依頼調査1


 俺と紅葉が凄腕の冒険者チームに受け入れられてしばらく、とりあえずという事でその日は解散する事になった。

 それぞれが魔族の足取りを追いまだこの町に着いたばかりで、まともに戦いの準備も出来ていなかったからだ。


 依頼調査の決行は明日と決まり、それまでは自由時間ということになっている。

 その間にこちらも準備を進めるべく、一旦宿を取り連絡先を教えた上で日本へ戻ることにした。


 なにを隠そうこの俺は、おにぎりの残機とLEDの懐中電灯以外は武器も道具も持っていない。

 依頼では絶対使わないであろう風邪薬や、今となっては力不足となったホームセンターの鉈などはあるが、いかんせんアイテムが足りないのだ。


 日本の道具はなぜか異世界では特別な力を発揮するらしいので、回復アイテムとして絆創膏ばんそうこう湿布しっぷ、怪我をした時のための軟膏なんこうを購入するつもりである。

 これらのアイテムがこちらでどれほど強化されるかは分からないが、薬局で買った風邪薬の効き目は異常だった。

 きっと今回も役に立ってくれるだろう。


 もちろん俺には回復魔法があるために万が一の時は魔法に頼るのもありだが、俺が回復手段を持っているのと、他人も使える回復手段があるのとでは大きく意味が違う。

 道具とは得てしてそういうものだ。

 誰でも使えるから強い、ここ大事。


「という訳で、ちょっと買い物に行ってくるから紅葉は好きに過ごしてていいぞ」

「うむ。で、おにぎりはあるのかえ?」

「おう、とりあえず1ダースのツナマヨを置いて行くから」


 買い物に行くだけなのですぐに戻るとは思うが、如何せん地球と異世界では時間の進み方が違うため、万が一すぐに戻れなかった時のために二日分の食料を置いて行く。


 紅葉は1ダースのツナマヨを見て目を輝かせているが、それまさか一日で食う気じゃないだろうな……。

 ま、まあさすがにそこまで愚かじゃないだろ、ビビリだけど。


 多少不安にはなりつつも伝えることは伝えてあるので、これ以上はどうする事も出来ないという事で一旦ログアウトを実行する。


「……うん、戻って来たな」


 キャラクターが戦闘不能になった時とは違い、やはり正式な手続きを踏んでログアウトすると意識はすぐに回復するようだ。

 さっそく出かける準備をして薬局へと向かう。


 おにぎりの残機を増やしておきたいので途中でいくつかコンビニに寄りながらも、たまに見かけるスナック菓子や炭酸飲料なんかも紅葉が喜びそうだと思い、購入。

 なんたってあいつは精神がお子様だからな、きっと味覚もそれ相応だろう。

 そうに違いない。


 そうして色々物色しながら町を巡っていると、既に薬局にも寄り外出してから1時間程が経っていた。

 こっちの世界で1時間というと、向こうの世界では10時間だ。

 紅葉がちゃんと計画的に食べているかも不安だし、そろそろ戻らないとマズいかもしれない。


 そう思い帰路につこうとすると、コンビニを出たあたりで見覚えのある人物に声を掛けられた。

 いつものように黒服を従えた黒髪の美少女A、戸神黒子である。


 ただいつもと違うのは、その傍らに同じ制服を着た茶髪の女子が仁王立ちしていることだろうか。

 この子もこの子で美人だが、黒子お嬢さんと違って物凄く性格がキツそうな印象を受ける。


「ちょっとあなた、そこで止まりなさい。話があるわ」

「ああもう、そんな態度では斎藤様に失礼ですよ西園寺さん。敵じゃないんですから、まるで現行犯逮捕みたいな雰囲気を出すのはどうかと思います」


 性格のキツそうな茶髪女子、もとい西園寺とやらは話があるらしい。

 しかしこれはまた、お嬢さんはずいぶん面倒臭そうなご友人をお持ちで。


 やっぱり陰陽師一族の友人だし、彼女も何か術とか式神とか使う系の高校生なのだろうか?

