依頼調査2


 再び異世界に潜り日本から帰還すると、案の定この妖怪はおにぎりを食い尽くしていた。

 1ダースもあったおにぎりの大群が全て食い尽くされ、ほっぺたにご飯粒をつけながら良い笑顔で寝ている。


 たった10時間で二日分の食料を食うなよ、俺が戻ってこなかったらどうするつもりだったんだ。


「ただいま」

「んぁ?」


 寝ぼけながらも返事をして、少しだるそうにもそもそと起き上がる。

 よく見ると紅葉の手にはどこから拾ってきたのか、この世界独特の民族的なデザインの髪飾りやリストバンド、変な木彫りの人形や食いかけの果物が握られている。


 ……いや、俺がいないこの短期間に何があった。


「お前それ、どうしたんだ?」

「これかえ? これは行き倒れていた女子おなごを助けた時に貰ったものじゃろ、そしてこれは老婆の話を聞いた時に貰ったもの、でこれが儂の尻尾を信仰してくる獣人に貰ったもので……」

「あ、もういい分かった。だいたい分かった」


 どうやら俺が居ない間に外へ出かけ、僅かな時間で色々とドラマを繰り広げて来たようだ。

 この緩い性格と異世界という立地が幸いしてか、物怖じせずに、そして逃げ隠れもせずにコミュニケーションを取れるようになったことで色々と遊びまわっていたらしい。


 行き倒れていた女性にコンビニのおにぎりを与え復活させたり、二尾としての紅葉を信仰してくる獣人に親切にしてもらったりと、よくもまあこの短時間で一つの町を遊び尽くせるものだ。

 野良猫か何かかこいつは。

 いや、野良狐か。


 だが別にやっている事は人助けがメインだし悪い事ではないので、よくやったと頭を撫で褒めておく。

 そして10時間の間に収穫したらしいガラクタを次元収納にまとめ、明日の依頼調査に備えて就寝することにする。


 明日また冒険者チームと組んですぐに魔族の調査に向かうのか、はたまた火竜討伐を見せかけだけでもいいから行うのかは分からない。

 ただ、少なくとも戦闘になるだろう。


 そしてしばらく神殿の中でアイテムを作成したり、休憩を取ったりして朝を迎え、ちょうど神殿で作った装備を身に付けたところで、部屋の扉がノックされた。


「よう、準備はできたか?」

「ん? ああ、アーロンか。準備ならだいたい終わってる。あとは紅葉の支度を待つだけだから、もうすぐだよ」

「ちょっと、まだ準備も終わってなかったの? 何ちんたらやってるのよ」


 紅葉はまだ寝ぼけた感じで「ぬぁー」とか「んぁー」とか言いながら、ダラダラと装備を身に付けている。

 どうやら冒険者の行動時間に合わせて、いつもより早く起こしてしまったのが効いているようだ。


 もう少しで準備は終わるのだが、いかんせんこの世界に来てから緊張感を失い、もとい野生を失いつつある紅葉を急かしても無駄だ。

 急いでいるであろうベラルには悪いが、こればかりは待ってもらうしかない。


「黙れベラル。このガキのやることに指図をするな」

「うっ……。わ、分かったわよ」

「すまんなケンジ。うちのチームは寄せ集めである以上、どうしてもメンバーの我が強すぎて纏まりが悪い」


 アーロンは異様なまでの眼力でベラルを諫める。

 しかしよく一言でこの気の強そうなベラルを抑えられるな。


 このエルフのねーちゃんも生きる伝説として名高いハイ・エルフの娘だけに、それなり以上に発言力は高いはずなんだけども。

 今のやり取りで分かった事は、この男は少なくともそれ以上の立場か、もしくは権威を持っているということだ。


 向こうは向こうで俺のことを怪しんでいるようだが、こっちもこっちでアーロンが何者なのか良くわからない。

 だが、少なくとも今は味方であり、魔族の問題を解決しアチーブメントを得る上で、これ以上ない戦力だという事は分かった。


 それからしばらくして紅葉の準備が終わり、いざ出発しようとしたところで、今度はダダンが話かけて来た。


「悪いが小僧、ワシは単独行動をさせてもらうぞ。魔族を追う手前、火竜の討伐という任務の成果として、多少は奴らの目を誤魔化せる素材を用意しなければならんからな。では任せたぞアー、アーゴンじゃったか?」

