魔王討伐5


 全力の聖剣とドラゴンブレス。

 その二つの力が拮抗したのは一瞬だった。


 俺の最大の切り札である聖剣招来は、圧倒的な質量を持つ破壊の閃光に掻き消され、余波だけで王城を吹き飛ばさんとするブレスに飲み込まれていく。


「うおぉおおおおおお!!?」


 あまりの衝撃に何が起こったのかは分からないが、恐らく錐揉きりもみしながらも無様に吹き飛ばされたのだろう事は分かる。

 そりゃあさすがに原始龍の必殺技と駆け出し聖騎士の必殺技では、あまりにも威力が違うよ。


 こうなるのは当たり前だ。

 事前に相手が反撃するのを予測できていれば良かったのだけど、まさかノータイムでブレスを撃てるとは思わなった。


 だが不思議な事に俺はまだ戦闘不能にはなっていないらしく、大ダメージは受けたもののこの世界に存在しているようだ。

 何を隠そう、目の前に崩壊した王城が見えるからね。

 ここが異世界である事は明白だ。


「っつ、つつつ……。どうして生きているんだ?」

「の、のぁあああ……。びっくりしたのじゃ、死んだかと思ったのじゃぁぁ……」


 そして状況確認のために起き上がろうとすると、お腹のあたりから紅葉の声が聞こえて来た。

 あれ、こいつなんで俺にくっついているんだ?


 ……まさか。


「まさかお前、俺を守るために盾になってくれたのか?」

「んぁ? ……うむ、そのようじゃな。気づいたらとっさに身体が動いておったらしい。不思議なこともあるものじゃのぅ?」


 紅葉をみると、その手にはボロボロになったミニ黒子ちゃん人形が握られていた。

 そうか、こいつはこの身代わり人形を所持していたから、一撃だけ無傷でやり過ごしたのか……。


 全く、なんて無茶しやがるんだ。

 この戦闘が終わったらお説教をせねばらない、……と言いたいところだが、今回はその咄嗟の行動に救われた。


 不甲斐ないのは俺の方だ。

 周りを見ると幸いな事に死者はいないものの、かなり離れた場所にアーガス達も吹き飛ばされている。


 さすがに無傷とはいかないだろうし、すぐに戦線復帰は無理だろう。


『ほう、本体の攻撃を受けてもなお立ち上がるか。……とことんまで予想を上回る、不思議な少年だな。だが、それだけに惜しい。君が人間である事が』


 魔王はそう語る。

 さっきも似たような事を話していたけど、こいつは人間やヒト族に恨みでもあるのだろうか?

 今はボロボロになって満身創痍のこちらに油断しているようだし、直接聞いてみるのも手かもしれない。


 俺はとある作戦により、ポケットから取り出したスマホ画面を操作しつつも、奴に言葉を投げかける。


「その惜しいっていうのはさ、一体どういう意味なんだ? 俺がヒト族であると何が惜しいっていうんだよ」

『分からないか。……ああ、そうだろうな。人間の中でも特に、君達のように創造神の加護を強く受けた者達には分からないだろう。それも神に愛されたとしか思えない才能と、この状況下で生き残る奇跡のような豪運を持ち合わせた君にはね』


 話を聞きつつも、スマホアプリを開き職業を融合させていく。

 先程までずっと命懸けの戦いをしていたためか、ついに『魂魄使い』のレベルが最低基準であるレベル20に到達した。


 『魂魄使い』と『錬金術師』を融合させる事で生まれる複合職、『悪魔』が実現可能になったのだ。

 とにかく今は職業補正を得るための時間稼ぎをしなければならない。


 指でポチポチしながらも話を続ける。


「それが分からないんだよ。つまりどういう事なんだ? 話が見えないな」

「……君は、力無き龍の話を聞いた事があるかな」


 魔王は語る。


 それはそれは遥かなる大昔、太古の時代。

 そこには龍の長となるべくして生まれた強い加護を持つ原始の龍と、同じ種族であり友でありながらも、殆ど加護を持ちえない力無き劣った龍がいた。


 二匹の龍は時を同じくして生まれた最古参の原始龍ということもあり、その他多くの同族から注目を集めていたのだが、悪い意味で強き龍と劣った龍は比較されてしまう事になる。