 まあ、今は急いでいるから正直どうでもいいけど。


「いやちょっと、今急いでいるんで手短にお願いできませんか? お話はちゃんと伺いますんで」

「ふん、面白い。この私を前にしてその余裕、かなりの使い手ですわね。あなたがどれ程の男かは存じませんが、その喧嘩買いましたわ」


 いや、まず前提として喧嘩を売っていない。

 俺は手短に話を終えたいだけなのでむしろ喧嘩を避けたいのだが、なぜ伝わらないんだろうか。

 そこはかとなく上司の八つ当たりと似た雰囲気を感じる。


 くっ、社畜時代の古傷が疼く!!


「ちょ、ちょっと西園寺さん! なんでいきなり喧嘩売ってるんですか、今回はそういうのは無しにしましょうと約束したではありませんか」

「うぐっ。……そ、そうね、確かにそうだったわ。ふう、あなた命拾いしましたわね?」


 良く分からないが、どうやら命拾いしたらしい。

 本当に良く分からないが。

 女子高生の世界は謎でいっぱいだ。


「それで、一体どんなご用件で?」

「ええ、実は斎藤様に私からプレゼントがあって後を追ってきたのです。ここ数日ほど足取りが掴めなかったので、本当はご迷惑だとは思いつつも、その……」

「あ、そう言う事ですか」


 なんだ、そう言う事か。

 前回話した感じだと報酬の件で色々あったようだし、きっと相場以下となった報酬の不足分として何かプレゼントを用意してくれたのだろう。


 いやはや、本当に良く出来たお嬢様だ。

 もうそこら辺にいる新社会人とかよりはよっぽど社会人してるよ、下請けの人間に対する完璧なフォローである。


「そうなんです! それでプレゼントなのですが、こちらのミニ黒子を受け取ってはいただけませんか? 私、頑張って作ったんです!」

「はははは、これは嬉しいですね。うんうん、ミニ黒子ですね……、え?」


 え、何?

 ミニ黒子?

 ちょっとおじさん、何言ってるのか分かんないよ。


 しかし、頑張って作ったと言っているお得意様のお嬢さんから人形を手渡されて、しがない下請けの俺が拒否できるはずもない。

 あくまで笑顔のまま、そして微塵も困惑を悟らせず限界まで社会人スキルを駆使して受け取った俺は、とりあえずそのミニ黒子とかいう人形を鑑定してみることにした。


【身代わり地蔵:ミニ黒子】

致死の一撃を一度だけ防ぐことができる。

制作者の愛が異様に重く、捨てると呪われる。

にげるならいましかない。


 あ、うん……。

 逃げるなら今しかない、ね。

 もう受け取ってしまったから逃げ道は塞がれちゃったかな。


 しかも捨てると呪われるってデメリット重すぎだろ、それと同じくらい効果も優秀だが、一体何のつもりでこんなヤバい人形を渡したんだろうか。

 ちなみに人形そのものの出来はかなり良い、本人の特徴を捉えてて完璧である。


「あ、有難うございます黒子さん。大切にさせて頂きますね」

「はい! 気に入ってもらえてよかったです!」

「ええ、大変気に入りましたとも。すごくかわいいお人形さんです。……しかし現在、至急解決しなければいけない用事があるので、申し訳ありませんがここで一旦失礼させて頂きます。このお人形、大切にしますね」


 これ以上何か押し付けられたら本当に呪われそうだったので、何かと理由をつけてそそくさと退散する。

 幸い急いでいるのは本当だったので、きっと言葉にも説得力が出ていたはずだ。


 最後にちょっと名残惜しそうにしながらも、分かりましたと呟き小さく手をふる黒子お嬢さんを尻目にその場を後にするのだった。


 それにしてもあの西園寺とかいう美少女B、一体何がしたかったのだろうか。



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【転生悪魔の最強勇者育成計画】が書籍化します。

それに伴い、カクヨムで連載を始めました。


カバーイラストは近況ノートにあります。

宜しくお願いします~!

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