治療2
俺はクレイ少年を驚かさないよう、そっと体を揺すり目を覚まさせる。
すると、当然体調の優れない彼は元気よく飛び起きるという訳にはいかなかったが、徐々に意識を覚醒させていった。
「お兄様、ご病気を治しに来てさしあげたわよ!」
「……ん、うう。……ミゼット? ミゼットがなぜここに? それと、君は?」
幼女が元気よく兄に語りかけると、クレイは寝室にいるミゼットお嬢さんと俺を交互に見て困惑の表情を浮かべた。
夕方に回復魔法をかけ一時的な処置を施した時には、クレイの容体が悪く寝ていたため、俺の事を覚えていないようだ。
致し方なし。
「どうもクレイ様、私はあなたの祖父であるウィルソン・ガルハート元伯爵に相談され、あなたの治療を施しに来た神官です。本当は明日の昼にでも治療しようと思っていたのですが、その……、ミゼットお嬢様にせかされてしまいまして……」
「なによ! 私のせいだっていうの?」
いきなり治療しますと言っても納得はしてくれないと思ったので、とりあえずミゼットを盾にして無理やり連れてこられた事情を語る。
たぶんこの幼女はいつもおてんばで、誰にも見つからずに寝室まで辿り着く道順を把握している辺り、どうせこうやって、たまに兄の様子を勝手に見に来ているのだろうと考えての発言だ。
もちろんそう頻繁に来ることはないんだろうけど、この幼女なら来たいと思えば実際にやりかねない。
「ああ、そういう事ですか……。また妹が皆さんに迷惑をかけているのですね」
「違うわお兄様、私は迷惑なんてかけてない。これは必要なことなのよ」
「はいはい、今日もミゼットはミゼットらしくて結構だよ」
クレイは諦めたように笑うが、どこか安心したように妹の頭を撫でる。
やはり予想は当たっていたらしく、こうやって強引な手段を取るのも今回が初めてではなかったようだ。
妹を引き合いに出した途端、クレイは俺の説明に納得した。
「まあ、という訳なので、ひとまずお嬢様を納得させるために簡単な治療をさせてもらいますね」
「宜しくお願いします。でも君は僕と同い年くらいに見えるのに、もう回復魔法を使えるんだね。すごいや。さすがはお爺様の連れて来た神官様だ」
どうやら彼は俺が回復魔法を使うのだと思っているようだが、それは違う。
そもそも回復魔法ではウィルス性の病気に対して有効打にならないことは確認済みだしな。
この時代の人達からしてみれば、そういう知識がないために回復魔法をかけて体力を維持し、自然に病気が治るのを待つしかないのだろうが、俺には地球で買ってきた風邪薬がある。
どの程度異世界の人間に効き目があるかは分からないが、まあ症状を見る限りどうみても風邪なので薬飲んで寝てればすぐに治るだろう。
ついでなので、食欲が無くあまり食べていない弱った体に対し、おにぎりを食べさせる。
「これをどうぞ」
「……これは?」
「私の持つ携帯食料と、秘伝の薬です。神官である私が診たところ、クレイ様のご病気には回復魔法があまり有効的ではないようなのです。なので今回は別の方向から治療することにしました」
「ああ、錬金術師たちが持つ回復薬みたいなものですか」
「その通りです」
全然違うが、詳しい内容を説明してもこの世界の人には分からないと思うので、とりあえずクレイが風邪薬をポーションか何かの親戚だと思っている勘違いを利用する。
俺は訳知り顔で頷くと、彼にビニールを剝いたおにぎりと天然水、そして風邪薬を手渡した。
「わぁ、美味しい! こ、こんな料理は初めて食べたよ!」
「それは良かった」
「え? そんなに美味しいの? ねぇ、ねぇ」
どうやらコンビニで買ったツナマヨ(税込み120円)は異世界人の口に合ったらしく、喜色満面になりながらクレイはおにぎりを食べていく。
そういえば俺はまだこちらに来てこの屋敷の食事を一度しか経験していないが、確かに食事の質はおにぎりに軍配が上がるように思う。
ただそこまで驚く程かというとそうでもないのだが、はて?
