魔王討伐1


 隣大陸に到着してから一週間程。


 道中では剣聖との模擬戦や王都でのトラブルなんかもあったりしたが、どれも作戦決行に支障のない範囲で収まっている。

 また、上位職との模擬戦ではさすがにレベル差が激しくボコボコにされたが、おかげで聖騎士のレベルが一つ上がったので挑んでみた事に収穫はあったようだ。


 というか剣聖のスキルがズル過ぎる。

 なんだよ『自在剣』って。


 6本の剣が意思を持ったかのように自在に攻撃してくるなんて反則だろ、さすがに『聖盾招来』でも防ぎきれん。

 当然のように剣の扱いも俺より数段どころか遥かに上だし、今のところ回復魔法を併用した持久戦に持ち込んで、ゲリラ戦法する以外で勝ち目はないな。


 とりあえず正面からは無理だ。


 しかし、同じ上位職である賢者なんかも当然のようにチートスキルを所持しているんだろうし、こと魔王討伐の件では頼もしいことこの上ない。


 そんな訳でお互いの実力を把握しつつも旅は順調に進み、俺は現在この大国の首都にて王城に招待されていた。

 もちろん紅葉は妖術で姿を隠しつつ、実行部隊の身分を誰にも疑われることなく自然にだ。


 どれだけの時間をかけた下準備があればこのような事が可能なのか、想像もつかないな。

 十年前から剣聖と賢者はつるんでいたらしいので、多分そのころから計画していたんだろうけど、どちらにせよ途方もない事には変わりない。


 ちなみに今は現王の私室にて全員で頭を垂れ、面会を行っている段階だ。


「面を上げよ冒険者達。ここは確かに王城だが、この場には王である私と大臣、そして信用のおける騎士しかおらぬ。立場のある者に対する無礼は罰するべきだが、そなたらはそのような事を気にしている場合でもあるまい。……この国の腐敗を正しに来たのだろう?」

「……これは失礼した賢王よ。察しの通り、我々はこの国に蔓延る魔族の討伐に対し目途が立ったため、こうして赴く事になったのだ」


 どうやら今回の件は既に王様へと伝わっていたらしく、なんと国で最も権力の集中した王自らが腐敗の事実を認識していたようだ。

 実はこの事は乗船している時にも聞かされていたのだが、ようするに今回の問題は王様本人がどうこうというより、魔王の暗躍によって誑かされた大多数の貴族が原因だったらしい。


 普通は王が貴族の意見や動きに飲み込まれる事などあり得ないのだが、それでもそれに匹敵する程の権力を持つ公爵や侯爵の多くが誑かされてしまえば、同時にその下についている貴族にも影響が及ぶ。


 そうすれば結果的に国を動かしている者達の大多数が亜人弾圧への働きかけを行うことになり、王や大臣などといった少数の強権だけではどうにもならなくなった、というのが事の顛末のようだ。


「うむ。私がこの国の王として地位を先王から譲り受けてから十年、どうにも貴族の動きが怪しい事は既に察していた。対魔族機関から犯人が上位魔族だと聞かされるまでは原因が分からなかったが、言われてみれば納得だ」


 曰く、どこをどうしても尻尾を掴む事ができない、そんな謎の人物が暗躍していること。

 曰く、誑かされた貴族が徐々に勢力を強めていくうちに、原因となる人物の存在も数に紛れてさらに見つけにくくなったこと。

 曰く、そのうち教会までもがこのヒト族至上主義の国政にのっかり、王の権力一つではどうにも手に負えなくなった事などだ。


 その他にも国としての問題を色々聞かされたが、確かに言われてみれば王一人でなんとかするには、結構無理がある状況だった。

 これが王の権力百に対し、公爵や侯爵などの最上位貴族を含めた全体の権力が五とか十とかだったら、いくらでも早期挽回は出来ただろう。


 ただこの国ではそこまで圧倒的な比率で権力が傾いている訳ではなく、よくて王の権力はその他全体の貴族と比較して六十とか七十だ。

 その上教会まで動き出したんじゃ、パワーバランスが維持できない。


 むしろこの状況下でよくまともな王が権威を維持できていたなと、逆にその手腕を褒めたくなる。


「賢王よ、苦悩は分かるが計画に穴は無い。こちらには魔族を発見するだけの確実な切り札がある」

「ほう、それは頼もしい。かの賢者アーガスにそれほどまで言わせる切り札となれば、今回は私が協力するに相応しいだろう。……よかろう。それではそなたらを一時的に近衛騎士登用を検討した仮採用状態とし、自由に城内を動き回れるものとする」


