不吉の兆し2
貴族の服から冒険者の装いへと着替え、すぐに旅支度を終えたミゼットは腰に子供用の剣を提げて屋敷を出立した。
やはり屋敷の構造を知り尽くしたこの幼女にとっては門兵の警戒など無に等しいらしく、なんでもないかのようにあっさりと別口から抜け出している。
伯爵もまさかここまでミゼットに行動力があるとは思っておらず、屋敷の出入り口は警戒はしてもミゼット本人を警戒するための人員を割いていないのが、今回の敗因だろう。
まあそもそも、今は伯爵家と冒険者ギルドで様々な協議が行われており、戦える人員の多くは森の調査や伯爵の警護、その他多くの者も己に与えられた仕事を全うすべく忙しく動いている。
たぶん嫡男でもない幼女一人のために人員を割くほど余裕がない、というのが現状だ。
そしてついに町すらも飛び出し、森へとやってきたミゼットはぐんぐんと奥へ進んでいく。
奥へ行くにつれて魔物も強くなるため、飛び出てくる魔物はミゼットには荷が重い。
既に一対一でも対応するのが困難になってきたため、基本的には俺が戦い倒していく。
森の奥へ進んでいるとはいえまだまだ浅いところなので、今のキャラクターレベルからすればこの程度の事は造作もない。
まさに無双である。
「はぁ……、はぁ……、はぁ……。ケ、ケンジ、ちょっと休憩!」
「お屋敷に帰りますか?」
「まだよ! まだ何の手がかりも掴めていないわ。ただちょっと、魔物が強いから休むの」
一応ミゼットの手に負えなさそうな全ての魔物は俺が処理していたが、ミゼット本人にとっては弱い魔物であっても相当キツかったようだ。
いくら職業剣士を取得し日々訓練を重ねているとはいえ、この幼女はまだ8歳だ。
レベルが低く職業によるパラメーター補正も小さいだろうし、まだまだ狩りを続けるには肉体の成長が足りないのだろう。
とはいえここは異世界であり、いくら幼くともレベルがそれを補う程に高ければ話は変わって来るんだけどな。
10歳に設定した子供の俺が、騎士に打ち勝ち大人の冒険者でも苦労する魔物をなぎ倒しているように、職業レベルを極めんとする者はだんだんと常識が通用しなくなってくる。
まだ3職業の合計値が27である俺ですらこれなのだ、いずれ様子を見に行こうと思っているこの世界の【勇者】やその他上位職がどれ程の化け物であるかは、もはや想像すらもできない。
「よし、休憩終わり。もっと奥に行くわよ! 今日中にスタンピードの原因を掴んでやるんだから」
「しかし、ここから奥にいけばさらに魔物は強くなりますよ?」
「大丈夫よ。だってどんな敵が相手でも、ケンジは負けないもの」
ミゼットからの厚い信頼が謎だ。
いったい俺のどこをどうとったら負けないという発想になるのだろうか。
こちとら冒険初日にワイバーンに食われた創造神様だぞ。
何度でも復活するこのキャラは無敵ではあっても、今のところはまだ最強ではない。
俺が負けなくたって、ミゼットを守り切れず戦闘不能になってしまったら意味がないのだ。
キャラクターの修復にだって多少時間がかかるからな。
「……くれぐれも、無茶はしないで下さいね」
「私が無茶をしたらケンジが絶対に守ってくれるから、それも大丈夫よ」
守れる保証はどこにもない。
そう言いたいのは山々だが、俺の力を信じ切っている彼女に真実を告げるのを躊躇ってしまう。
今のミゼットにいくら言い聞かせたところで、彼女は聞く耳を持たないだろう。
きっと笑い飛ばすはずだ。
そんな多少の不安が頭を過りつつも、まあいざとなったら戦士スキルの挑発を連発して魔物の注意を引き付けておけば、ミゼットが逃げるくらいの時間は稼げそうだと思い直した。
今の実力ならワイバーン相手に一撃でパクリと食われることもないだろうし、しょせん相手は知恵無き獣だ。
その気になれば、野生動物相手にやりようはいくらでもある。
その後はミゼットと共にぐんぐんと森の奥へ奥へと進んでいき、徐々に強くなっていく魔物を倒しに倒しまくり、良質な戦闘経験を得た事でレベルがまた一つ上昇したところで洞窟のような場所を見つけた。
「あれは何かしら?」
「さあ、洞窟ですかね」
「うーん……」
ミゼットは腕を組み唸る。
きっとこの洞窟が怪しいんじゃないかとか、そう言う事を考えているのだろう。
なぜそう思うのか。
それは今現在、俺も同じ事を考えているからだ。
創造神としての力なのか、はたまた本能なのかは怪しいところだが、あの洞窟からは瘴気に似たエネルギーを感じる。
ゴブリンを初めて見た時も感じたのだが、どうやらこの身体は魔神の影響によって起きた深刻なエラー、つまりはマナの不正利用への拒絶反応のような物がある。
俺が特に意識しなくとも、そこに瘴気があれば自然と違和感を覚えてしまうのだ。
たぶんこんな違和感を覚えるのは創造神である俺や、その加護を強く受けた龍神などの亜神や勇者クラスの人間だけだろうけど。
「あの洞窟、怪しいわ」
「いえいえ、怪しくないですよ」
「いいえ、どう考えても怪しいわ! 調査よ!」
これだけ濃い瘴気があるという事は、それすなわち洞窟に発生源となる何かがあるか、もしくは何かが居るという事である。
だからこそ危険を感知してミゼットを止めようとするのだが、瘴気を感じなくとも明らかに怪しい人工的な洞窟に好奇心を刺激された幼女は、そのまま駆け込んでいってしまった。
……まあこうなるだろうとは思っていたが、なってしまったものは仕方ない。
せめて俺が先行して探索し、なるべくミゼットに危険が生まれないよう守ってあげるとしよう。
洞窟へ駈け込もうとするミゼットを追い越し手で制した俺は、そのまま自分の背に彼女を隠しながら一本道を進んでいくのであった。
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