閑話 龍神


 世界樹が動き出してしばらく、斎藤がミゼットの教育に心血を注いでる頃、魔大陸を囲い監視する龍族の住処『龍山脈』に一匹の高位古代竜がやってきた。

 何やら少し慌てた様子で上位存在である龍神に進言しているようだ。


「ふむ、それでどうしたというのだね?」

「こ、この命に代えましてもお伝えしたい事が!」


 上位古代竜は目の前で佇む神の威圧感に耐えながらも言葉を紡ぐ。


 風の大精霊を通して行った神託の件で、世界樹である女神が動き出した事。

 そして亜神の一柱とも言える上位存在が動いた事で、自分達も対抗して動かなければ創造神である父に見限られてしまうかもしれない事などなど。


 龍の神である彼に対し進言するという事で、自らの命をいつでもなげうつ覚悟で話し切った。

 こと龍族に関しては、豊穣の女神と目される精霊達よりも上下関係はさらに厳しく、もし下位の竜が上位の竜に進言しようものなら力でねじ伏せられ、角の一本でも折られている事だろう。


 だというのに、自らが相対している存在は竜どころか龍、それも神である。

 上位古代竜という竜の中で最強の存在だからこそ分かる、圧倒的な力量差。

 大人と子供などと表現するには生ぬるい程だ。


 もはや一族のためであればいつ死んでも良いと思うくらいには、この龍神という存在に対し覚悟を決めて進言していた。


 しかし当の龍神は特に怒るでもなく、そして立場を理解させるために威圧するでもなくただ佇む。


 それどころか眷属である竜のあまりに短絡的な考えに溜息を吐き、やれやれと肩を竦めてみせたではないか。

 知己である世界樹に神託を届けてからというもの、あまりに周りが騒がしく慌てふためている事が嘆かわしいらしい。


 この者も自分には及ばないとはいえ、父の眷属である龍や竜にあるまじき失態だ。

 龍神は指を一本立て、己の下へとやってきた眷属に一つ一つ説明してみせる。


「まず君の間違いは二つある。一つ目として、私は世界樹がどう動こうと関知しない。我々は父によって創られた存在故に、瘴気を纏い魔神化した裏切り者でもなければ、前提として父の助けになるように出来ているのだ」


 そう語り、二本目の指を立てる。


「そして何より、我らがやるべき事は味方同士でいがみ合い、敵対視することではない。なぜなら本来、父に助けなど必要はなくそこに存在するだけでいいからだ。もちろん創造された以上、その期待に沿えるように行動すべきだとは思うが……。いがみ合う事がその期待に沿う事なのかね?」


 最後に、もしここまで言って分からないようであれば、本当に手遅れだ、と続けた。

 彼の本心としてもあまりに馬鹿な眷属に用はないため、命までは取らないものの反省させる意味も込めて、その心を圧し折る威圧を発揮するつもりでいた。


 ただし彼が威圧を行う場合、圧し折られるのは心どころでは済まないかもしれないが。


 ところがそれを聞いた高位古代竜は瞠目し、龍神の考えに、いや父である創造神の御心に打ち震えた。

 いったいどれほどの愛を以て自分達を創造したのか、理解したからだ。

 自分のあまりにも浅はかで醜い動機を理解した高位古代竜は頭を垂れ、その場から辞する。


 幸いな事に、この竜は神からの攻撃を加えられずに済んだらしい。


 すると龍神は一息吐き、呟く。


「だが恐らく、父はそんな私達の葛藤すらも見透かして創造なさっているのだと、そう思いますがね……」


 あの裏切り者である魔神ですら、父の前ではその行動を予見され『勇者』という対策を取られていた。

 もちろん自分如きに父の考えの全てが分かる訳ではないが、恐らく他にも無数に策を巡らしているのだろうと考える。


 その上で、自分には一体なにが出来るのか。

 答えは彼の中で一応は出ている。


 現状としては下された神託の意味を考え、自分に与えられた能力を活用し成長すること。

 いかに最強の亜神と目されようとも、しょせんは父の手のひらでうごめくトカゲに過ぎない。

 ならばいつの日かその傍らに立てるよう、父の行動と言葉一つ一つの意を汲み取る努力をし続け、決して足手まといにならぬようにするのが最善だ。


 言っては悪いが、女神のように直接的な行動を取る事は万が一、億が一の可能性で父の機嫌を損ねかねない。

 考えれば考える程、あまりにもリスキーな行動だった。


 最終目標としては、父にとって居心地の良い世界を、そして望んだ世界を手渡す事が目標となるが、……これはまだ魔神という障害が世界にある限り先の事になるだろう。


 するとふと、龍神は父の居るであろう方角を見据えた。


「おや。少し考えに耽っている間に、愚かな魔族が恥も外聞もなく父の下へ向かっていますね……」


 一瞬、自分で跡形もなく消し飛ばし、始末をしようかという思考が頭を過る。

 だがそれこそが父の目的、もしくは遊びなのかもしれないという考えも捨てきれない。


「おっと、これは私としたことが。あの程度の魔族をわざわざ用意した父の意図も考えず、思わず短絡的になるところでした。これは失態ですね……。しかしそうですか、ならばこれは事前に計画していた遊びという事ですか……」


 大前提として、父はいま人間の少女に教育を施すという遊びを行っているようだ。

 ならば、その教育の糧になるように魔族という生け贄を用意し、子供に玩具を与える大人のように問題を用意してみせるのも、また計画の内なのだろうと彼はそう考える。


 やはり、一手一手にどこまで深い考えを持ち、先読みを行い動いているのか計り知れない。

 遊びとはいえ、きっとあの少女の教育も、いずれどこかに繋がる伏線なのだろう。


 そこまで一瞬のうちに計算をし尽くした龍神は、自分の予想を遥かに超える崇高さに感動し目を瞑る。

 もしこの想定を当の斎藤健二が知ったら、「そんな訳あるか」と思うだろうが、その事に本人が気づくのはまだ当分先である。




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