ミゼットの冒険5


 ミゼットに教訓を与えてから早1ヶ月、最近では無茶ぶりや無鉄砲な行動で他者を振り回す事が少なくなってきた。

 人前では美しくあろうとお行儀よくはするし、勉強にも精を出す。


 さらにこの町で伯爵家が支援する孤児院の子供達が貧困に見舞われていると知れば、なんとかならないのかと幼女なりに知恵を絞って視察に向かう。

 彼女は教えられた教訓の「優しさ」を大切にして、精神的に大きく成長しているようだった。


 まあこれはどれもこれも、俺以外の人間には、という点に限定されるが。

 なぜそんな事が分かるのか。

 それは当然、この元暴走幼女のミゼットの成長の裏には、常に俺へと課せられた過酷な重労働が存在しているからだ。


「ケンジ、明日はまた孤児院の子供達のために差し入れをしにいくから、食料の買い出しその他もろもろは任せたわ」

「お嬢様、差し入れを持っていくのは大変素晴らしい事かと存じますが、それはご自分でやられた方が子供達も喜ぶのでは」

「何言ってるのよ、食料なんて誰が用意しても同じだわ。お腹が減っている時には食べられればそれでいいの。大事なのは私の立場や力を最大限に有効活用し、弱き者の助けとなる事よ。これは教訓その2だわ。それに私は私でやることがあるから」


 そういって俺の部屋でいつもの作戦会議、もといおっさんというミゼット専用の使える駒の使役を行い、早く準備しろと背中を幼女パワーで殴りつけながら急かす。

 そんな俺の姿はまるで馬車馬のように働く社畜そのものである。


 ……と、つまりこういう事だ。

 表では町の人達から聖女様のようにお優しいだの、ミゼット様は既にEランク冒険者でもあるらしいぞだの、高評価好印象が雨あられのように降り注ぐミゼットワールドが展開されているが、その裏に俺の尊い犠牲があることを忘れてはいけない。


 とはいえ、教訓を得た事で無茶ぶりの影響が俺へと集約されたのは一つの成果だ。

 なぜならミゼットは根本的に悪ではなく、馬鹿でもなければ愚かでもない。

 自分の行動がどういう事であるのか、その善悪をちゃんと理解しているし、俺を働かせるのも幼女にとって頼れる存在が俺しかいないからである。


 もしここで俺が「いや、やりたくありません」と明確に意思表示すれば彼女はちゃんと引き下がるだろう。

 だがその代わりとして、ミゼットの助けたかった子供達への差し入れはできなくなるし、稽古や勉強、そして最近新たに加わったマナーの授業や魔法の訓練などに時間を割かれる幼女を助ける者は、誰も居ない。

 使用人に「差し入れをしにいけ」と言おうにも、ミゼット本人に付き従っている使用人は俺だけであり、他の護衛やその他もろもろは伯爵の管轄だ。


 ミゼットの狩りに彼らが同行するのも、伯爵の娘である幼女の安全を守るためというだけであり、ミゼットが指示して動かしている訳ではない。

 伯爵がそうしろと言っているだけだ。

 よってミゼットの本当の仲間として自由に相談できるのは、彼女にとっては俺だけという訳なのである。


 そのために俺の背中を殴りつけるのはまぁ……、愛情表現みたいなものだろう。

 自分程度の攻撃くらいでは俺がビクともしない、というのを分かっているからこそだと考えられる。


 というのも、既に1ヶ月の狩りでキャラクターのレベルは7にまで上がり、塵も積もれば山となるといった形で徐々に強くなっているからだ。

 暇な時にはクレイやミゼットたちに混ざり、たまに剣の訓練をしているのも、職業戦士のレベル上げには一役買っているかもしれない。


 そしてそんな環境だからこそ、当然ミゼットは自分と俺との実力を比較するし、試合を挑んでは負け、挑んでは負けと繰り返すうちに、こと武力において自分を完全に上回ると彼女は理解してしまった。


 もちろん幼女に花を持たせるために負けてやれば話は違ったのかもしれないが、おっさんの器の小ささを舐めてはいけない。

 いくら幼女になつかれ気に入られようとも、このおっさんに社畜を思い出す重労働を課した事への罪は重い、重すぎる。

 俺は合法的にミゼットを叩き伏せられる稽古の場で、直接的な怪我は避けつつも常に完勝を維持していた。

 いつか急成長していくミゼットに追いつかれて一本取られる日まで、この完全勝利をやめるつもりはない。


「ではそのように。差し入れの時にはお嬢様も同行してくださいね、私だけでは孤児院の子供達ががっかりしますから」

「分かってるわ。それと差し入れに必要なお金は私の貯金箱から使ってちょうだい。頼んだわよ!」

「承知致しました」


 それともう一つ、ミゼットには良い点がある。

 彼女は俺という仲間をいくらでも酷使して使い潰してくるが、同様に自分にも同じだけの労力を課す事を前提としているのだ。

 なんとも健気で、優しい性格の持ち主だ。


 そもそも、伯爵家では買いたい物に対してお小遣いが支給される。

 だが彼女はそれを良しとせず、自分の行動の責任は自分が取ると言わんばかりに、俺と冒険に出て稼いだ依頼達成報酬から少しづつ貯金を重ね、その資金を元に運用し行動している。


 だからこそ俺はこっそりと次元収納から銀貨を取り出し、こう言うのだ。


「ああ、お嬢様。そういえば昨日の屋台で格安のホーンラビット焼きを見つけてきました。いつもミゼットお嬢様にお世話になっているとかで、今回はタダで譲ってくれるそうですよ」

「え! そうなの!? ふふん、やっぱりケンジは優秀だわ! この私が知らなかったのに、よく情報を手に入れて来たわね!」


 ミゼットは喜色満面の笑みなり、これで資金が浮いたと喜んだ。

 ……器の小さいおっさんにも、幼女に小遣いを恵んでやるくらいには恰好をつける余裕があったという訳である。


 もちろん、その後は普通の屋台でホーンラビット焼きを購入した。

 嘘も方便、というやつだ。


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