買収2
家でゴロゴロしながら紅葉とテレビを見ていると、戸神家の車がやって来た。
相変わらず動きが早いな、移動距離を考えたら電話のあとすぐに行動したとしか思えないくらいのスピードだ。
「こんにちは斎藤様、3日ぶりですね。電話では私に個人的なお話があると伺ったのですが、あの、その、……期待に添えられるように頑張りますね?」
いつもの黒服を控えさせ、自宅のワンルームに訪問してきた黒子お嬢さんがモジモジしている。
一体何を勘違いしているのかは知らないが、俺は会社を買収する手立てを相談したいだけだぞ。
とはいえここで彼女の機嫌を損ねたらせっかくの計画が台無しなので、わざわざ突っ込みを入れるようなことはせず、その勘違いを利用しよう。
「そうですね。是非黒子お嬢さんには力になってもらいたくて、厚かましいお願いではありますが相談させていただきました」
「は、はい! 精一杯頑張らせて頂きますね! それでは、さっそく屋敷で詳細をお伺いします!」
案内されるがままに車へと乗り込み出発する。
既に姿を隠している紅葉の気配は感じられないが、きっと車体の屋根とかにでもくっついているんだろう。
あいつは獣の因子を持っているだけあって身軽だし、そのくらい余裕でこなせそうだ。
そして移動すること十数分あまり、道中で妖怪の対処法や豆知識などで雑談を交わしつつ、俺の方は異世界で得た知識を元に魔物の知識を披露しながら屋敷へと赴いた。
いやぁ、やっぱり何度見てもここはデカいね。
土地成金とかそういうレベルじゃない。
相変わらずいたるところにお札のようなものが貼られているけど、それが余計に家としての風格を醸し出していて、それっぽさがある。
いやまあ、それっぽいというか本物なんだけども。
そんな取り留めも無い事を考えつつ風景を楽しんでいると、長い廊下を渡り切ってようやく居間のような場所へ辿り着いた。
「おじい様、斎藤様をお連れしました」
「……斎藤殿か。確か儂らに相談があるのだったな。宜しい、そこに座りなさい」
「どうも、お邪魔します」
久しぶりに出会った源三の爺さんは相変わらず厳格だったが、表情にはどこか疲れたような感じを受けた。
やっぱり妖怪退治とかで忙しいのだろうか。
最近は九尾云々で騒がしいようだし、きっと現役の陰陽師としてあちこち奔走しているのだろう。
家督は譲ったと以前聞いていたが腕が鈍った訳では無さそうだし、周りが慌ただしければその分早急に片付けなければならない仕事もあるのだろう。
実力がある人間には、その分だけの仕事が回されるのは世の常である。
「久しぶりじゃな斎藤殿」
「ええ、ご無沙汰しております。しかし忙しい中こちらの相談を優先して頂いて良かったので? 俺としては助かりますが、その様子だと妖怪退治の方も一筋縄では行っていないように見受けられます」
「……ふうむ」
唸るような仕草を見せるが、言葉を聞いて吟味しているというよりは、今の俺を観察して何かを考え込んでいるように思える。
しばらくこちらの上から下までじっくりと観察し、その後十秒ほど目を閉じて黙り込んだ爺さんは瞑想した後、ついに結論が出たのかようやく口を開いた。
「……そなた、ずいぶんと変わったな。以前と比べ天と地ほどに離れている。実力もそうだが何より人としての芯のようなものを得つつあるようだ。まだ完全とまではいかないが、……この数週間で何があった? まるで半年程武者修行に励み、様々な経験を積んで一皮むけた男のように見えるな」
うわ、嘘だろこの爺さん。
ピンポイントで異世界滞在の期間を当ててきやがった。
俺自身は一皮むけただのなんだのと、そんな風に感じたことは一度も無い。
しかし、ケンジ・ガルハートとして異世界に赴き、合計半年間ほど幼女の教育や魔族の討伐、そして旅や賢者との出会いを積んできたのは確かだ。
それを一目で見抜くとか、レベル云々を抜きにして人間としての洞察力が尋常ではない。
別に見抜かれたからどうだとかは一切ないが、単純に感心するよ。