まあ、なにはともあれ美味しいなら良かった。
ちなみに兄の様子を見てミゼットが俺に熱い視線を送るが、無視。
美味しそうに食べる兄の様子を、指をくわえて見ているがいい。
これは俺に無茶苦茶な要求を突き付けた、幼女への復讐である。
……我ながらなんとも器が小さいことこの上ないな。
「なんだが体がポカポカしてきたよ」
「それは良かった。それでは、こちらの薬を水と一緒に流し込んでください」
「うん」
「ねぇ、わたしのは?」
だんだんと視線がキツくなり、次第に足を踏みつけてくるミゼットをスルーし、俺はクレイに薬を飲ませる。
しかし体がポカポカとはなんだろうか。
もちろん食べた事により新陳代謝が一時的に上がっている、とかなら分かるが、コンビニのおにぎりを食べたくらいで急に暖かくなったりはしないだろう。
解せぬ。
そして指示通り薬を飲み終えたクレイは、突然呆けたような表情をした。
「……えっ? ……す、すごい」
「どうしたのお兄様?」
「すごいよミゼット、体が軽いんだ! 喉も痛くないし、咳も出そうにない! 病気が治った!」
はぁ!?
そんな訳ねーだろ!
そ、そんな馬鹿な事があるわけ……!
いくら地球の風邪薬が優秀だからって、病気を秒殺できる訳がない。
薬ってそういう原理で動いてないからね、魔法とか言うファンタジーの不思議パワーと一緒にしてもらっては困るからね。
しかし行き成り元気になったクレイを訝しんだ俺は、とっさに彼の額に手を当てて熱を測った。
「マジで熱が下がってる……」
「え、うそ!? あなた私を騙そうとしているんじゃないでしょうね! もし嘘だったら牢獄行きよ、牢獄行き!」
俺に言うなよ。
本当に熱がないんだから仕方ないだろう。
パニックになる俺だが、結果は結果だ。
いったい何が起こったんだ?
「こらミゼット! 僕のために貴重な回復薬を出してくれた神官様に、なんて口の利き方をするんだ! 僕が治ったのはこの人のおかげなんだよ?」
「でもお兄様、もしこいつが嘘をついてたら……」
「どう嘘をつけるというんだい? 僕の病気が治ったのは僕が分かっているのに、騙す方法なんてあるのかな?」
「……うーん、確かに」
どうやらミゼットは兄のクレイの言うことは信用するらしく、突然元気を取り戻した兄を見て考えを改めたらしい。
だが不審に思う気持ちは分かる。
特に魔法を使ったわけでもないのに、先ほどまで苦しそうにしていた兄が急に元気になったのだ。
俺がミゼットの立場だったら、絶対に信用しない。
というか、マジでどうなってるんだ。
「まあいいわ! こいつが怪しくても、お兄様が元気になったのは事実よ! 私お母さまとお父様に知らせてくる!」
え!?
いや、それはまずいって!
兄のクレイは子供で大人しい性格だから説得できたけど、彼の父や祖父がこの状況をどう判断するかは分からない。
なにせ明日の昼に治療を行うと言ってしまったし、そう言っていた人間がこんなところでこそこそと何やってやがるとか思うだろうし、なによりお嬢様が告げ口すると部屋にいなかった事がバレる。
なんとしても止めなければ。
「え、いや待ってくださいお嬢様」
「お母様ぁああー! お父様さまぁああー! お兄様の病気が治ったぁあー!!!」
止めようとするが、俺の制止を振り切り……、というか最初から耳に入れず爆走していく幼女。
声をかけようとした時には既に遥か先まで走り去っていた。
しかも大声を出して。
あ、終わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます