閑話 助っ人妖怪
斎藤が日本へ買い出しに出ている間、おにぎりをもしゃもしゃと食べながら紅葉は考える。
果たして自分はいま安全なのだろうかと。
なんだかんだで自分を守ってくれるであろう男は今この世界には居ない。
もちろんすぐに戻って来るであろうが、それまでの間にどこの誰とも知れぬ人間が襲い掛かり、自分を追い詰めに来るのではないだろうか。
一つ目のおにぎりが食べ終わり、二つ目に手を出しながら考える。
しかしどうやら、この見知らぬ地は争いこそ絶えないものの、妖怪である自分を受け入れてくれる度量の広さがあると、そう思った。
思い出すのは、冒険者になった時に称賛してくれた他の人間たちや、耳や尻尾などに自分と同じような特徴を持った獣人と呼ばれる人間達。
彼らはどこの誰とも知らない自分を世界にあるべき一人の人間として認め、受け入れてくれた。
ならば、もしかしたらこの世界は前よりも安全なんじゃなかろうかと、臆病な妖怪はそう結論に達した。
今まで生きる術が逃げ、隠れ、また逃げるの繰り返しだった日々とは違う、全く別の新しい毎日が待っている気がしている。
「ふむぅ。ならばここは一つ、新しい毎日を満喫するのも悪くはないかのー」
自分を救い助けてくれた、大恩のあるおにぎりの
そうと決まれば早速行動。
食いかけのおにぎりと、まだ新品のおにぎりをいくつか持ち、人間の町で一人だけだというのに姿を隠さず、耳や尻尾さえ隠さず、道行く道を縦横無尽に歩き回る。
町は新鮮だった。
露店には日本で見たことも無かったような形の果物や、何やら妖力を僅かに感じる液体の入った瓶、はたまた武器を売っている人々が大勢。
それに加え、二尾となった自分の尻尾が珍しいのか、時々「天種様」と言って親切にしてくれる獣人達。
最初は親切の裏には何かがあると思って警戒していたが、話をすれば何のことは無い、この二尾の尻尾が彼らにとって信仰対象だった。
本当に、ただそれだけだ。
「うむ。なんかこっちの世界はずいぶんと儂にとっては過ごしやすい。おにぎりの
親しくなった獣人からおすそ分けされた果物を、おにぎりの代わりにもしゃもしゃと食べながらまたあてもなく道を進む。
あっちにいったりこっちにいったり、フラフラしていると人気のない場所へやってきてしまったようだ。
この人気のない場所は少し空気が悪い。
気配や空気に敏感で臆病な妖怪は、すぐさまこの場所の特質を理解する。
ここは危なそうだ、引き返した方がいいかもしれない。
しかしそう思って引き返そうとしたら突然、あたりが騒がしくなった。
「こら待てやガキィ!」
「誰が待つかよ人攫いめ! お前らなんかには一生掴まるもんか!」
「お兄ちゃん、私もうダメ、走れない!」
「リズ!? おい、しっかりしろリズ! あともう少しで人通りの多い所に出る、そこまで行けばあいつらも追ってはこれないんだぞ!」
空気を読むのが上手い紅葉は一瞬で状況を理解した。
どうやら身寄りのない孤児のような子供達を狙い、大の男が何らかの目的のために兄妹を攫おうとしているのだと。
彼らを見ていると思い出す。
遥かな昔、
そして九尾である母親が人間達に捕まり封印されると同時に、自分も同じように封印されてしまい、長き日を苦しみと共に過ごしたのだ。
かつての臆病妖怪、紅葉はあの兄妹を助けたいと思った。
もちろん助けに入って戦うとか、そんな事は考えていない。
今の自分が二尾になり力を得たと言っても、しょせん自分は戦闘の素人だ。
その上、例えあの人間に打ち勝ったとしても、話はそこで終わらないだろう。
人間は群れをなす生き物だ。
あの人間を倒せば次の人間が現れ、敵討ちにやってくるかもしれない。
そのリスクを考えれば、わざわざ逃げるだけのために「戦う」なんていう選択肢を取るなど阿保らしい。