 話し合いは上手く行ったようで、主に俺が魔族を探すという方針の下、自由行動が認められた。

 ここまでくればさすがに見つけられないという事はないだろう。

 若干だが、既に違和感のようなものは覚えているしね。


 しばらく城内を歩き回れば、ヒト族に偽装した魔王の一人や二人は見つかるんじゃないかな。


「……頼んだぞ、賢者殿、剣聖殿。この国に巣食う病魔を駆逐してくれ。多少の被害は構わん、存分にその力を振るうが良い」

「ああ、任せてもらおうか」


 こうして秘密裏に行われた会談は終了し、今日のところはお開きとなった。

 まだ王が俺達に対する御触れを貴族に向けて発していないが、動き回るのは今日からでもいいらしい。

 すべては王が責任を持つとのことだ。


 こりゃ、なおさら失敗はできなくなったな。


 そしてその日の午後、いくら王のお墨付きがあるとはいえ行き成り戦闘に突入する訳にもいかないので、一応城内を見学して魔王らしき魔族の居場所だけ確認した後、チームメンバー全員に所在を伝えた上で決戦は人払いをした深夜に持ち込むことになった。


 居場所そのものはすぐに分かったよ。

 どうやらこの城で文官をしている男が擬装した魔王の本体だったようで、明らかに今までの魔族とは比べ物にならない違和感を覚えたからだ。


 遠目から確認することすら相手の力量を考えた場合マズいと思った俺は、感覚だけを頼りに探し出したわけだが、報告は一も二も無く承諾される。

 信用しすぎだろって思われるかもしれないが、一応これでもアーガスとはチームを組んでその能力を証明しているし、信用に全く根拠がない訳でもないんだよな。


 という訳で深夜になるまで不自然な行動は控える事にして、与えられた客人用の部屋で今日のところは過ごす事になった。

 まだ正式採用ではないから宿舎ではなく、招待された初日は客人として扱うという王の配慮だ。


 動きを悟られる訳にはいかないので、正直ありがたい。


 それからしばらく、お互いに装備の点検や作戦内容の確認を行っている時に、突然部屋に訪問者が現れた。

 ちなみに俺が割り振られた部屋には紅葉が一緒に寛いでいる。

 他の部屋には賢者や剣聖のペアと、御供たちの部屋と、こちらを含めて合計で三部屋だ。


「失礼する。……少年よ、少し時間を借りたいのだが」

「ああ、王様か。いいですけど、こんな夜更けにどうしました? 作戦の決行はもうすぐですが」


 現れたのは少数の騎士を引き連れて来た王様だった。

 だが妙だな、アーガスの下に向かうならまだしも、傍に控えていただけの子供の所に訪問しにくるとは。

 一体何の用だ。


 すると王様は控えさせていた騎士を外で待機させ、俺の部屋に単独で上がり込んできた。

 なんだなんだ、王の護衛を司る騎士すらも控えさせるって相当だぞ。


 しかも上がり込むなり、いきなり土下座をかましてきたぞ。

 何が起きているんだ。


「少年よ。……いや、人の神よ。この度は私どもの国を憂い、賢者アーガスの助けとなり矮小なる愚王の時代を救いに来てくれた事、誠に感謝致しまする」

「……は?」


 土下座をした王様は俺を人間の神だと言い、自らを愚王だと蔑みはじめた。

 ごめん、全く意味が分からん。


 どこでバレたんだ。

 そんな俺の思惑を余所に、王はそのままの体勢で言葉を続ける。


「元はといえば魔族に付け込まれたのも、国が亜人族を無理に弾圧する愚政を行っているのも、この私の甘さ、そして愚かさが招いた種である事は百も承知でございます。仮にこれが人間の力で解決できる事であれば、自らの力で道を切り開いて行かなければならないのもまた事実。……しかし」


 しかし、なんだろうか。

 とりあえず意味が分からないので、鑑定を掛けてみる。


【賢王】

職業『識者』の力を持つ、ヒト族の賢明なる王。

神やそれに連なる加護を持った者達を、マナによる光の強さで神格を判断する事ができる。

しかし逆に、魔神に連なる者たちに対しては精度が落ちる。

かなり弱い。


 なるほど、だいたい分かった。

 どうやらこの識者という職業の基本スキルで、俺の創造神としての神格を見破ったということだろう。

 ただそうなると、この王様は最初からこちらがなんらかの神だと気づいていたはず。


 それでも無視して会談を行っていたのは、もしかして何か事情があると踏んで黙っているためだろうか。

 ……たぶんそうだな、鑑定も賢明なる王って言ってるし。

 そういう配慮も一流なのだろう。


「しかし、あなた様が現れたという事は、既に私ども人間の手腕では取り返しのつかない事態になっていたという事でございましょう。ですからどうか、こうして一人の人間として、恥を忍んでお頼み申し上げます。どうかこの国を、いや大陸の未来を救って下さいませぬか。……もし国の愚政によって犠牲になった者達に対し詫びが必要だという事であれば、どうかこの愚王の命一つで許していただきたい。せめて最後の誇りとして、王の使命を全うさせて頂きたく存じます」


 そう語る王の声は震えていた。

 いや、重いってそれ。


 こんな話をしているのに尚、ソファーで寝ころび「のぁー」とか「んへへ」とか言いながらゴロゴロしている紅葉を見習ってほしい。

 というかこの妖怪は神経図太すぎだろ。


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