閑話 駆けつける賢者


 ひとりの英雄の提案により、力ある組織や人間と対魔族同盟を結び始め半年あまり。

 国の弾圧に対して秘密裏に計画は進められ、今では魔導対策部門と呼ばれる研究機関は、国の弾圧に対し徐々に抵抗出来得るだけの力を備えつつあった。


 冒険者ギルドは表向きには中立を保っており目立った事はしなかったが、それでも研究機関に優秀な人材を紹介したりすることで、水面下で動いて彼の助けとなっているようだ。


 さらに集まった中には賢者の職業を持つアーガスと同じように、上位職である剣聖やその他複合職等の即戦力となる者達も含まれており、今からでも敵の尻尾さえつかめればいつでも決戦を行える程の戦力だった。

 故にあとはボロを出すのを待つだけなのだが、その肝心の機会が中々訪れようとしない。


 亜人の結束と保護を強めることで計画の成果は上がっているのだが、まだ若いアーガスは先の見えない戦いに徐々に焦りを見せ始めていた。


「そう焦るなよアーガス。今はまだ準備を整える段階だろ」

「剣聖か……。いや、僕だって分かってはいるんだ。ただここまで動いているのに国からの妨害が一切ない事を考えると、どうにも不安でね」


 この半年の間共に行動する事が多く、既に戦友として認識している剣聖の言葉に納得しながらも、あまりにも順調すぎる結果に不安を隠しきれない。


 なにせ相手はこちらの警戒を掻い潜って好き放題やっている魔族である。

 既にレジスタンスのような抵抗勢力が出来つつあるのに対し、何も勘付いていないという事はありえないのだ。


 もしかしたら何か裏があるのでは、と深読みせずにいられない。

 そんな嫌な予感が的中したのか、悩むアーガスの下に緊急の知らせが届いた。


「アーガス大変だ! 調査に出ていたナセリィのやつが、抵抗する亜人勢力への見せしめのために捕まった!」

「なんだって!?」


 調査から戻って来た仲間が息を乱しながら慌てた様子で現れ、用件を伝える。

 ついに来たかとその場にいる者は思ったが、アーガスだけは動揺を隠しきれない。


 その後の報告によると、ヒト族至上主義を掲げる過激派の上級貴族の一人に捕まっているようだ。


 いずれ見せしめとして組織の者に接触するのは分かっていたが、よりにもよってナセリィを標的にされた事がショックだったのだろう。

 冷静さを失った彼は周りの制止を無視して駆け出し、ナセリィが捕まったと伝えられたその場所まで魔法を駆使してひた走る。


 その場に居た仲間達は止めようとするも、失敗。

 賢者の魔法を駆使した本気の移動速度は常人のそれではなく、まさに上位職のみに許された超加速であるからだ。

 もし彼を捉えようとするのであれば、それこそ実力が同じステージに立っていなければ不可能だろう。


 そう、例えば時を同じくして駆け出していた剣聖とかである。


「おう。こりゃまた、敵さんも随分と思い切った行動に出たな。まさか賢者様の想い人を狙うなんざ、怖い者知らずにも程があるぜ」

「……今は戯言を話している場合じゃない、手伝ってくれ剣聖」

「任せな」


 二人は目にもとまらぬ速度で目的地まで移動し、普通に旅をすれば丸一日はかかるであろう道のりを、たったの数刻で走破する。

 その上疲れすら見せないのだから、上位職という存在がどれだけ超常的な存在であるのか計り知れない。


 そして目的地である貴族の屋敷に到達するや否や、先手必勝とばかりに正面から殴り込みを行った。

 見せしめとして使うのであれば死刑執行の時まで命の保証はされるかもしれないが、それは相手がその気であればという希望的観測に過ぎない。


 やろうと思えば首だけ残して死体を広場に晒しておくだけでも十分なアピールに繋がるのだ。

 だからこそ救出は時間との勝負であり、一刻の猶予も許されなかった。


 殴り込みをかける賢者と剣聖の圧倒的な力の前に、貴族が子飼いにしている用心棒や騎士達は成すすべなく蹴散らされていく。

 二人はまだ若いとはいえ複合職を越える職業補正をもつ上位職だ、たかが貴族の私兵数百人程度に後れを取るようなやわな鍛え方はしていないし、そもそものスペックが違いすぎる。


 戦力という面では、既に勝負は見えていた。


「おうおう! 賢者様と剣聖様のお通りだぜぇ! 今すぐに逃げれば命までは取らねぇ、死にたいやつだけかかって来な!」

「おい、なるべく殺すなよ。どちらにせよ国と揉める事にはなるが、身分のある者が生きているか死んでいるかで、落としどころが変わって来る」

「言われなくても分かってるよ」


 二人は縦横無尽に駆け巡り、城のような大きさの屋敷をしらみつぶしに探し始める。

 まず最初に牢屋を探し出し向かったが、ここはハズレ。

 捕らえているであろう貴族はどのような意図があるのか、どうやら自分の手元に彼女を置いているようだった。


 だが、そうとなれば話は早い。

 まさか死体を手元に置いておくはずなどないし、牢屋に居ないとなれば生存している確率はぐっとあがる。


 アーガス達は貴族が居るであろう私室を目指し、瞬く間に屋敷を攻略した。

 そしてついに、その姿を視界に捉える。


「ナセリィ!!」

「ア、……ガ、ス」


 どうやら、なんとか間に合ったようだ。



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