買収3


 交渉の席についた俺は話し合いの末、なんとか戸神家に後ろ盾になってもらう事に成功した。

 まあ交渉というか、相手はそれなりに妖怪退治の件で成果を認めてくれてたし、最初からこの程度の事であれば構わないという姿勢ではあったんだけどね。


 その代わりと言ってはなんだけど、やはりと言うべきか向こうからも陰陽師としての稼業に力を貸してくれと、そういう約束は取り付けられている。

 こちらとしては死ぬようなレベルの妖怪でなければ相手になるし、資金面も潤ってウハウハな訳だから寧ろお願いしたいくらいだ。

 ここまでは問題ない。


 しかしそんな状況の中話が纏まろうとしていたタイミングで、襖をあけて現れた戸神家の現当主、戸神砕牙の登場によって状況は一変した。

 いや、一変したというか、現在進行形で面談のような事をされている訳である。


 なぜこうなったのかは分からない。

 分からないが、彼の話を聞いている感じでは、どうやら黒子お嬢さんの事について心配しているような節が見受けられる。


 曰く、君は娘の為に命を投げうつ覚悟があるのか。

 曰く、この眼で見た限りでは実力があるのは認めよう、しかし相手はそれ以上に強大だ。

 曰く、私よりはだいぶ若いとはいえ、今後の事を考えるならば歳の差も考慮しなければならない。


 などなど。


 一体何の話をしているんだと思わなくはないが、源三の爺さんが顔に手を当ててやれやれと首を振っている所を鑑みるに、これは娘の事を想った父親の勘違い、もとい暴走だという事が窺えた。


 たぶんだけど、どこの馬の骨とも知れないおっさんが、仕事とはいえよく愛娘に近づいているのが気になって仕方ないのだろう。

 そりゃそうだ、仮に俺が黒子お嬢さんの親でも警戒する。


 急に沸いて出て来たように現れた異能力者だもんな。

 これが幼少の頃より頭角を現し、実績を積んできた者だったらこんな事にはならなかっただけろうけど、経歴が明らかに怪しい。


「聞いているのかね」

「あ、はい聞いていますよお父さん。確かにお気持ちはお察しします」

「お、お父さんだと……」


 いや、そこに反応するなし。

 俺のお父さんという意味ではなく、黒子お嬢さんの、という意味で言ったんだけども。


 なぜかこのタイミングでお嬢さんの方まで顔を赤くしているし、あらぬ方向へ勘違いが進んでいる気がする……。

 まあどう勘違いしていようが、俺の意見が変わる事はないけども。


「はぁ、もういい加減にせい砕牙。お前が動揺してどうする。それにお前の眼が節穴でないなら、斎藤殿が黒子に対し不適格という訳でない事は、十分に分かったはずじゃ。過去に同じようにして、他家から婿に来たお前ならばより一層のこと分かるだろう」

「う、む……。それは確かにそうですが……」


 やはりそうか。

 ここまでくれば勘の鈍いおっさんでも分かる。

 これ絶対に黒子お嬢さんと結婚して、戸神家に婿入りする前提で話が進んでいるだろ。


 だがちょっと待って欲しい、こちらに今のところその気はない。

 そもそもの問題として年齢が離れすぎているのもそうだが、それ以上にこういう重い話は両者間がお互いの事を知っていく中で、同意の下で行われるべき事柄だ。


 決して他者が決めて良い問題ではない。

 主に俺が戸神家という権力を前にして、いきなり結婚云々の話をされてビビっているという意味で。


 という訳で、ここは一先ず穏便に済ませようか。


「砕牙殿、お話は分かりました。しかし私としても今はやるべき事、やらなければならぬ事が多い身でして、すぐにどうこうする訳にはいかないのです。それにこういう事は両者の同意があって、初めて成立することでしょう。家柄的に難しい面もあるでしょうが、どうぞご理解頂きたく存じます」


 ハッキリとそう言うと、源三の爺さんはそうかそうかと頷き、砕牙さんは瞠目する。

 そしてなぜか、黒子お嬢さんはより一層顔を赤らめてついには俯いてしまったではないか。


 なぜそうなる。

 するとしばらく空間が三者三様の雰囲気に包まれた後、まず最初に砕牙さんが口を開いた。


「……これは大変失礼した。いやはや、まさか他家から婿入りしてきた過去を持つこの私が、一番重要な事を忘れていたとは。だが、君の言葉で目が覚めたよ」

「そうだろうとも。お前が斎藤殿を否定することはすなわち、自分を否定する事になるのだからな。こういう事は黒子本人とその相手が自由に決める事。儂らがとやかく言うのは時代遅れという訳じゃ」


 勝手に納得する二人だが、言い分そのものは通ったようである。

 まだ赤面している陰陽少女はさておき、親がこれで納得してくれたならば俺から言う事も特に無い。

 なにせ自由にやっていいって事だし、これで気を遣う必要はなくなった訳だ。


 俺と結婚するなら異世界の事を晒す必要も出て来るだろうし、色々面倒臭いんだよね。

 もし黒子お嬢さんが自力で秘密に気付けたなら、その時はもう一度考えてみようと思う。


 まあ俺としてもお嬢さんが嫌って訳ではない。

 これだけあからさまな態度を取られれば好意を持たれているのも分かるし、男である以上嫌な気にはならない。


 問題は、それを他者の口出しで決めるなという一点のみである。

 色々言ったが、他は基本的にどうでも良い。


 そしてその後、頭を冷やしてくると言って居間を出て行った砕牙さんを見送り、約束通り会社買収の手助けをしてもらう運びとなった。


 ……これで資金面には余裕が出来たし、あとは実行に移すだけだ。

 こちらは久しぶりの出社となるが、まあなるようになるだろ。



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