ミゼットの冒険2


 暴走幼女が自らの更なる躍進を求めて、冒険者ギルドにやって来た。

 幼女と少年が護衛を引き連れてギルドに入室したことで、周りからはかなり奇異の視線を向けられている。

 ある者は冒険者に依頼をしに来たのかと訝しみ、またある者は貴族の護衛の強さを感じ取り興味を持つ。


 しかしそのどれもが常識的な反応で、暴走幼女ミゼット自身が共に戦う仲間をスカウトしに来たなどとは夢にも思っていないだろう。

 かくいう目の前の冒険者もその事実に困惑しているようだ。


「ねぇ、あなた強そうね! その鋼鉄の装備と筋肉に覆われ鍛え抜かれた巨躯、私の仲間になるに相応しいわ! 一緒に魔物討伐にいかない?」

「あぁ? 何だおま……、え、幼女?」


 うん、当然そうなるよな。

 相手は恐らく、今までそこそこの活躍をしてきた冒険者なのだろう。

 その動きの所作や手入れの行き届いた装備で、歴戦の戦士であることが容易に窺える。

 そんな男に新人が身の程を弁えずチームの募集をかけたとなれば、一言説教でもして冒険者の流儀っていうやつを教えてやろうと思うのだろうが、残念ながら振り返った場所で仁王立ちしていたのは幼女だ。


 冒険者の男からしてみれば、何が何だか訳が分からないだろう。

 子供のイタズラにしては自信満々だし、なぜか後ろでは目つきの悪い伯爵家の使用人兼私兵の護衛が威圧している。

 状況は理解できないが、男からすれば貴族の私兵に喧嘩を売るなんて事になれば踏んだり蹴ったりだ。


 結局彼は仁王立ちする謎の幼女からは視線を逸らし、まるで今のやり取りは最初から無かったかのように無言で立ち去り、自分に余計な火の粉が飛び火しないうちに退散していった。

 ……ちなみにこれ、今日冒険者ギルドに来てから3度目の募集の出来事である。


「もう、なんなのよ! 皆だれもかれもが私を無視するわ。やっぱりもっと強そうな護衛じゃないと、舐められてしまうのかしら?」

「そういう問題じゃないと思いますけどね」

「そうかしら?」


 そうだよ。

 むしろこの護衛より強い人間を連れて来たら、もうメンバーを募集する必要がないよ。

 というか森の浅いところでホーンラビットを狩るだけなら、この護衛は過剰戦力だよ。


 そんな事をつらつらと思い浮かべるが、たぶんミゼットには理解できないだろう。

 ミゼット自身の才能には光る物があるが、いくらこの幼女でもレベル3の俺より弱いうちから鑑定も無しに護衛の力を推し量る事はできまい。

 たぶん今連れている護衛なんて、見た目が屈強な冒険者達に比べたら取るに足らない戦力だと思っているはずだ。

 子供故の短慮というやつである。


 だがこれで冒険者が忙しい身である事は分かっただろうし、いくらミゼットでも仲間も無しに狩りを行うなんて愚行はしないと思う。

 予定が狂ってしまったし今日のところは諦めて屋敷に帰るだろうと、目の前で思案気な顔をして唸る幼女を見てそんな事を思ったのだが、……どうやら俺の考えはまだまだ甘かったらしい。


「今度からもっと強い護衛を連れてくるとして、今日のところは仲間が集まらなくても仕方ないわ。……それじゃ、二人で魔物を退治しにいくわよ! ついてきなさいケンジ!」


 えぇ!?

 そこは普通、戦力不足を感じて引き返すところだろう!?

 なんで戦力不足を理解しながら当初の計画通りに、まるで何事もなかったかのように狩りへ出かけるんだ?


 ミゼットの思考は臆病なおっさんにとって理解し難く奇天烈怪奇だが、しかし問答無用で走り去っていく幼女をこのまま見送る訳にもいかないので、仕方なく後を追従する。

 別に俺はいくら戦闘不能になってもリトライできるから狩りに抵抗はないが、この世界の人間であるミゼットの命は一つしかない。

 よくあんな無茶ができるなぁ。


 まあいざとなったら護衛がなんとかしてくれると思うし、ミゼットの命さえ守ってくれれば俺の事は放置でいいので、レベル上げをしに行く事は賛成なんだけどね。

 ただその思考に至るまでの過程に理解が追い付いていないというだけであって。


 そして全力で町の外へ向かう幼女は、門を守護する兵士の制止を振り切り森へと向かう。

 途中で護衛が一人兵士に事情を説明し銀貨を握らせている所を見たので、たぶん帰り際に何かあったらすぐに対応してくれという合図だろう。

 ミゼット一人の為に色んな人が巻き込まれて行くな。

 まあ、この暴走幼女らしいといえばらしいけど。


「ケンジ、きっとあれが敵よ」

「ふむふむ」


 森へと辿り着くとミゼットはさっそくホーンラビットを発見し、子供用の短剣を抜き構える。

 この森は確か、俺がはじめて【ストーリーモード】を始めた時にワイバーンに襲われた森だな。

 あの時のように深い場所での探索ではないのでワイバーンは出ないだろうけど、一度自分の頭を喰われた場所だと思うと感慨深いものがある。

 なんかこう、俺は戻って来た、みたいな感じがして。


 ちなみに先ほどからミゼットが言っている魔物というのは、ホーンラビットのような人間を襲う全ての動物に当てはまるらしい。

 この惑星の人間には魔物と魔族の区別がついていないらしく、創造神のマナを狙って瘴気を生み出すのが魔神や魔王といった存在であるという事実は認識されていないようだ。

 もしかしたら一部の人間、例えば魔王と戦った勇者や、龍神などの高位生命体から事情を聴いた人間なんかは知っているかもしれないが、ごくごく少数だろう。


 一般人にとっては強い人型の魔物が魔族で、弱いのが魔物という程度でしかない。

 ちなみに人間種が魔族に対しての知識が乏しいという情報は、クレイ少年が勉強していた王国の歴史から学んだ。

 だいぶ話が脱線したが、ようするにただの動物であるホーンラビットもミゼットにとっては歴とした敵であり、彼女にとっては命を賭けた闘いなのである。


 ミゼットとホーンラビットは睨み合う。


「…………ッ!」

「……! ……!」


 お互いに実力が拮抗しているのか、睨み合ったまま動けずにいる。

 それでも無理やり攻勢に出ようとしてピクリと動けば、ウサギもピクリと動く。

 まさに一進一退の攻防だ。


 しかしレベル上げをしに来た俺からすればただ見ていても暇なので、緊張感漂わせるウサギ戦は護衛の人達に任せて、こちらはこちらで勝手に狩りをすることにした。

 何もミゼットから獲物を横取りしなくても、俺の敵は目の前にいるウサギだけではない。

 例えばこう、後ろからミゼットを狙う別の野生動物とかが主な狩場なのだ。


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