他大陸へ1


 魔導対策本部へと招待され魔王についての会議を終えた後、事前に用意してあるというアーガスの策に乗っかり他大陸へと赴く事になった。

 あいつは用心深いのか何なのか知らないが、自分の口から詳細を語らないので全貌は見えないが、おそらく魔王とは戦闘になる事が予測されるだろう。


 そのための必要な物資として以前日本で購入してあった傷薬や絆創膏などを、最も有効活用できるであろうアーガスに半分ほど提供している。

 日本製の薬品の効果を目の当たりにした奴の反応は実に見もので、いったいこの魔法具をどこで手に入れただのなんだのと、普段の冷静さからは見られない程の動揺っぷりだった。


 最後に「こいつの知識と道具を利用すれば、ナセリィの奴も……」とか呟いていたが、良く分からん。

 ナセリィって誰だよ、って感じである。


 まあなにはともあれ、こうして俺は賢者と協力関係を結び、共に旅立つことが決まった訳なのである。


「ま、そういう事なんで紅葉も一緒にいくぞ」

「ぬぁー! やめておくれ、やめておくれおにぎりのおのこよ! 儂まだ死にとうない! 化け物に自ら向かって行って死にとうない!」


 だが旅立ちには一つ問題があり、実は魔王という存在を知った紅葉があまりの恐怖にぐずり出してしまったのだ。


 最初は魔族の上位版と聞いて、あのトンデモ生物が相手でも味方が多ければなんとかなるだろうと高を括っていたらしいのだが、徐々にその背景や力の強大さを聞かされるうちに、大陸一つを相手取るような化け物に自ら戦いをしかけに行くなど絶対に嫌だ、と言い始めた。


 気持ちは分からんでもないけどな。


 ただ紅葉を一人にしていく訳にもいかないし、こればっかりはしょうがない。

 万が一の時は次元収納しておけば死ぬことはないだろうし、ぶっちゃけ俺はそこまで悲観していないのだが、理性でどうなる問題でもないらしい。


 とりあえずもう一度説得を試みてみる。


「大丈夫だ。お前と同じで臆病な俺が、勝機の無い戦いに挑むと思うか? もし負けるような事があっても、正直次元収納内部では無敵だから安心しろ」

「……でものぅ、でものぅ」


 うーん。

 もう一押しか?


「というか、紅葉が直接戦う必要はないから安心しろ」

「ぬぁ?」

「今回はあくまでアーガス陣営と俺個人が協力して討伐に当たる。だから、無理に参加しなくてもいいってことだよ。俺が連れて行きたいのは、帰って来るまでの間に放置しておくと問題が発生した時に対処できないからだ」


 そもそもの理由がそれだ。

 俺が一人で他大陸に向かった場合、取り残された紅葉がトラブルに巻き込まれた時に対処できなくなる。


 野生の妖怪として生きていく上では何も問題ないのかもしれないけど、人間として生きていくならトラブルと無縁という事はありえないからな。

 だから目の届くところに置いておきたい、というのが本心であって、決して戦って欲しい訳じゃない。


「そうなのかえ?」

「そうだぞ?」

「なんじゃ、ビビって損した。儂はおにぎりのおのこについていくぞい。今回の件も楽勝じゃといいのぅ~」


 切り替え早いなおい!?

 自分が死ぬわけではないと分かった途端にこの能天気っぷりよ。

 こいつはある意味で大物だな、間違いない。


 しかしこれで憂いは無くなったので、この大陸でやるべき問題は全て片付いた。

 あとは日本製の傷薬を持ってどこかへ出かけてしまったアーガスを待ち、船の出航を待つだけである。


 すると待機してから半日ほど、拠点である書庫でぶらぶらしながら過ごしていると、ついに奴が戻って来た。

 その顔はなんだか晴れやかで、いつも眉間にしわを寄せている顔が少しだけ穏やかに見えた。


「よし、こちらの準備は整った。そろそろ上位魔族、……いや、お前の見立てでは魔王だったか。とにかく他大陸へ赴くぞ。そちらの準備はどうだ?」

「こっちはもう準備オーケーだ、いつでも出発できる」

「そうか。それと魔法具の提供に感謝する。おかげで長年の研究に対し、ある程度の目途が立った」


 ん、感謝だと?

 一体何に感謝したというのだろうか。

 長年の研究に使えるような物資では無かったと思うのだが……。


 ちょっと良く分からないが、アーガスなりに何か良い事があったのだろう。


「そりゃ良かったよ」

「……ああ、本当にな。お前にはまた借りを作ってしまった形になるが、しかし今は主目的である魔王の討伐が優先だ。礼はいずれする、許せ」

「いや、気にしなくていいよ。あのくらいのモノで恩を着せるつもりもないし」


 大げさなやつだな。

 確かに日本製の傷薬にはどんな効力があるか分からないが、それでもたかが回復アイテムだろ。

 賢者ともあろう者が回復魔法を使えない訳でもあるまいし、リアクションがオーバーだ。


 本当に何かちょっと変わったな、この短期間で。


「そうか、お前にとってはあの魔法具の提供すら造作もないという事か。だとするとケンジ、お前は一体……。いや、この話はやめておこう。それでは出航の準備に取り掛かる、用意ができているならついてこい。船は手配してるからな」


 それだけ呟くとさっそく準備に取り掛かり、魔導対策本部に在中する数名の御供を連れて、港町へと赴いて行く。

 何か意味深なことを言っていたが、はて……?


 それとどうやら船は貸し切りのようで、魔王攻略に関する詳しい話はそこですることになった。

 この対魔族機関における勢力から、有力な個人を出来るだけ多く今回の作戦に投入するようで、全体における戦力の紹介は現地で行うようだ。


 相手は国家権力の中枢に潜み隠れているようなので、あまり大多数で動くと目立ってしまい取り逃がす可能性もある。

 だからこそ魔王攻略に赴く人員は厳選し、あくまでも有力な個人、という枠組みに絞ったらしい。


 まあ理に適ってはいるな。

 だって戦争を仕掛けに行くわけじゃないし、あくまでも攻略するのは一人だ。

 大多数でいったらそれこそ国際問題になるし、余計な被害がでるだろう事は明白だからな。


 そんな訳で、道中に様々な説明を御供の人から受けながらも、俺と紅葉は船に乗り込むのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る