閑話 ミゼットの試練2
身構えたミゼットに対し、ブラフを込めた質問を投げかけられた相手はしかし、その程度の情報戦などどうという事はないとでも言うかのように語り掛けてくる。
「ふむ。……中々鋭い質問を投げかけるね、君は。あの時はまるで未熟な、それこそただ力任せに暴走するだけだったヒト族の少女が、よもやここまで成長するとは。……これも父の教育の賜物、ということだろうか。いいでしょう。君のその成長に免じて、私の姿をお見せするとしましょうか」
予想に反して相手は特に情報を誇示することもなく、そして話を合わせる訳でもなく、まるでミゼットの意図を見透かすようにしながらも称賛を返して来た。
そればかりか、自ら姿を現すというではないか。
これでは完全に計算が狂ったと言っても良い。
いや、虚を突かれたと言うべきか。
あらゆる手を考えてボロを出させようと身構えたミゼットからすれば、呆気にとられる形となったのだ。
そして一瞬の気後れの後、現れた相手の姿を確認する。
するとそこには額に二本の角を生やした男の姿が、どこからともなく出現していた。
「りゅ、竜人……」
「ふむ。……そういえば、君達人間にはそう見えるのだったね」
「あら、違うって言うのかしら?」
精一杯の虚勢を張ってミゼットは答える。
「いや、君が認識しやすい方向で捉えてくれて結構だ。話を戻すが、君は父の後を追っているのだったね」
「教えてくれるって言うの? あなたが何者かは知らないけど、あまり適当な事を言ったら痛い目を見るわよ。こう見えても私、かなり強いの」
現れた謎の男は彼女の言葉に「ふむ」と頷き、一呼吸間を置く。
何事かを考えているようだが、それでもその思考にあるのは今言われた言葉などではなく、彼の言う父がどういう意図を持って自分にこの少女を出会わせたか、という一点のみだ。
彼にとって父とは絶対なる存在であり、常にその行動には遥か未来へと繋がる布石がある。
故に自分がここで少女と出会ったのもまた必然であり、今ここでしか成せない事があると考えてよい、…………と、彼はそう考えていた。
もちろん実際の父とやらからすればとんでもない話であり、「そんな訳があるか」と思うだろうが、それは自分より遥か上位の存在として認識しているこの男からすれば、考慮の埒外の出来事なのである。
それから幾度か間を置き次第に思考が纏まったのか、謎の男は答えを切り返してきた。
「なるほど、これも父の考えの一端に過ぎないでしょうが、ある程度の事情は把握しました。……しかし少女よ、父の助けとなりたい気持ちは私も十二分に分かるが、今の君では流石に力不足だ。せめて魔王を相手にするのであれば、この私の姿を捉えられるくらいでないと話になりませんよ」
「…………ッ」
ミゼットは驚愕する。
魔族という存在を基準にして足取りを追っていた手前、竜人の話す魔王という言葉に聞き逃す事の出来ない真実味を感じたからだ。
そしてその言葉が真実だとするならば、今彼女の追っているケンジ・ガルハートは魔王と事を構えているという話になる。
もしくは構えようとしている、だろうか。
「あ、あんた! 魔王ってどういうこと!? ケンジが今魔王と戦っているっていうの!? 一体何を知っているっていうの!」
「答えを急ぐあまり心を乱すのは宜しくないですね。強く正しく美しく、これは淑女の基本ですよ? 私は父ほど教育者として完成していないために詳しくは分かりませんが、それでも君に対しこの教育を行っていないはずがない」
「く……!!」
いったいどこまで知っているのか、底が知れない。
そうは思いつつも、しかし確かにこの男からは手がかりを感じると知ったミゼットは、一旦冷静になる。
今大事な問題は敵か、それとも味方かということだ。
……今までの様子を見た限りでは、父と呼ぶこの男から悪意を感じたこともなければ、ましてや身構えている自分への警戒といったものすら感じられない。
それどころか、まるであいつの事を最大限に尊重し敬っている節すらあると、ミゼットはそう考えた。
「そう、それでいいのですよ。父が君に対し、本当の立場を未だ伝えていないようなので詳しい話は割愛しますが、現在君の追っている少年『ケンジ・ガルハート』は『賢者アーガス・ロックハート』の拠点、海沿いの町へと赴いています」
「なるほど、そこまでは私の考えと一致しているわ」
男はミゼットの回答に満足そうに頷き、話を続ける。
「やはり賢い、父が見出しただけのことはありますね。話を戻しますが、ケンジ・ガルハートは賢者と手を組み、魔王の討伐へ向かおうとしているはずです。これはあくまで暫定でそうなるという私の予想ではありますが、この件に関してはまず外れることはないでしょう」
そしてその後も竜人の男は説明を続けた。
曰く、ケンジは隣大陸の大国で暗躍する魔王をなんとかするために、賢者の手を借りて、人間の力だけで攻略しようとしている事。
曰く、現在はそのための仲間を募り、戦力を補充しているであろうこと。
曰く、そのために自分という存在と、ミゼット・ガルハートという存在を引き合わせ、基礎能力の強化を図ろうとしていたこと等々だ。
主に戦力強化という面においてケンジはミゼットに多大な期待を寄せており、自分を使ってその隣に立ち助けとなれる段階まで鍛え上げようとしていた事を、竜人の男は一つ一つ詳しく説明してみせた。
もちろん、実際には斎藤にそんな計画など微塵もない。
「……やっぱり、ケンジは私を試していたのね」
「そうですね、そうともとれるでしょう。それでどうしますか? ケンジ・ガルハートの後を追うのであれば、私が鍛えて差し上げる事もやぶさかではありませんが。……尤も、もしここで断って後を追うというのであれば止めはしません。それもまた、父の計画の内なのでしょうからね」
彼は事もなげに答え、選択を委ねてくる。
だが、ミゼットの心は既に決まっていた。
「良いわ、その話に乗ってあげる。私はあいつの最強の剣であり、盾でなければならないの。あんたが何者かは知らないけど、現時点では私より数段強いのは認めてあげるわ。……すぐに超えてあげるから、覚悟しなさい」
実力差を理解しながらも大胆不敵に剣を構え、少女は男を見据えた。
もはや疑いなどは無い。
ケンジが自分に期待を寄せ、委ねてくれているというのであれば、その期待に応えるだけなのだから。
「くくくっ、……そうこなくては。面白い、
────さあ、かかってきなさい。
創造神が生み出した原初の亜神、龍の神である全種族最強の男が修行開始を宣言した。
果たして企業買収を行っている斎藤健二が異世界に戻って来るまでの一ヶ月、このミゼットの試練に対しどのような結末が待っているのか、それは当の本人すらも知る由の無い事である。
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