別れ


 朽ちて行く魔王を見つめていると、突然スマホがぶるぶると震えだした。

 えーと、何々?


 お、久しぶりにアプリからメッセージが来ているな。


【おめでとうございます! この時代における決定的な問題を解決した事で、『創造の破綻』を一つ回避しました! これにより、『ストーリーモード・チャプター1』を終了します。お疲れ様でした】


 え、何々、何それ?

 創造の破綻とか、チャプター1とか言われても全く分からないのだが。

 というかこの時代ってチャプター1だったのか、初めて知った。

 もしかしたら、終焉の亜神に何か関係があるのかもしれないな。


 その後もアプリは勝手にログを流していく。


【また、チャプター1が終了した事で以後はこの時代に留まる事が出来なくなります。もう一度この時代に訪れたくともそれは叶いませんので、ご了承下さい】


 おいおいおいおい!

 嘘だろアプリ、嘘だと言ってくれ!

 勝手に話を進めるなって!

 急にこの時代とはオサラバですって、そりゃないでしょ!


 そうは思いつつも勝手にログは流れて行き、メッセージは新たな内容を伝えてくる。


【凡そ30分後に強制ログアウトが実行され、チャプター2の舞台である百年後の未来へと時間転移します。この時代でやり残した事や、手に入れておきたいアイテムがある場合はお急ぎ下さい。アイテムは次元収納で今回に限り未来へと持ち越せます】


 こうしてはいられない、とりあえず紅葉を収納だ!


「悪いが紅葉、この時代に留まる余裕が無くなった! 収納するぞ!」

「んぁ? 良く分からんが、こちらは構わぬぞえ?」

「よし!」


 大急ぎで次元収納をして、ひとまず必ずやっておかなければならない事を終えた。

 しかしそれを見ていた周りは不信がり、俺に何事かと問い詰めてくる。


「ちょっとケンジ! この時代に留まれなくなったってどういう事なの? それとよく見るとあんた、前と背格好が全く変わってないわね。どういう事なのかしら……」


 まず最初にミゼットが質問を繰り出すが、どう返答するか迷うな。

 魔王との会話では明らかに俺が人間でない事はバレていそうだが、かといって創造神ですって言って信じてもらえるか微妙な所だ……。


 そんな事を考えていると、今度はアーガスが眉間に皺を寄せつつも話に割って入ってきた。


「追及は止せ。ケンジは恐らく、この時代の人間では無いのだろう。……いや、それどころかこの世界の人間ではないのかもしれない。そうだろう、創造の神よ」

「え? なに、どういうこと?」

「要するに、ケンジは正真正銘、この世界の神だったということだ」


 あちゃぁ、さすがにアーガスにはバレてしまっていたか。

 まあ、あれだけ不審な情報を与えていたらさすがに気づくよな。


 今回の件がなくとも、この口ぶりからするとだいぶ前に確信に至っていそうな感じだ。

 となると、誤魔化しは効かないという訳か。


「黙っててすまんな。皆には無理に隠すつもりは無かったんだが、如何せんまだこのアバターは未熟なんだよ。色々とおおやけにするには力が無さ過ぎるし、不都合があったんだ。あ、アバターって分かる?」

「恐らく依り代の事だろう。そのくらいの事は俺ごときにも想定できる。だが、そうだな……」


 そうそう、依り代ってやつね。

 イメージとしてはそんな感じ。

 相変わらずの理解力だ。


 しかしいつにも増してアーガスの様子が何かおかしいな。

 こいつも色々と隠し事は多そうだが、何か引っかかる事でもあったのだろうか。


 するとアーガスは突然腰を深く折り、頭を下げ始める。


「……創造の神よ。貴方には言わなければならない礼が山ほどある。本来俺達人間の力で成さねばならなかったにも拘わらず、この大陸の人間達を救ってくれた事。戦争を止める切っ掛けを作ってくれた事。……そして、魔族化から逃れる方法と魔法具を提供し、俺の幼馴染を救ってくれた事。どれもただの人間である俺には到底成し得なかった事だ。貴方の導きには感謝してもしきれない。ナセリィを助けてくれて、ありがとう」


 いや、そんな改まって言われるような事じゃないんだけどな。

 たまたま幸運が重なり、こうなったに過ぎない。

 そもそも、いつの間にか幼馴染を救ったなんて情報は今初めて知ったんだが。


 だがそれを言おうにも、そんな雰囲気じゃない事ぐらいは俺にも分かる。

 今は黙って話を聞いておこう。


「今までの無礼は詫びよう。だが、最後に一つだけ言わせてくれ」

「……なんだ?」

「ああ、ずっと伝えたかった事があるんだ」


 ────ワクワクに満ちたこの世界を創ってくれて、ありがとう。


 いつもの小難しい表情ではなく、無垢な少年のような晴れやかな笑顔で彼はそう言った。


 なんだ、これが本当の姿か。

 ちゃんと笑えたんだな、お前。


「礼を言いたいのは俺も同じだよ。色々と助かったよ、アーガス」

「……ふっ」


 それだけ伝えると何が恥ずかしかったのか、そっぽを向いて黙ってしまう。

 なんだよ、せっかく純粋な一面を見せたのにもう仮面をかぶるのか。

 ……いや、この状態のアーガスも本当の彼の一部なのだろう。


 野暮な事は言うまい。


「ふーん、ケンジって神様だったんだ。まあ、どうでもいいけどね」

「ぶふぅ!?」


 ちょ、どうでもいいのかよ!

 いや、ぶっちゃけてしまえば俺もどうでもいいけどさ。


 暴走幼女の部分は鳴りを潜めているようだが、こういう時のミゼットは相変わらずマイペースだな。


「それよりも、私もあなたに会ったら言いたかった事があるの。聞いてくれるかしら?」

「いいぞ。どのみちもうこの時代には留まれないんだ、言うなら今しかない」

「そう、じゃあ言うわね」


 そう語るミゼットは急に俺の前で跪き、腰に提げていた剣を前に差し出し頭を垂れる。


 おや?

 なんだなんだ?


「私、聖騎士ミゼットはあなたを主君と認め、ここに宣誓する」


 ────我が剣はあなたの前に立ち塞がる全ての障害を打ち砕き。

 ────我が盾はあなたを害する全ての悪意から身を護る。

 ────我が志は、あなたから受けた全ての教え。


 ────これから歩むあなたの行く末全てに寄り添う事を、この剣に誓う。


「……受け取ってくれるかしら?」

「…………」


 これってつまりアレか。

 ミゼットも未来へ行きたいと、そう言う事か。


 こんな土壇場でなんてことを宣誓するんだ。

 だけど、ここで逃げる訳にはいかない。

 これは正面から受け止めなければならない事だ。


「ダメかしら?」

「ダメじゃないよ。だが、その代わり俺からも一つお願いがある。……もしその剣を受け取った俺が道を誤った時、そして立ち塞がる問題に挫けそうになった時、その時はミゼットが殴ってでも俺の目を覚まさせてくれ。……頼んだよ。そしてありがとう」


 そう言って俺は剣を受け取り、再び花のような笑顔を見せる彼女に礼を言った。



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