケンジは無敵なのよ、これ以上抗ったって無駄だわ!」


 ミゼットは倒れ伏す魔王に聖剣を向け、降伏を促す。

 きっと昔の暴走幼女だったら問答無用でトドメを刺していただろうが、今の彼女には話を聞くという選択肢が生まれているらしい。


 戦場においてそれは一種の甘さにもなるが、相手を殺すかどうかだけで判断しない成長という意味では、とても良い傾向のように思えた。


 だが降伏を促された魔王は執念を振り絞り上体を起こし、こちらを睨みつける。


『ありえん……! ありえんぞ! なぜ貴様らだけにこのような幸運が重なる! その幸運は創造の神に愛されているからか? それとも貴様ら人間だけが運命的な種族として創造されたからか? 認められるか、そんなモノ……! 都合の良い時だけ力は正義で、都合の悪い時は神頼みか! 許せぬ……。いや、許してはならぬ! だけは絶対に!』


 もはや動くことすらままならない体に鞭を打ち、無理やりに這いずり目標を食い殺そうとする。

 先程の攻撃は脳にすらダメージが行っていたようで、魔王の目には既にアーガスや剣聖、そしてミゼットの姿は映っていなかった。


 しかし何の因果か、俺の姿だけはしっかりと見据え、確固たる足取りで少しづつ向かってくるではないか。

 そのせいなのか、意思の力だけで動き続ける姿に痛々しさを感じながらも、一つだけ伝わるものがあった。


「そうか、お前には分かるのか。俺が誰なのか」


 きっと理性では判断しきれないはず。

 しかし極限まで追い詰められ、それでも尚果たさなければならない想いを抱えた魔王の願いは、ついに創造神の正体を本能や直感といった魂の段階レベルで悟ったのだ。


 そこまでやられてしまっては、敵わないなぁ。

 無責任に創造しておいて、ここまで放っておいてしまったのは俺の責任でもあるのだから。


 力無き龍である魔神やそれに賛同するものとして、どうしようもなく悔しかったというのであれば、こいつの願いを無碍にする訳にはいかない。

 思えば今まで出会った魔族は全て、どこかに劣等感や嫉妬といった負の感情を抱えて、魔族化の儀式という依り代に縋って生きていたようにも思える。


 自分でも今更何をと思うが、向こうがそれを望んでいるというのならば、攻撃の対象が俺だけだというのならば、その願いを叶えてやってもいいだろう。


 意思だけで迫る魔王に対し危険を感じたのか、トドメを刺すか迷っている3人を手で制し、今度はこちらから近付いて行く。


「……お前の想いは伝わったよ」

『何を今更! 貴様が、……いえ、あなたが創造した力無き龍が、一体どれほどの苦悩を抱えていたか分かるというのですか! なぜ龍の神と彼に差をつけた! なぜ優劣をつけた! なぜなのですか!』


 既に目には何も映っていないのだろう。

 魔王の身体は徐々に崩れ始めており、瞳も白濁し黒目は消えて失せている。

 もはやこのアバターを食い殺す力も無いはずだ。


「言い訳はしない。お前達が苦悩したのは、全て俺の力が足りなかったせいだ」


 あの頃は知らなかったとはいえ、この世界はゲームなんかではなかった。

 それに種族に優劣があるなんていう、当たり前の事にも気づかなかった。


 創造しなければ彼らが生まれてくる事もなかったとはいえ、無責任ではある。


 しかし全く同じ力を持った二者を生み出すのは不可能だろうし、同じように同じ力を持った種族を生み出すのも不可能だ。

 それに、まだまだこの世界を旅しきれていない俺には分からないが、他にも不平不満を抱える者達は居るのだろう。


 だが、それでもだ。

 それでも一つだけ聞いておかなければならない事がある。

 疑問といってもいい。


「なあ、それでも聞きたい事がある。お前の目から見て、力無き原始龍かれは龍神と友達でいた事を後悔していただろうか? お前自身は、原始龍に生まれた事を後悔しただろうか?」

『…………ッ!』


 俺が疑問に思っていたのはここだ。

 この世界に不条理を感じたのは分かる。

 優遇された人間に嫉妬したのも分かる。


 しかし、どうにも魔神や魔王が龍神を本気で憎んでいるようには思えなかったのだ。


 アプリで世界を俯瞰していた時、反旗を翻した魔神を見た時に思った事がある。

 彼はなぜ、途中で身を引いたのだろうと。


 魔王ですら瀕死になりながら、ここまで縋る事ができる奴がいるのにも拘わらず、龍神をある程度まで追い詰めていた魔神の勢力が深手を負ったという理由だけで身を引くだろうか。

 最初の奇襲は今後訪れるかもわからない、またとないチャンスだったはずなのにだ。


 確証はないが、きっとあの時の魔神には何か思う所があったのだろう。


 すると魔王は語る。


『……全てお見通しだった、という訳ですか』

「そんな事はない」


 いや、マジでそんな事はない。

 実際にまだ分からない事だらけだし、彼の話を聞くまでこんな裏話があることにも気づけなかったからな。


 ただ、どうにも嫉妬や怒りは見えても、後悔だけは見受けられなかった。

 それだけだ。


 だが何かを悟ってしまったのか、先ほどまでの食って掛かるような勢いは鳴りを潜めていく。

 もはや喋る力も失われているのだろう。


 そして徐々に回らなくなる口を動かし、魔王は何かをぽつりと呟いた。


『……あなたは、……私達を、……愛していたか』

「当然だろ」

『……そう、……ですか』


 ────ああ、よかった。

 ────ならば、かれのことは頼みましたよ。


 消え入るような小さな声で言い残し、魔王は朽ちて行った。


「当然だ。お前の願いは必ず叶えてやる」


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