こと逃げる事に関して紅葉はプロだ、超一流だ、右に出るものなど居はしない。
あの巨躯の人攫いの目を欺くことなど、朝飯前なのであった。
「どれ、久しぶりに妖術でも使うかのぉ~」
すぐさま妖術を使い、周囲に幻惑の空間を作りあげる。
右にあったと思った道が左にあり、前に進んでいたと思ったら斜めに進んでいたと思わせる、そんな認識阻害の幻術だ。
しかしこのままではあの兄妹も一緒に幻術にかかり、道に迷ってしまうだろう。
一見とても優秀そうな術に見えるが、一人で生きていた時とは違い、効果範囲を指定できないのが難点だなと、今後の課題を認識する。
「えぇ!? 道がぐにゃぐにゃに曲がりだしたよお兄ちゃん!?」
「くそっ、どうなっているんだ!」
案の定二人は道が分からなくなり、人攫いと一緒に右往左往しはじめてしまったようだ。
「ほれ小童、こっちじゃ。儂が案内すれば道は正確に分かる故、手をつなぐがええ」
「え、獣人の女の子?」
「お、お前誰だよ! もしかしてあいつの仲間か!? 俺たちを騙そうとしているのか!」
妹は純粋に疑問を感じただけのようだが、兄の方は警戒心が強いのか中々手を取らない。
恐らく妹の体力が既に限界で、それに加え普段良い物を食べていなかったせいで栄養失調を起しているのが原因だろう。
兄は妹を庇うように背中に隠す。
詳しい事は分からないが、封印から出た時に餓死寸前だった紅葉には分かる、アレは辛い。
しかしいつまでも幻術を維持するのは面倒臭いし疲れるので、さっさと二人を連れて逃げる事にした。
「むぅ、仕方がないのう。ならばこのおにぎりを二人にくれてやるから、それで元気を出してくれぬか?」
既に残り一つだけとなったおにぎりを半分に分け、兄妹にそれぞれ手渡す。
兄は久しぶりの食料に生唾を呑み、妹はお腹が減って我慢できなかったのかすぐに口に入れる。
すると変化は突然現れた。
「……! すごい、すごいよこれ! お兄ちゃん、私一口でお腹いっぱいになっちゃった!」
「はぁ!? う、嘘だろ……。って、うめぇ!!」
コンビニのおにぎり(税込み120円)は著しく低下していた二人の体力を一瞬で回復させ、ついでに痩せこけていた体に少し脂肪をつけた。
普通では考えられない現象だが、紅葉は異世界だからこんなこともあるか、とあまり深く考えず変化を受け入れる。
斎藤が知れば「やっぱり異常な効き目だな」と、今までの例と照らし合わせ深く考えだすだろう。
「これで体力は元通りになったかえ? それでは、さっさとこの幻術を抜けだす故、儂の手を取ると良い」
「あ、ああ……」
あまりのことに放心状態となった兄と、元気が出てウキウキ状態の妹を連れ、その場を離れる。
そしてしばらく来た道を戻り、道行く道を辿って元の大通りまでやってくると、既に人攫いの姿はどこにもなかった。
「もう安心じゃ、あとは自由に生きるがええ。それと、また何か困った事があれば、獣人に相談するとええぞ。彼らは温厚な性格故、優しく接すれば優しさで返してくれる。少し気難しい者でも、二尾の紅葉の名前を出せば話くらいは聞いてくれるじゃろうて」
「ど、どうして俺達にここまでしてくれるんだ?」
「なに、気まぐれというやつじゃよ。気まぐれ。それじゃあまたのー」
それだけ言い、やる事はやったとばかりに場を後にする。
最後に兄と妹から「ありがとう」の声が聞こえた気がしたが、妖怪は特に気にする事もなくまた露店街を物色しに町へ溶け込んでいった……。
後に、この二人の兄妹はとある飲食店を営む獣人の下働きとして雇われ、いずれその飲食店には「モミジのおにぎり」という商品が立ち並ぶようになるのだが、それはまた別の話。
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