「ちゃんと俺の偽名を覚えろダダン。アーロンだ」

「そうじゃ、そうじゃった。ではアーロン、素材は後で届ける」


 自分で偽名って言うなよ。

 もう自分の怪しさを隠す気もないなこの無精ひげ。


 だが高位の冒険者が一人減り、というか前衛が抜けたのは少し痛いな。

 たしかに火竜に挑むとかいう無謀な挑戦をしないで済んだが、少なくとも魔族相手に後衛二人と中衛の俺、そして逃げ隠れする妖怪だけではバランスが悪いだろう。


 どうしたものかな。


「お前の心配している事は理解できるが、ダダンが抜けても俺とベラルで十分に戦える。さすがに魔王級が相手ではどうにもならないが、下級の魔族相手なら10人までは俺の力で抑えられるだろう。それとベラルの援護も考えれば、その倍は堅い」


 え、マジか。

 俺はあの瘴気エルフしか魔族を見た事がないが、今の俺だってあいつは一対一でちょうど良いくらいの相手だぞ。

 それを2人で20人って、とんでもないな。


 この男の性格からして無意味な見栄を張ることは無いだろう、信用していいはずだ。


「へー、それなら安心だ」

「だが、問題はどいつが魔族で、どいつが人間なのか分からない所だな。今から直接依頼人の下に向かうが、俺達の下調べでもその事だけは分からなかった。町に出入りした者の帳簿に、依頼人が接している貴族の背後関係の洗い出し、さらにこの町の行商人が売買している輸入品、輸出品の有無。そして……」

「ちょ、ちょ……」


 まだ続くのか!!?

 それからというもの、無精ひげはありとあらゆる調査を町に訪れてからの短期間で行っていた事が発覚した。

 しかし本人も途中から説明するのが面倒くさくなったのか、だんだんと説明がおざなりになっていく。


「……チッ、面倒だな。おいベラル、お前が引き継げ」

「はぁ!? 馬鹿言わないで、あんた頭の中がどうなっているのか私が知りたいくらいよ! というかあんた、私達と合流するまでそんな事までしてたの!?」


 ことこの件に関してはベラルに同情する。

 この無精ひげが只者では無い事は理解していたが、ここまで来ると戦闘力とかそういう面ではなく、別の次元でとんでもない。


 そしてベラルには自分の引継ぎが出来ないと理解したらしく、不承不承ながらもおまけついでに纏めに入った。

 たぶん本来は語った事以上に色々やっているのだろう。

 本人さえ面倒くさくならなければ、もしかしたら報告時間だけで一日が過ぎ、紅葉がまた寝てしまっていたかもしれない。


 この様子だと明らかに説明を端折っているからな。

 というかそこまで説明されたら逆に理解できないかもしれない。


「まあ、纏めるとだ。幼少期の頃の人間関係も含め全て調査したが、発見できない。以上だ。故に確信をもって魔族だと言えるのは依頼人である本人だけだが……。まあ、あの隠れるのが上手い魔族にしては、一匹見つけただけでも儲けものだな」


 纏めに入ったアーロンはそう言うが、そもそも本来なら一冒険者が知り得ないような貴族の背後関係まで把握している時点でおかしい。

 いったいどんな手法を使えばそんな事が可能になるのか見当もつかないが、しかしこの無精ひげならやりかねないという、謎の確信があった。


 しかし────。


「あ、それなら俺がわかるけど」


 何を隠そうこの身体は創造神の分身である。

 瘴気がそこにあるならば、近づけばどいつが魔族か、またはそうじゃないかなんて一発で看破できるだろう。

 調査がどうのとか、そんなものは一切関係ない。


 しかしそう言うとアーロンとベラルはどこか呆れたような表情で、天を仰いだ。


「マジかこいつ……」

「謎だ謎だとは思ってたけど、少年の底が見えないわ……。本当に何者よ君、ありえないわ」


 いや、まあそりゃあ超希少な能力だからな。

 ちなみに俺以外であれば龍神あたりなら普通に看破できると思う。


 あとは神の加護を強く受けた種族とかなら、たぶん可能だ。

 例えばベラルの母であるララ・サーティラなんかも俺が直接進化させた個体なので、そういった能力は備わっているように思える。


 だが何にせよこれで一番の問題は解決した訳で、あとはその依頼人の下に特攻をかけるだけだ。

 いやあ、意外と儀式の阻止って簡単にできちゃうかもね。



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