ミゼットの冒険4


 元気のありあまる暴走幼女が初めての魔物討伐を終えて以降、ミゼットは自分の力でも魔物を倒せるという実感と、誰の手も借りずに魔物を倒せたという成果を祖父のギルド長や両親、そして兄に褒め称えられますます機嫌を良くした。

 自分が魔物を倒せば家族が喜び自分が愛されると、一連の狩り行動をそう紐づけ味をしめたミゼットはその後も毎日のように俺を供に森へと誘い、冒険者顔負けの勢いで狩りを続けていく。


 実際にもうミゼットは低ランクの冒険者顔負けだ。

 回復魔法の使い手という希少性を考慮されて渡された冒険者ギルドのギルド証、つまりは俺の持つCランクのギルド証に対抗して、つい最近Fランクとして冒険者ギルドに登録したミゼットはいち早くおっさんに追いつこうと、必死でFランクの魔物納品依頼をこなしている。


 そのために当然日々の訓練は欠かしていないようで、その成果もあってか回復魔法は実を結び始めているし、足の捻挫くらいなら今のミゼットでも時間をかけて回復させることができるくらいだ。

 たかが捻挫かよと思うかもしれないが、要はコツは既に掴んだのであとはその規模を大きくすればいいだけ。


 たかが捻挫、されど捻挫という事である。

 大事なのは微弱ながらも回復魔法が発動したという事実の方だ。


 また訓練の主な内容として、近接戦闘の得意な伯爵家の私兵からは剣を教わり、自主練習で魔法を習得、そして勉強は俺に教わり最後に成果のまとめとしてギルドの依頼をこなす。

 どんな英才教育だよと言わんばかりの布陣だ。

 いったい伯爵家はどこまでミゼットの成長ぶりを知っているのだろうか。

 戦いの場にはいないミゼットの家族や、頻繁に変わるミゼットの護衛に今の暴走幼女の実力を正確に把握できているとは思えない。


 普段から常に一緒にいる俺から言わせてもらうと、もうこの幼女の夢である聖騎士が遠い夢の出来事じゃなくなってきているという、そんな予感がしてきてならないのだ。

 既に初めての討伐を終えてから一週間経つが、ミゼットの成長は止まる所を知らず、というかブレーキが壊れた暴走車両のような勢いで強くなっていくばかり。

 いやまあ、この国のエリート職業である聖騎士になることそのものは良いんだけどね。


 問題はその後だ。


 まだ現段階では職業の重ね掛けと、初期レベルに大きな開きがある俺の方にアドバンテージがあるが、いずれその差もミゼットの才能と成長速度の前では小さなものになっていくだろう。

 こちらには創造神としての力があるために、実際に負けることはないだろうが、それでもキャラの実力が拮抗していけば、抑えのなくなったミゼットが今よりも暴走する事は想像に難くない。


