閑話 ミゼットの試練1
もちろん目的は5年前に自分の不甲斐なさ故に見捨てることになってしまった少年、ケンジ・ガルハートを見つけ出し、もう一度彼の隣に立って共に戦うためだ。
だというのに、この亜人で賑わう隣国の町へやってきても既に彼の姿は無かった。
「いない、ここにも!」
ミゼットは叫ぶ。
もう一度彼に会いたいという想いと、会って言わなければならない言葉が彼女に焦燥感を与える。
しかし彼女とて、何も無計画でここまで訪れた訳ではないのだ。
国境で冒険者ギルドカードが使用されたのは確認済みだし、この国に来たのは間違いない。
そしてこの町でも道行く人に変わった出来事はないかと尋ね調査したところ、どうやら一ヶ月ほど前に魔族の討伐が成されていた事が確認できた。
魔族と聞いて思い浮かぶのは、自分の愚かさと傲慢さ故に別れた最後の日の事。
ただ足手まといにしかならなかった自分が逃げ出し、そして大切な人を置き去りにしてしまったという後悔の日。
決別の日。
結局は斎藤が魔族を倒して事無きを得たとはいえ、この日の出来事は彼女にとってターニングポイントだったのだ。
それ故に確信があった。
今回の事件にも、またあいつが絡んでいると。
そしてこの国にとっては隣国の超エリート職業、聖騎士ミゼット・ガルハートとしての権力を申し分なく使いさらに調査を進めたところ、新たな事実が発覚した。
「……解決したのはケンジと天獣人、そして賢者アーガスと生ける伝説の娘ベラル、最後に放浪鍛冶師ダダンね。なるほど、だいたい次の行き先が分かったわ」
調査で得た条件をヒントに思考を加速させる。
まず次の目的地として考えられるのは二つ。
最有力候補はこの大陸全土で有名な、賢者アーガスの魔導対策部門に興味を持ち、そこで対魔族の研究に参加し協力関係を結ぶこと。
次に有力なのは、鍛冶師ダダンについて行き良質な武器を授かる伝手を得ること。
ここまでが候補であり、可能性のある目的地。
最後に最も根拠が無くあり得ないのが、生ける伝説の娘についていき当ても無く旅を続けることだ。
熟考しながら様々なケースを斎藤の動機や性格に当てはめ、確率順に行動先を予測する。
彼女は直感で行動することこそ多いものの、それは決して馬鹿という訳でも脳筋という訳でもない。
やろうと思えば、今回のように物事に順序を立てて計算する事も可能なのだ。
それが必ずしも正しい答えとは限らないが、だいたいの場合は回りまわって正解に辿り着く。
それがある種の天才、聖騎士ミゼットという人物だった。
「やっぱり何度考えても間違いない。次の目的地はこの国の魔導対策部門、対魔族に特化した英雄たちの巣窟だわ。……場所はいくつかあるけど、賢者アーガスの本拠地といえば海沿いの町だったはずね」
斎藤の次の移動先を確定させ歩を進める。
その後一週間と少しの期間馬を走らせ、道中に現れる盗賊を始末したり、魔物を狩ったりしながら海沿いの町へと駆けて行く。
そして行動方針を決めてから二週間目に差し掛かろうとした頃、一旦旅の休憩のために野宿をして昼食をとっていた時に、どこからともなく声がかけられた。
「ほう、君はあの時父が教育を施していた少女だね……。世界樹の尻ぬぐいをするためにこの地へと訪れていたが、これはまた、奇遇だ」
当然ミゼットは警戒を強め声の主を探すが、この5年の間に鍛え上げられ聖騎士として活躍する彼女の気配察知を以てしても、全く居場所が掴めない。
そんな馬鹿なとは思いつつも、この状況、条件に当てはまる敵の情報を探る。
まず父というのが誰かは分からないが、自身に教育を施した者というのならば、それはケンジ・ガルハートに他ならない。
他の使用人や家族に関しては教育を施したというより、ミゼット自身が動き周り活用してきたといった方が正しいのだから。
だが不可解だ。
なぜそれを知っているか分からない。
混乱しつつも、とりあえず相手は既にこちらの情報を握っていると見て良いだろう。
一瞬のうちにそこまで思考し、正体不明の敵に対しこう言葉を投げかけた。
「あら、あなたが何者かは知らないけど、事情を知っているなら話が早いわ。あいつが今どこにいるか教えてくれないかしら? 追っている最中なのよ」
これはいわゆるブラフだ。
ミゼット自身はこの回答に対し話を逸らされようとも、実際に答えてこられようとも良いと考えている。
もし相手が本人の事を本当は知らなかった場合、言葉を濁すか話をすり替えるかして言い逃れするだろう。
逆に本当にケンジ・ガルハートと繋がりがあり、なんらかの情報を得ているというのであれば、相手はその答えを見せびらかすように煽って来るはず。
現に今の状況こそが、それを物語っている。
なぜならば、姿を隠しまるでこちらの事を知っている体で話しかけたという事は、それ自体が相手が自分より優位に立っているという意思表示の現れであり、その心理を考えた場合予想される答えは二つに一つしかないということなのだから。
もしハッタリであった場合は相手にする必要などない、良く分からない変人に声を掛けられたと思い去るだけだ。
こちらとて変人に付き合ってあげるほど暇ではない。
しかし何らかの手がかりを持っていた場合は別だ。
その時は、こいつが何者なのかを確かめる必要がある。
そのためにこの質問を投げかけ、相手がボロを出さないかと窺っているのである。
そう思ったミゼットは何があっても良いように身構え、相手の反応を待つのであった。
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