魔族1


 ミゼットを背にして洞窟を進むと、先ほどまで既に濃かった瘴気の違和感がさらに強烈になってきた。

 それになんだか奥の方で金属と金属がぶつかり合うような音がする。

 怒声も聞こえるし、何者かが戦っているのかもしれない。


「うーん、やっぱり危ないよなぁ。ここから先はキツいですよお嬢様」

「何言ってるのよ、本番はここからじゃない。私はワクワクしてきたわ」

「左様ですか……」


 これはあくまでも予想だが、たぶん戦っているのは瘴気を生み出す洞窟の主と、一足先にこの洞窟を見つけ調査に乗り出した斥候職の冒険者達だ。

 子供二人で軽く探索し見つけられるような洞窟が、本職の斥候に見つけられない訳がない。


 既にこの洞窟が怪しいと踏んで乗り込んだ冒険者チームが奥で何者かと遭遇し、それで戦闘になったと考えるのが自然だろう。

 まだ戦いの音が響き渡るため決着はついていないが、これが仮に洞窟の主側の勝利で終わった場合逃げ出せるかどうかも怪しくなってくる。


 なにせ冒険者達が町へ報告にも戻らず、否応なしに戦闘に突入する程の相手だ。

 可能性としては十分に考えられる範囲だろう。


 しかしこのまま突撃するというミゼットの案も、何も間違いばかりという訳ではない。

 考えそのものは浅いと言わざるを得ないが、万が一冒険者チームが窮地に陥っていた場合、ミゼットはともかく俺が参戦することで出来ることは多いだろう。


 基本戦力としては伯爵家の騎士と肩を並べ、さらには回復魔法によって戦線離脱した冒険者を復活させることができるからだ。


「早く行かないと手遅れになるかもしれないわ。行くわよケンジ」

「分かりました。ですが、もし私でもどうしようもないと思った場合は逃げます。これだけは肝に銘じておいて下さい」

「あら、分かったわ。でもそれが条件だと、例え相手がだれであっても逃げる必要はなさそうね」


 事の重大さを理解していないミゼットは、すまし顔で奥へと進む。

 そしてしばらく進むと、洞窟の奥に大広間のような広大な空間を発見した。


 そこでは手に武器を持ち戦う冒険者チームと、全身が黒いオーラに覆われたエルフの男が戦っているようだ。

 冒険者チームの方は3名が戦線を維持しており、もう2名が床で意識を失い倒れている。


 遠目からでは生きているのか死んでいるのかが不明だが、五対一で不覚を取っているチームの現状を見るに、残りの3名もそう長い間戦い続ける事はできないだろう。

 これはヤバいな、引き返そう。


 彼らには悪いが、恐らく調査に乗り出した高位冒険者の一角であろう彼らが戦い、瘴気エルフに対して勝ち目が全く見えていないのだ。

 しかもあの瘴気エルフは余裕の表情で遊んでいるようにも見えるし、もしかしたら既にこちらの存在にも気づいているかもしれない。


 そんな奴を相手にここから参戦した所で、既に状況は手遅れと言っていいだろう。

 逃げるが勝ちである。


 しかしそう思い逃げようとしたところで、突然ミゼットが倒れている冒険者に向かって飛び出して行った。


「そこの冒険者達、援護するわ! 後ろで倒れている怪我人の治療は任せなさい!」

「……何っ!? 神官の増援か、助かる!! このエルフは魔族だ。恐らくスタンピードを意図的に作ろうとした元凶だろう。仲間を治療したらギルド本部へ連絡に戻ってくれ、それまでになんとか時間を稼いでみせる!」