 それも当然だ。

 そもそも龍とは力の種族。

 故に劣っているだけでそれは悪と見做されるのは仕方のない事だった。


 劣った龍はその現実を受け入れていたし、これもまた定めだと思い優秀な龍を応援することにしたらしい。

 応援の甲斐あってか、友である優秀な龍は強く賢く成長していき、無事に加護の儀式により最強の亜神へと至る事ができた。


 彼は心から祝福した。

 自分に出来ない事を成し遂げた友を見て、応援して良かったと思った。


 龍の神となった者も自分を支えてくれた友に感謝し、親友である二人の仲はさらに強固なものになったのだという。


 この時までは良かったのだ。

 何の問題も無かった。


 破綻の切っ掛けが起きたのはそれから後の時代。

 人間という種族がこの世に生まれてから状況は変わり始めた。


 人間は弱く、脆い。

 この世界の自然を生き抜くのには明らかに力不足である。

 本来ならば滅んでいただろう。


 しかし創造神の神託という自然の外からの介入により、龍の神は弱き種族、人間を保護する事にきめたのだ。

 滅ぶはずがない。


 目に見えるような形でなくともその成果は顕著に表れ、人間を襲う大型の動物がいればそれを食料とする事で保護をするし、もし彼らが絶滅に瀕しそうな程のトラブルに見舞われたらこっそりと助け続けた。


 だが同時に、これは力ある者に絶対の権利があるという、龍のルールに明らかに反した行いであったのだ。

 龍が世界を守るのも、龍の神が創造神の神託を一身に受けるのも、全ては誰よりも強いからである。


 それなのに人間は力がないのにも拘わらず保護され、あまつさえ神に奇跡を願っただけで種族の進化まで果たしたではないか。


 力無き劣った原始龍は憤慨した。

 なぜ彼らだけ優遇されるのかと。

 なぜ創造の神は自分に何ももたらさないのかと。


 あまりに理不尽、あまりに不条理。


 今まで自分が何もかもを譲って生きて来たのも、全ては力がなき者には権利はないという、単純だが明確な正義があったからだ。

 なのにその正義は自分には適用されても、人間は適用されない。

 それも適用されない理由が、創造神の御気に入りだからというだけ。


 おかしいではないか。


 そう考えた原始龍は、ならばという事で謀反を起し違法な儀式を編み出した。

 もはや創造の神など信じるに値せぬ。

 もはや人間など不要。

 友である龍の神とてそれに従うというのならば、許しはせぬ。


 それが後に魔神と呼ばれる存在になり、志を同じくした数多の魔王を引き連れて世界に、いや創造の神に敵対する存在となる謀反の歴史の始まりであった。


『以上だ。どうだね、ヒト族の少年よ』

「ふむ……」


 いや、ふむ、としか言えない。

 正直そこまで深刻な事になってるとは思わなかった。

 というか、あの創造の時代にそんなドラマが繰り広げられていたなんて初耳だ。

 あの時代にも色々あったんだなぁ。


 しかしぶっちゃけて言えば今回の件、全ては世界を創ってしまった俺のせいなのだが、とはいえそれで関係のない人間にいつまでも執着されていては迷惑だろう。

 人間が直接ちょっかいを出したならまだしも、自分より優遇されているから攻撃するなんて事が許されるはずがない。


 それを言ったら何でもありだからな。

 いずれ魔神の奴とは話し合いの場を儲ける必要がありそうだ。


『これで分かっただろう。人間というのは生きているという事、ただそれだけで罪なのだよ』

「いや、それは変だろ。仮にその劣った龍の逆恨みが正当なものだったとして、あくまでも責任があるのは創造の神であり人間ではないはずだ。他者を羨んでもしょうがないと思うぞ。キリがない」


 まあ、そうは言っても一度自分が劣っていると認識してしまった者達からすれば、そんな正論知った事じゃねぇ、って感じなんだろうけどね。

 気持ちは分からないでもない。


 なにせ俺とて元は何の取り柄もない社畜だ。

 劣等感など星の数ほど体験してきた。


『……やはり優れた者には私達の気持ちは分からぬか。まあ良い、どうせ君達はここで死ぬのだから。せめて苦しまぬよう、一瞬で葬り去ってあげようではないか』


 そう言って魔王は口を大きく広げ、再度ブレスを放つ段階に入る。

 まずい、まだアプリ内での融合が終わっていない。


 なにをもたもたしているんだよ、【特殊な融合になるため処理に時間がかかります】ってなんだ!

 そんな事言ってる場合じゃないぞこれ!


 せめて紅葉だけでも次元収納せねばッ!!


『さらばだ人間達よ。────ドラゴンブレス』


 ダメだ間に合わない。

 そう思った時、突如として空から夜空を駆ける流星のような輝きが降り注いで来た。


 ────そこまでよ魔王!!

 ────『聖剣招来・乱舞』!!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る