買収4
話合いから翌々日、異世界から帰還して二日後となった本日。
ついに長らく暇していた会社へと出社した。
そして自動扉を潜り、受付カウンターへと向かう。
自然な足取りで近寄る俺の姿を見た二人の受付嬢は、一方は怪訝な顔をしながらも、もう一人の方は深々と頭を下げる。
うむ、既に少しは顔が知れ渡っているようだ。
「ちょっと社長室へ向かうね」
「困ります」
そして当然のように止められた。
こちらは怪訝な顔をしていた方の受付嬢だったので、たぶん新人か何かなのだろう。
教育が行き届いていないのは仕方のない事だが、まあまだ二日だしね、これは仕方がない。
すると深々と頭を下げていたもう片方が、新人の受付に対し慌てたように訂正する。
「この方は御通しして良いのよ! すみません会長、まだ部下の教育が行き届いておらず……」
「いや、いいって。まだこの会社も部署移動で慌ただしい時期でしょ? 仕方のないことだ。俺は気にしてないから」
大物感を演出しながら笑って許し、大股で受付を後にした。
……そう、もうお分かりだと思うが、何を隠そう会社の買収は既に終えているのである。
戸神家と交渉した後、相談当日に彼らはありとあらゆる伝手やコネを辿って動き出した。
それはもう何人の優秀な人材と金が動いたんだってレベルで、戸神家やそれに連なる権力者たちの抱える権力が行き交い、次の日にはうちの会社は俺を会長として社長ごとすげ替わっていたのである。
何という実行力とスピードだろうか。
黒子お嬢さんの件でいくら俺に一目置いているからといって、ただのおっさん一人のために普通ここまでするだろうか。
それをしてしまえるだけの権力も恐ろしいが、何よりその分だけの期待を背負っていると思うと胃がキリキリする。
とはいえ、あの家は今のところ完全に味方なので、期待さえ裏切らなければこれ以上無い程に心強い。
いやぁ、だがこうしていざ会長兼相談役として幽霊社員になってみると、胃の痛みを差し引いてもやってよかったと実感する。
何といっても社畜から脱した爽快感がハンパじゃない。
あまりにも有頂天になりすぎて、要らぬ失敗を起さないように気を引き締めないといけないくらいだ。
そんな感じで足取り軽く社内を見回っていると、遠回りをしつつも社長室に辿り着いた。
「お邪魔します」
「あ! 先輩! いままで顔を見せないと思ったら急に会長ってどういう事なんすか!? というか、俺が部署移動で元社長達の面倒を見るとか無理っすよ! 出世したのはそりゃ嬉しいすけど、いくらなんでもハチャメチャ過ぎます!」
「ちょ、ちょっと待った宮川。いっぺんに話されても分からん」
社長室に辿り着くと、そこには俺の推薦で新たに課長となった元部下の宮川が慌てて仕事をしていた。
彼は今回の人事異動の際、誰もやりたがらないであろう元社長達の面倒を見る部署の課長として、俺の無茶な頼みを聞いて出世していたのである。
尤も、こちらとしても他に頼める人間が居なかった故、宮川に頼るしかなかったのも事実だ。
その代わりと言ってはなんだが、一応俺の頼みだからという事で受け入れてくれたらしいので、あいつには世話になった礼として給料面でかなり優遇している。
なんと元の月給の10倍だ。
これで面倒な仕事を押し付けた責任は果たしたと思いたい。
「はあ、まあ良いっすけどね。彼らも元々上役まで上り詰めていただけあって、ちゃんとやる気になって仕事をすれば有能でしたし。俺自身が立場を気にしてやりにくい事を除けば、給料面でも仕事内容でも文句はないっす。そういう意味では、先輩には恩を受けたと思っていますよ」
そう言いつつも顔は若干ニヤけているので、宮川もこの配置には納得してくれたようである。
きっと彼としてはゲームに注ぎ込む金が10倍に増えた、という点が最も大事だったに違いない。
「やりにくいという点に関しては済まないと思っている。だが、今更元に戻すと言われても嫌だろう?」
「そりゃそうすよ。これだけの優遇を受けといて、今更元の生活には戻れませんて。……でも、こんな大規模な改革を行うために会社の買収をするなんて、先輩どうしたんですか? 主に金の出どころが知りたい」
疑わしい視線を向けてくるが、それに答える事は出来ないな。
さすがに一般人に異世界云々の事を話す訳にもいかないし。
すると今まで黙ってやりとりを見守っていた社長秘書である女性が声を掛けて来た。
……というかこの秘書、どっかで見た事あるな。
えーと確か、黒子お嬢さんと一緒にいたさい、さいお、……さいおうさんだっけ?
「その件に関してはこの西園寺御門がお話しますわ。と言いましても、私は秘書の推薦と社長足りえる人材の厳選しかしていませんので、お金の出どころに関しては推測の域を出ませんが」
あ、そうそう、西園寺さんだ。
でもこの子確か高校生だったよね?
一瞬秘書かと思ったが、推薦とかやってるだけで社員ではないようだ。
しかし、この歳でよくそんな事が出来るなぁ。
これが超エリートという奴だろうか。
俺が同年代の頃なんか、ドラゴンを倒す問題とかいうロールプレイングゲームを一生懸命やってた記憶しかない。
「まずこの会社の買収について、今回の件には日本で表裏問わず大きな権力を持つ戸神家という一族の手が関わっていますわ。私はこの男が何者かは知りませんが、大方金銭面に関してはその一族の者が手助けしたのでしょう。明らかに常人が賄える規模の金額を越えています」
確かに手助けはしてもらったが、資本となる金策をしたのは俺本人だぞ。
このお嬢さんですらそれを知らないという事は、あの一族は余程うまく財宝を売りさばいたんだな。
やはり有能、頼って良かった。
「そして二つ目。部署異動につきましては、私がその一族から回された仕事の一つです。社員ではありませんが、会社の買収と共に内の組織から有能な人材の提供と、そして会社内の腐敗の排除。最後に既存の人材の適材適所という面を意識して改革させて頂きました。……というか」
というか?
「というか、なんなんですのこの男は! 本当はどこから出したかも分からない出どころ不明のお金に、予測不能な謎の立ち回り、さらにいきなり姿を現す神出鬼没さ! 意味が分かりませんわ! 意味不明! そもそも私が手を貸してあげたのだって、あなたの頼みだからではなく、黒子の頼みだからなんですからね! 感謝して欲しいですわ!」
と、いきなり捲し立てられましても。
しかしそうか、この優秀な人材達はこの西園寺お嬢さんの組織から提供された者達だったのか。
きっと陰陽師とかとはまた別の、なんか色々凄い裏組織なんだろうね。
知らんけど。
元部下の宮川もポカンと口を開けて放心してるし、とりあえず今も尚続くお嬢様トークは終わりにしてくれると嬉しい。
感謝はしているけど、ぶっちゃけ裏組織の事とか全く知らないしね、俺。
それに今考えている案も伝えようと思って社長室に足を運んだわけだし。
そんな感じで話を聞き流しながらも、俺は本題へと移った。
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