ミゼットの冒険1
ギルド長の案で連れてこられた伯爵家で、クレイ・ガルハートを治療してから数日が経つ。
俺は伯爵家の嫡男であるクレイを治療した功績により、その翌日からガルハート伯爵家にお世話になる事になった。
それも表向きにはクレイやミゼットたちと同様、伯爵家の一員として。
主な筋書きとしては元伯爵であるウィルソン・ガルハートが貴族として素養のある子供を養子にと引き取り、クレイのように家督を継ぐための継承権こそ無いにしろ、将来的にはそのクレイの右腕となれるよう騎士爵を与え鍛えるという事になっている。
騎士爵というのは世襲性の無い一番下位の貴族位の事だ。
ここ数日で色々と詳しい話を伯爵やギルド長から聞いたが、どうやらこの国では上位貴族である伯爵家には貴族位を与える権限があるらしい。
これがもう一つ上の位である侯爵とかになると、子爵や男爵といったワンランク上の貴族位まで認める事ができるらしく、権限も広がるようだ。
ちなみに先ほど表向きにはと言ったが、そういったからには勿論裏向きの話もある。
「ほらケンジ、今日はお兄様を連れて冒険者ギルドに行くわよ。そこで強そうな冒険者を仲間にして、魔物を狩るの! そうやってお父様やお爺様をビックリさせてあげるんだから!」
「ダメですよお嬢様、まだお勉強が終わっていません。それと町へは使用人を連れて行かないと危険があるので、勝手に出歩かないようにと奥様から仰せつかっています」
「使用人はあなたじゃない、何の問題があるの?」
そう、使用人である。
あくまでも養子として引き取られたという表向きの話は、神官でもないのに回復魔法が使える俺の存在を教会から守るために、ギルド長であるウィルソンがでっちあげた嘘だ。
いや、実際に俺の名前をケンジ・ガルハートとして国に登録し、名乗る事が出来るようにしたようなので完全な嘘ではないが、実際はこうしてミゼットのお守りをする付き人らしい。
ただ当然身分は保証されるし、そればかりか使用人としての給料の代わりに、買いたい物があれば伯爵や伯爵夫人がお小遣いをくれたりするので、居心地はそんなに悪くはない。
仕事内容はともかく、俺に対しても愛情はそれなりに注がれているらしい事が分かった。
またお小遣いの他にも俺個人の資産として、高位冒険者であるガイの治療をした正規の報酬が王国の金貨で10枚分支払われている。
正式なレートが分かる訳ではないが、だいたい地球の物価で言うと銀貨1枚で千円から二千円、金貨1枚で10万円くらいだ。
ガイの治療で受け取ったのが金貨10枚なので、俺は一度の回復魔法で100万円近くを得た事になる。
物凄いボロい商売だ。
教会が自分達の利益を守るために神官を囲い込むのにも納得した。
まあ、そんな訳で俺はこのガルハート伯爵家のお世話になり、日々ミゼットの無茶ぶりに振り回されながら、あの手この手で軌道修正をかけている所である。
とはいえ今日のミゼットは何故か冒険者ギルドに拘っているらしく、中々引き下がってくれない。
困ったぞ。
「ふふふ、さすがのケンジもこうなったミゼットにはお手上げのようね? あなたが我が家に来てからというもの、娘もケンジに嫌われたくないから勉強を真面目にこなしてたけど、そろそろ元気が抑えきれなくなったようだわ」
「そうだね。確かに妹がこんなに長く大人しくしていたなんて、昔のミゼットからしたら考えられない事だよ」
そう言って伯爵夫人とクレイは談笑する。
というか、これですら今まで大人しかった部類なのか!?
馬鹿な、この幼女の行動力は化け物か!
ちなみにミゼットの勉強内容は国語と算数だ。
クレイはその他にも伯爵家嫡男としての教養のため、地理や歴史、そして魔法なんかを習っているようだけど、まだ8歳くらいのミゼットは時期尚早ということでここら辺は先送りになっている。
というより、いままでのミゼットに勉強へのやる気がなく、知識面での教養を全く鍛えてこなかったので後れを取り戻しているといった方が正しい。
だが悲しきかな、ミゼットは勉強へのやる気は皆無だが頭の出来はかなり良いらしく、ここ数日で一気に後れを取り戻してしまった。
今回もその事に気を良くした両親が彼女に甘くなり、たまには遊ばせてもいいかと思い提案した事が発端になっている。
両親からのゴーサインを得た彼女は、冒険がしたくてたまらないらしい。
「そうよ。ここしばらくずっとお勉強ばかりだったから、久しぶりに遊びたいの。ケンジの教え方はとても分かりやすいけど、いつまでも修行をサボっていたら立派な騎士にはなれないわ! 私は将来、この国で最強の聖騎士を目指すんだから、こうして勉強ばかりしている暇はないの」
というのが将来への妄想を膨らませる幼女の弁である。
聖騎士というのは戦士系の近接戦闘技能と神官系の回復魔法を会得した複合職であり、この国ではエリート中のエリートとも言える超優待職らしい。
ちなみにキャラメイクで【聖騎士】を作るためには、職業戦士でなくとも剣士でも闘士でも何でもいいから近接戦闘職をマスターし、同様に神官系の回復職をマスターすれば選択可能と出ていた。
珍しく複合職にしては選択するための条件が緩かったので、俺も一応それを視野に入れて今の職を選んでいたのでたまたま条件を覚えている感じだ。
しかし職業が一つしか選べないこの惑星の人が実際に聖騎士になるためには、恐らく神官かもしくは戦士の職業を取得し、もう片方の職業を職業補正無しの自力で鍛えなければいけないため、本来はもの凄くハードルが高いのだろう。
そんなエリート職につこうとするミゼットの心意気は買うが、だからといってそれが実現可能かと言われると、また別問題である。
「お嬢様、聖騎士になろうにも回復魔法はそう簡単に覚える機会がないですよ? 多くの神官や、それに準じた技能を持つ職の人は教会に囲われていたり、または別の理由でコンタクトが取れなかったりしますし」
そう、ネックになるのはここだ。
治癒の筆頭と目される回復魔法を覚える職業は教会から中々出てこないし、野良の神官を捕まえるのもそれはそれで大変。
それと回復魔法とは別の回復手段を持つ希少職や複合職なんかも、また教えを乞うためにコネを作るのが難しいだろう。
聖騎士が選ばれた者にしかなれない理由の一端が、ここにある。
しかしミゼットはそれを聞いても何ら動じた様子は見せず、言い返した。
「大丈夫よ、回復魔法ならケンジが教えてくれるわ」
「えっ」
「ケンジが魔法を教えてくれる以上、あと私に足りないのは強さだけなの! だから今日からは鍛えて鍛えて鍛えまくるわ。それじゃ、冒険者ギルドに行くわよ!」
そう言ってミゼットは駆け出し、護衛として数人の使用人が彼女に付き従って行った。
あれ?
いや、そういうこと?
もしかしてこの元気な幼女の人生計画では、俺という存在は道連れにする事が確定しているの?
えぇ~……。
「まあ、俺もそろそろレベル上げをしようとしてたし、好都合か」
走り去るミゼットを追いながら、俺は呟く。
ここ数日でだいぶ身分は安定したので、実はどこかでレベル上げの機会を伺っていたのも事実だ。
幸いミゼットについていった伯爵家の護衛は質がよく、鑑定で見ても「逃げろ!」とか「命が惜しくないのか?」とかいうヤバイ文章が出てくるので、そこら辺のモンスターを相手に後れを取ることはないだろう。
これなら俺も、安心してレベル上げができるというものだ。
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