不吉の兆し1
最近魔物が多い。
森へミゼットと共にレベル上げへと出かけている時にも思ったのだが、ホーンラビットなどの弱い種だけでなく、数段上位の強さを持つ巨大な暴れイノシシや怪鳥、強さはそれほどでもないが瘴気の影響を受けた魔物であるゴブリン等が、森の浅い場所にまで現れるようになってきた。
こちらはレベル上げが捗って大変助かるのだが、日々の生活に命を賭けている冒険者やこの町の住民、そしてこの町そのものを管理する伯爵にとってはそうではない。
町と隣接する森に異常があるならば大問題だ。
彼らからすれば森で何か異変が起きているのでは、と思うのが自然だろう。
当然、冒険者ギルドに所属する斥候職冒険者の調査や、伯爵家が持つ騎士達による町の警備強化などは進められているが、状況は芳しくないらしい。
そうなれば徐々に周囲へと不安は広がっていき、ギルドや伯爵家は本腰を入れて調査に乗り出す事になった。
その結果分かったのが、どうやら近いうちに魔物の大暴走、つまりはスタンピードが起こるらしいという事だ。
また、森の深部にはワイバーン等の人間にとっては超脅威となる大型の個体がいるため、よほど優れた高位冒険者でないと近づく事すらできない。
よってなぜ今回スタンピードが起こるのかという、肝心の原因の方は分からないが、ただ森では深部から漏れ出してきた個体がチラホラと見かけられるため、どうやら奥の方で何か異変が起きて町の方角へと魔物が逃げ出してきている、という事までは分かった。
なので今回のスタンピードも、そういった事情から「もしかしたら起こるかも」という推測の域をでない。
だが推測できる以上、準備をして構えるのが責任者の務めだ。
現在森への侵入は一旦禁止令が出され、Cランク以上の中級冒険者からでないと踏み入れる事すら許可されない事態になっている。
「という訳だミゼット。私は冒険者ギルドへと作戦会議に出向くが、くれぐれも狩りには出掛けるな。町へ出かけるのも禁止だ。分かったな?」
「わかりましたお父様」
ガレリア・ガルハート伯爵はそう娘に言い聞かせ、忙しそうに出かけていく。
どうやら娘想いの父は、いつ魔物のスタンピードが起きても守れるよう、町で一番防御の堅いこの伯爵家にしばらく幽閉するつもりらしい。
俺が父親でもそうするだろう、賢明な判断だ。
しかし肝心の暴走幼女の方はこの程度で止まるだろうか。
俺はその事が気がかりで仕方がない。
チラリとミゼットの方を横目で確認すると、……なんとこの幼女は笑っていた。
「ねえケンジ」
「なんでしょうかミゼットお嬢様」
声を掛けられた。
嫌な予感しかしない。
「あなた、この前森でウォークライボアを狩ったわよね?」
「狩りましたね」
「その後も、森の深部から逃げ出してきたと話題の怪鳥、ホークレイも倒したわよね?」
「……倒しましたね」
質問に答えると、ミゼットはクスクスと嬉しそうに笑う。
ちなみにウォークライボアというのは通称暴れイノシシの事で、怪鳥ホークレイと同じく普段は森の深部にいる強力な野生動物、もとい魔物だ。
どちらも最近の狩りで出現し襲い掛かって来たため、俺が魔法とスキルを駆使してなんとか倒している。
普通にこれらの魔物をソロで倒そうとすれば、前衛にしろ後衛にしろ職業レベル20以上は必要なんじゃないだろうか。
俺の場合は職業を3つ重ね掛けしているため、現在のレベルである9でも既に3倍であるレベル27くらいのパラメータ―補正がある。
まあ3つ全てを近接職である戦士とか、後衛職である魔法使いにした訳ではないので、純粋なレベル27よりも能力値が平均的でどっちつかずな訳だが、それでも補正は相当なものだ。
故にソロでこれらの魔物を退治出来た訳だが、……それがいったいどうしたというのだろうか。
いや、むしろ何を企んでいるのか聞きたくない。
もう異世界に隠居して2か月近くになるが、だんだんとミゼットの性格が読めてきた。
これは絶対、ロクなことじゃない。
「私は思うのよ、力があるのに何もしないのは罪な事だってね。ケンジと私が力を合わせれば、スタンピードの問題だって解決できるかもしれないわ」
「いや、無理です」
ほらきたぁああああ!
そうやってすぐ俺を巻き込もうとする!
そもそも俺は斥候職じゃないから調査とか無理だよ。
というか安易に命かけすぎだろ、もっと命を大事にしてくれよ暴走幼女。
くっそー、教訓4に「慎重になるべし」とか追加しておくべきだった。
「無理じゃないわ。既にケンジは模擬戦で家の騎士に勝っているじゃない」
「あれはまだ若い騎士の方だったので、経験不足からたまたま私の姿に油断してしまったのでしょう。本気で戦えば、どちらが勝っていたかは分かりませんよ」
「いいえ、それは嘘ね。私にはあの騎士が本気で戦っているように見えたわ」
実はミゼットの言っている事は正しい。
戦ったのは伯爵家の騎士の中でも強い部類ではなかったが、かといって弱い部類でもなかった。
お互いに全力を尽くした結果、戦士の身体能力と光弾スキルや回復魔法を駆使する俺に彼は敗れてしまったのだ。
ミゼットは無駄に頭が良く目利きが出来る上に、相手の本質を見極める力が高いようなので誤魔化すのが実に困難である。
「それに私だって強くなったわ。お父様が用意してくれた鑑定の魔法具では剣士の職業も手に入れていたし、そのおかげで剣の扱いがとても上手になった。まだまだ成功率は低いけど、回復魔法だって成功することがあるわ」
「左様ですか」
既にミゼットの視線は俺へと完全にロックオンされており、口元に笑みを浮かべながら自信満々に語り出す。
どうやらもう俺を逃がす気は無いらしい。
「だから私はもう立派な冒険者なの。その冒険者の私とケンジがこのまま手をこまねいて見ているなんて、この世界を創造した神様、……えーっと、名もなき創造神様に顔向けできないわ! そう思わない?」
いえ、思いませんが。
その世界を創ったとかいう創造神は目の前に居ますよ。
ええ、私ですとも。
しかしそんな真実がこの局面において通用するはずもなく、幼女は意気揚々と旅支度を進めてしまった。
護衛は一応門を警戒して目を光らせているようだが、普段から屋敷の者の目を盗み勝手な行動をする暴走幼女の前では、いともたやすく膝を屈する事になるだろう。
主に警戒面という点において。
俺はそんな暴走幼女ミゼットを見つめながら、……まあ、今すぐにスタンピードが起こる訳でもないし、今日だけは気が済むまで冒険させ、帰ったらこってり伯爵に叱ってもらおうと思うのであった。
……ちなみに、主に叱られるのは8歳のミゼットではなく、その付き人である俺であるのは言うまでもない。
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