 ミゼットの声に反応し、こちらを振り返りもしない冒険者達は瘴気エルフ、もとい魔族と交戦を続ける。

 恐らく魔族との戦いで時間を稼ぐのが精一杯で、こちらの状況を気にする余裕がないのだろう。

 だから助けに来たのが子供だと誰も気づかない。


 ……しかし、ミゼットが飛び出してしまったことにより魔族には完全に存在がバレた。

 もう後戻りはできない。 


「お嬢様、約束が違いますよ」

「教訓その2、強きをくじき弱きを助ける者となれ。……この状況で怪我人を見捨てることはできないわ」


 血だらけで倒れている冒険者に対し、焼石に水といった微弱な回復魔法をかけ続けるミゼットは語る。

 ……はぁ、仕方ないなぁ。


 どうせもう飛び出してしまったし、今から逃げるのもこの冒険者を助けて逃げるのも生存確率は同じだ。

 いやむしろ、二人を助けて戦力に加えてから逃げた方が、より生存確率は高まるだろう。

 そこまで計算した俺は二人に回復魔法をかけ、一気に治療を施し大回復させた。


「うっ、ここは……?」

「お、俺はいったい……。というか、幼女……?」

「ふふん、感謝しなさいあんたたち! このミゼット様がケンジを連れてきてあげたわよ! 大船に乗ったつもりで後の事は任せるといいわ」


 回復魔法により意識を取り戻した二人は、唖然とした表情で俺とミゼットを見つめる。

 たぶんこんな状況で助けに来たのが子供二人だという事に対し、認識が追い付いていないのだろう。


 ミゼットと俺は最近の冒険活動により、そこそこ町で有名になってはいるが、それでも魔族との戦いに割って入るほど非常識な存在として認められてはいない。

 この反応はいたって常識的な反応だ。


 しかしこれで動ける護衛を2名確保できた。

 ここから先は洞窟に魔族がいたという情報を持ち帰り、逃げるだけだ。

 ミゼットも人命救助が出来て満足だろうし、俺との約束を違えて飛び出したのもあくまで人命救助を優先させるためだろう。


 当然もう我儘を言う気はないだろうし、現にミゼットは逃げる体勢へと移行しつつある。

 どれ、それじゃあ情報を持ち帰るついでに、最後に鑑定で丸裸にして立ち去ろうか。


【魔族:エルフ種】

闇魔法と召喚魔法が得意。

まだ本気を出していない。

かなり格上。


 闇魔法というのは精神操作系の能力が多い特殊な属性魔法のことだ。

 なるほど、これで魔物達を操りスタンピードを計画していたのか。

 たしかにこいつの力ならそれも可能だろう。


 だがスタンピードが起こりそうだと発覚してから日が浅く早期の段階なため、まだ準備は完全に整っていないはず。

 情報さえ持ち帰れば討伐するのは容易いだろう。


 この魔族の力がある程度冒険者より高かろうとも、町から差し向けられる討伐隊を相手に抗えるとは思えない。

 個の強さも異世界では重要だが、その力に絶望的な開きが無いなら戦いは数で決まる。

 戦場の鉄則だ。


 しかしそう思い逃げ出そうとしたところで、待ったがかかった。


「はははは! これは面白い! 一体どんなネズミが侵入してきたのかと思えば、ヒト族の子供が二人だと。それに年齢にそぐわぬ強力な回復魔法……、面白い。面白い面白い面白い、面白ィイイイイイ!!!」


 魔族が狂ったように叫び出すと突如として洞窟の出口から魔法陣が出現し、中から朽ちかけた剣と鎧を着こんだ……、というか鎧そのものが本体であるデュラハンの出来損ないような魔物が3体出現した。


 おいおい、逃がす気はないってことか。

 鑑定結果では3体で今の俺と五分か、それよりちょっと弱いくらいの魔物らしいが、魔族が本気を出して残りの3人を蹴散らすだけの時間は余裕で稼げそうな魔物だ。

 何より数が面倒臭い。


「……あー、これは仕方ないな。リトライ前提で動くか。冒険者さん、ミゼットお嬢様を連れて一度町まで帰還していただけませんか? あの魔物と魔族は俺が引きつけますので、5人で逃げてください」

「は? ミゼット? ……ミゼットって言えば、あの伯爵家の!」

「そのミゼット・ガルハート伯爵ご令嬢で間違いありません。彼女に何かあればその首が飛ぶと思っていいですよ」


 素性を聞かされて動揺する冒険者達だが、そんな事に構っている余裕はない。


「いいから早くしなさい! ケンジがこう言ってるんだから、この場はケンジに任せておけば楽勝なのよ! 私のケンジが負けるはずないもの!」

「だ、だが、子供を置いて行くなんてよぉ……」

「いいから行くの! 晒し首にするわよ! 私を信じなさい!」


 晒し首にするという発言が効いたのか、魔族と戦っていた冒険者を含め5人と幼女が逃げの体勢に入る。

 もちろんそれを許すはずがないだろうが、こちとら闇属性に超特効を持つ光弾スキルの所持者だ。

 魔族の力が格上だろうとも、相性の問題で時間稼ぎ程度なら楽勝である。


 俺は牽制としてありったけの光弾と挑発スキルを魔族と魔物に放ちながら、幼女を小脇に抱えながら逃げていく冒険者を見送った。


 ……さて、それではひと暴れさせてもらおうか。




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