 もしそうなった時に、その時になって俺にミゼットを止める力があるか、本当に、いやもう本当に不安なため、ついに俺は現代に戻り一つ策を講じることにした。

 その策こそがこれ、……少女マンガである。


 なぜ少女マンガなのか。

 答えは簡単だ。

 少女マンガには華があり、乙女としての成功があり、悪をくじき弱きを助ける王道の正義がある。

 少女マンガだけに言えることではないが、ようするに日本のこれは情操教育の塊なのだ。


 俺はいずれ手に負えなくなるかもしれないミゼットに対して、来たる日の為に情操教育というルールを課すことにしたという訳である。

 まるで攻撃力の高すぎる抜き身の刀身に鞘を設けるかのごとく、慎重に作戦決行の時を待った。

 すると俺の部屋にバタバタと小さな足音が近づいてきて、ノックもせずに扉が勢いよく開かれる。

 ガルハート伯爵家で無敵の暴走幼女、ミゼットお嬢様の登場だ。


「私が来たわよケンジ! さっそく冒険の準備をしなさい!」

「おはようございますお嬢様、今日も元気が宜しくて何よりです」

「当然よ。……あら、それは何かしら?」


 俺の部屋に問答無用で押し入って来たミゼットは、ベッドの上で寝転がり悠々自適にマンガを読む俺に目を向けた。

 早くもマンガに興味をそそられたようだ。

 好奇心旺盛なこのミゼットなら、未知のアイテムには必ず何かアクションを起こすと思ったが、予想以上に食い付くのが早いな。


「これは少女マンガというものです」

「しょうじょまんが? なにそれ、面白いの?」


 表紙に描かれた綺麗な女の子と美男子の絵、そしてツヤツヤと光沢を放つマンガのカバーが幼女の好奇心を刺激する。

 ふふふ、作戦通り。

 書店で絵柄をメインに厳選に厳選を重ねて買ってきた甲斐があった。


「ええ、とても面白いですよ。これは私の故郷の聖書のような物です。……強く賢い聖騎士になるためには必須のアイテムといっていいでしょう」

「へぇ~なんだか楽しそうね。それに聖騎士になるためのアイテムだっていうなら、今の私にピッタリだわ。ケンジの故郷の事も知りたいし、見せて」

「ぐはぁっ!」


 思い付きででっちあげた聖騎士になるためのアイテムという嘘が効いたのか、ベッドで横になる俺を蹴飛ばしマンガを強奪された。

 うむ、やはり教育が必要だな。


 このままでは強い力をところかまわず振りかざす災厄の聖騎士になりかねないぞ。

 病気の兄を助けようとしたり、両親を喜ばせようとしたり、俺の故郷の事を知ろうとしたりと、心根そのものは善良であるが故にこのまま放っておくには惜しい。

 情操教育をかけるなら今である。


「うーん、文字が読めないわ……。むむむ……」


 絵柄はミゼットの好みにあったようだが、肝心の文字が読めないようで四苦八苦している。

 まあそりゃそうだ、使われている文字は日本語だからな。

 なぜかアプリの不思議パワーでこの世界の文字と言葉を使いこなせる俺ではあるが、その反対はないだろう。

 この惑星の人にとって、日本という存在はそれこそ異世界だろうし。


「貸してくださいお嬢様。それは私の故郷に伝わる古代文字なので、この国には伝わっていない可能性が高いです。私がお嬢様のためにお読みして差し上げますので、どうぞこちらへ」

「あら、気がきくわね」


 ベットの前であぐらをかくと、俺の足を座布団のようにしてミゼットが座り込む。

 それをだっこするかのように幼女を抱え込んだ俺は、両手でマンガを開きパラパラと朗読していく。


 そしてまず最初に、一巻である『幸薄な男爵家少女編』が読み終わる頃にはミゼットの興味をがっしり掴んだようで、さっそく次の話はないのかと急かされる。

 当然すぐさま二巻へと移り、『意地悪な悪役令嬢編』へと移行。

 さらに三巻の『逆ハーレム編』が中盤まで差し掛かったところで、屋敷のメイドから昼食の案内が届いた。


 ミゼットがあまりにも熱中していたため俺も必死になって読んでいたが、どうやらいつのまにか時間を忘れ没頭していたらしい。


「お昼ごはんなんて後でいいわ! 早く続きを読みなさいケンジ。私は早くあの意地悪な公爵家の女を倒すところが見たいのよ!」

「ふむ。ですがお嬢様、昼食はしっかり取らないと強くなれませんよ。……それに気づきましたか、この聖書にはある教訓が隠されているという事実を」

「きょうくん?」


 人差し指を一本立て、少し間を開けてから語り出す。


「教訓その1、乙女たるもの強く賢く美しく、決して誇りを捨てない事」

「ああ! それって男爵家の女の子が初めて王子様にあった時に言われた言葉ね!」

「左様です。ですからまずはお嬢様は強さだけでなく、お勉強によって賢さを磨き、常に振る舞いを気にして美しくあらねばなりません」


 教訓その1に反応し、目を輝かせる幼女をここぞとばかりに洗脳するおっさん。

 すまんな物語の王子よ、おっさんにそのイケメンパワーを貸してくれ。


「教訓その2、騎士は強きをくじき、弱きを助ける存在である事」

「それも知ってるわ! あの意地悪な令嬢から少女を守る侯爵家の御曹司の言葉よね!」

「左様でございます。……そして最後に教訓3、自らの持つ権力や力に溺れぬ事。これら3つ全てが聖騎士を目指す上で不可欠な、ええ、とても不可欠な教訓なのです」

「ふふん、当然よ。私はあの意地悪な女のように、権力を振りかざし人を攻撃したりしないわ」


 全ての教訓を聞き終え、俺の腕の中で胸を張るミゼットを見てニヤリと笑う。

 まず教訓2だが、強きをくじき弱気を助けるということはそれすなわち、聖騎士の姿を体現した「優しさ」への理解。

 そして最後の教訓3では、無暗に権力を振りかざす事への愚かさや危険性を示唆している。


 まだ幼いミゼットにその事が分かるかは不明だが、大まかな内容についてはマンガで理解しているはずだ。

 その証拠に権力を悪用する悪役令嬢にだいぶご立腹の様子だし、これで一先ずは情操教育、もといおっさんの洗脳を終えたとみて良いだろう。

 あとはこの熱が冷めないように、日をあけつつも少女マンガ全5巻をミゼットの前で朗読すればいいだけである。


 ふっ、他愛もない。

 いくらこの幼女が賢くともしょせんは子供。

 これで俺への暴力も、そして無茶ぶりも鳴りを潜めることだろう。


 ……潜めるよね?

 潜んで欲しいなぁ。

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