「ええ。詳細は秘密ですが、こちらも来たるべき日に備えて常に修行は行っております。いくら今のところ順調だとは言え、妖怪退治を依頼されて死にたくはないですからね」
「そうか。いやそもそも、そなた程の男が何の準備もしないなどという事がある訳が無かったな。確かに、斎藤殿の言う通りじゃ。詮索して悪かったのう」
いや、別にいいけどね。
異世界の事を隠してはいるが、それ以外の事について特に隠し立てしている訳でもないし。
レベル上げはしてるけど、それだって今言った通り妖怪退治で不覚をとって死にたくないから、という動機に過ぎない。
九尾とかいう大妖怪、もとい土地神が活動を再開してなければここまで急激に鍛える事も無かった。
爺さんが気にするような事ではない。
あくまでも自分の為の行為だ。
「それでさっそく相談なのですが、少々お時間宜しいですか? 今回の件は俺の立場や力とはどうにも相性が悪くて、後ろ盾という意味で力を借りたいんですよ」
「いいじゃろう、とりあえず話を聞こうではないか」
会話の準備が整ったので、まず最初に次元収納から財宝を取り出す。
金や銀、宝石類。
その他諸々を一部だけ放出し、視覚的なインパクトを与えた上で事情を話した。
まず一つ目に、俺が会社を買収しようとしている事。
買収にはこの財宝を換金するための後ろ盾が必要で、個人でやれば足がつき余計な問題を引き起こしかねない。
故に戸神家がパイプとなって仲介してもらえれば、その分だけ安全に繋がるという訳だ。
次に二つ目。
これも後ろ盾の問題となるが、会社の株式を買い占める時にも戸神家の名前を出して仲介を果たして欲しいという事。
恐らく、いや確実に裏でも表でも権力や権威があるであろう、この陰陽師一族の名声を借りられるのは大きい。
うちの会社は一応株を一般的に公開しているが、その株式を買収のために半分以上独占するのだって、他者から譲り受けるためのコネが必要だ。
仮に会社の株を銀行が保有してたりすれば、それこそ俺が金を出しただけではすんなり行かないだろう。
足元を見られる事必至である。
そういう時のために、力になって欲しい。
そして最後に三つ目。
これは買収後の提案なのだが、社長を挿げ替えて新たに会社を運営するに当たり、優秀な秘書を用意してもらえないかという事。
俺は社畜という立場から解放されるためにこういう手段を取っているが、だからといって無駄に敵を作りたい訳でもないし、もっと言えば俺の上司たちを
故に皆が納得し円満な解決を図れるよう、役職や立場の操作はするものの、最終的には誰もがこれで良かったと思える結果に持っていきたいのである。
当然百パーセントは無理だろう。
どこかで不満が出るだろうし、結果的に給料が下がる事になる奴もいるかもしれない。
だが、やり方次第で復讐しようとまで思う奴が出るか、まあ仕方ないかと思える程度に収められるかで、俺の気分が全然違う。
ぶっちゃければ自己満足に過ぎないが、まあやらない善よりやる偽善。
気を遣う事は悪いことではないはずだ。
と、そこまで説明を終えたところで、爺さんの方から答えが返って来た。
さて、どうなる。
「なんじゃ、そういう事だったか。だが確かに斎藤殿とは相性の悪い問題だのう。……うむ、よかろう。儂らとて無理言ってそなたに依頼を頼んだ経緯もある故、その相談事は快く引き受けさせてもらう事にしよう」
「ありがとうございます」
予想以上に、意外とあっさり頷いてもらえた。
いやぁ、なんとかなって良かったよ。
これで心置きなく買収、もとい幽霊社員として会社を疑似的に辞めることができる。
たかがこれだけの事でここまで大事に持っていこうとするのは、今はその力があるからという前提もさることながら、俺が変なところで人に恨まれたくない小心者ってことなのだろう。
ま、とにかく話はまとまったな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます