閑話 成長する賢者


「そっちに魔物が行ったわ! 対処して!」

「任せてナセリィ、詠唱は既に終わっている! エンチャントマジック・ブースト! アースバレット!」

「さっすがアーガス! 瞬殺ね!」


 犬獣人の女性と一冊の魔導書を持った青年が連携を行い、B級冒険者のチームが相手取るとされている魔物、レッサー・ケルベロスの群れを一網打尽にし、完封する。


 あの日、名も無き村で魔法の訓練を続けていた小さな少年は青年へと成長し、大国全土とはいかないが、いまや冒険者の中では知る人ぞ知るA級冒険者となっていた。

 そう、彼は夢への第一歩を順調に踏み出していたのである。


 時には翼人族の集落へと向かい、彼らを苦しめていたワイバーンの群れを退治。

 またある時には町で暗躍を繰り返す闇組織を相手取り、タッグチームを組んでいるナセリィと共に一網打尽にし、名前を売った。


 村を出てからというもの彼の快進撃は止まる所を知らず、その冷静さと思考力、高い実力から称号まで与えられ、囁かれるようになっていたのだ。


 そして数多くの術式を操り、ありとあらゆる魔法を会得する中でも、特に土系統の魔法を好んで使う彼につけられた二つ名が『ロックハート』。


 冒険者ギルドから正式に与えられた二つ名という名誉を加えて、アーガス・ロックハートとして名乗りを上げていた。


「ふう、これで依頼のレッサー・ケルベロスの討伐は完了かな。やっぱり単体だとB級の魔物でも、群れになると途端に手ごわくなるね。連携も参考になった。いや、だが次はああすればもっと……」

「もー! そうやってすぐに分析に没頭しちゃうんだから! 結果的に勝てばいいでしょ、こんなの! 神経質すぎよアーガスは」


 彼の長所とも短所ともとれるその思考力を、冗談めかして笑う。

 彼女とて、そうやって分析することで蓄えられた情報に幾度となく助けられているし、また同時に失敗する彼の姿を見ているからこそ言える軽口だった。


「そうはいかないよ。今回はたまたまこちらの実力が上回っていたけど、もしこれが僕達よりも強い相手だったら、今度は逃げることを前提としなければいけない。あらゆる状況を検討する価値は十分にあるはずだ。これは別に、今回に限った事ではない」


 冗談に対し、至極真面目な表情で受け答えするところもまた、昔からの彼らしいといえば彼らしいところだ。

 しかしそう語るアーガスの表情は、どこかいつもよりも深刻な面持ちに見えた。


 当然、そのことに昔からの付き合いであるナセリィが気づかないはずがない。


「やっぱり、あの噂を気にしてるんだ」 

「当然だよ。最近じゃこの町だけじゃなく、国全体で亜人弾圧の運動が起きつつある。今はまだA級冒険者としての地位があるから大丈夫だけど、……もしナセリィにまでその被害が及ぶようになったら、それこそ他大陸へ逃げる事も視野に入れなければならない。今回の依頼だって、その調査のために受けた意味合いも含んでいるんだ」


 彼が村を出てから5年以上になるが、ここ1年あまりで急に国の動きが怪しくなってきたのだ。

 国王が代替わりした直後だったのも影響したのか、国政としてヒト族至上主義を掲げるようになり、それに便乗し教会まで乗っかって来た。


 これが何十年にも渡り徐々にそうなったのなら分からない事もないが、たった1年で突如としてここまでの変化を齎したのだ。


 だからこそアーガスは、なにか裏があるのではないかと考えていた。

 そうした前提のもと噂を吟味し、冒険者ギルドから与えられた指名依頼や、怪しい依頼の素性を調査して得られた結論は、どれも共通して魔族が関係しているという一点のみだった。


 もちろん確証はない。

 あくまで個人的に調査した結果、そう状況から判断しただけだ。


 もしこれが明らかに証拠として魔族が関わっていたのであれば、それこそ大手を振るって大衆も教会も味方につけて、国政を非難する事ができるだろう。


「魔族ねー。魔族なんて、本当にいるの? ただ新しい国王がトチ狂ってただけじゃない?」

「……証拠がなくても、根拠はある。やっぱり油断はできないよ」


 今回の依頼だってそうだ、と彼は考える。

 まずもってレッサー・ケルベロスは群れで行動する魔物ではなく、良くてオスとメスの番いで行動するのが限度である。


 にも拘わらず、自分達が怪しいと思い注目したこの依頼ではこの数が相手だったし、他にも心当たりが数件程あるのだ。

 明らかな異常事態だった。


 その後警戒したアーガスは一旦拠点へと戻り、ナセリィと一緒に狩った魔物を根拠としてその各支部の冒険者ギルド長に直談判を行う事になる。

 これが駆け出しの低位冒険者ならば一蹴されるか、もしくは鉄拳制裁を加えられていただろう。


 しかし彼は今日まで積み上げてきた信頼と実績、そして冒険するにつれて判明した自身の職業『賢者』という立場を利用し意見を通した。


「……と、言う訳です皆さん。今回の件には魔族が関わっている可能性が非常に高く、もしかしたらこの大国の、いや大陸の危機かもしれません。早急に手を打つべきかと」

「……ふむ」


 各支部のギルド長達は顔を見合わせ、アーガスの言い分を吟味する。


 ある者は事の重大さと根拠から信じるに至り、またある者は同じように違和感を抱いた事で賛同した。

 この場に居る者で疑う者など誰一人としていなかったのである。


「みんな! アーガス・ロックハートがこう言ってるのよ、動くなら今よ!」


 そして先ほどまで疑っていたのにも拘わらず、いざ舞台に上がるとアーガスの事を信じて疑わないナセリィ。

 彼女は知っているのだ、こういう時のアーガスが間違える事は絶対にありえないと。


 計算ミスをする時もある、考えが及ばなかったときもある。

 でも、ここぞという時に間違えた事は一度も無い。


「分かった。それではA級冒険者にして賢者である君の意見と推察を信じよう」

「そうだな。我々としても魔族が絡んでいるとなれば、いつも通りという訳にはいくまい」

「然り。その上目的が亜人全体の弾圧となれば、どれだけの被害と悲劇がもたらされるか分かったものでは無い」


 彼らは一様にして頷き、新進気鋭の英雄アーガスの肩を持つことに決めた。


「皆さんありがとうございます。……ですが気を付けてください、相手の魔族はこの国の権力層に深く入り込み、さらに自身の尻尾を掴ませません。まずは魔族本体をどうにかするよりも、賛同する人間種を纏め、少なくとも弾圧に対抗できるだけの組織を立ち上げるべきでしょう」


 どの程度の魔族かは分からないが、倒すことそのものはこの大陸の強者を揃えればなんとかなるかもしれない。

 だが相手が姿を隠し、敵が誰であるか分からなければ手の打ちようが無いのだ。


 故にまずは防衛力の強化を優先し、調査を続けボロを出すその時を待つ。

 それが彼の作戦であった。


 さらに彼は続けてこう言い放つ。


「幸い、この大陸と友好関係を結んでいる隣大陸の両方に、世界的に権威のある研究機関があります。まずは一旦そこへ連絡を取り、対魔族関係で同盟を結ぶのです。秘密裏に各種族の英雄、強者を集い、そして力が集約したところで一気に叩く。……時間はかかるかもしれませんが、これが最も確実な方法です」


 後に対魔族に関する大陸最高峰の研究機関、英雄の巣窟、または魔導対策部門と呼ばれる拠点の誕生の瞬間であった。



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