治療3
走り去っていったミゼットを成す術なく見送り、俺は放心する。
これは詰んだな。
さて、戦闘不能になった後はどこでニューゲームを始めようか。
できれば俺を町の処刑場とかで殺してくれると、深夜にこっそりと復活してすぐ逃げ出せるんだが。
今後の作戦を考え練っていると、クレイ少年から声がかかった。
「すみません神官様、ミゼットはいつもああなんです……」
「いえ、お気になさらず。やってしまった事はどうにもできませんし、しょうがありません。それと私の事はサイトウか、もしくはケンジとお呼び下さい」
「ははは、変わった名前ですね」
この惑星の人からすると変わった名前らしい。
しかし本当になぜ急に元気になったんだろう。
そういえば彼はおにぎりを食べた時にも体がポカポカすると言っていたが……。
チラリとクレイを覗き見ると、病気が治っただけでなく栄養不足でこけていた頬にも、若干のふくらみが感じられる。
まさか……。
いや、まさかな……。
「それにしても、ずいぶんと顔色が良くなりましたね」
「そうなんですよ。なんだか体中に力がみなぎる感じがして、病気になる前よりも調子がいいくらいなんです。ケンジさん、本当にありがとうございます」
うん、ここまでくれば流石に俺でも分かる。
病気になる前よりも調子がいいとか言っている時点で、だいたい察した。
たぶんこれ、おにぎりが原因だ。
それもおにぎりだけじゃなくて、薬もそうだし、水もそうだろう。
たぶんだが、異世界人にとって地球産の食料はなんらかの要因で、魔法的な効果があるドーピングアイテムになっているのだ。
そうでなければ説明がつかない。
風邪薬は病気への特効薬で、おにぎりは瞬間的な体力回復の効果が付与されている。
なぜそうなったのかは分からないが、異世界人にはそういった反応があるというのは事実のようだ。
「ケンジと呼び捨てにしていただいて結構ですよ、クレイさん」
「そうかな? じゃあ、ケンジも僕の事を呼び捨てにしてよ。その方が僕は嬉しいかな」
いや、こちら側が呼び捨てにする訳にはいかないだろ。
表向きギルド長は俺を孫として庇護下にいれるみたいな事を言っていたが、それを鵜呑みにする程おっさんの頭はめでたくない。
表向きにはそういう事にしておいて、実際には使用人とかになるんじゃないかと思っている。
まあそれもこれも、この後生き残れたらの話なんだけどね。
俺がクレイの提案を苦笑いで受け流しながら、その後もちまちまと伯爵家の事や貴族社会のことなんかを聞いていると、廊下からドタバタと複数の足音が近づいてきた。
ミゼットが両親を連れて来たらしい。
「クレイ! クレイはどこだ!? 病気が治ったと聞いたが本当か!」
「本当ですよ父さん。もうどこにも不調はありません、むしろ身体に力が満ちるようです」
現れたガレリア・ガルハート伯爵が部屋に魔法で光を灯し、元気になったクレイに詰め寄る。
そこに伯爵夫人やミゼット、そして幾名かの使用人も続きてんやわんやとなった。
俺はテンションが振り切れている彼らの眼中にないのか、完全に蚊帳の外だ。
ここでいきなり、「こやつ、こんな所で何をしていた!」とか言って攻撃されても困るので、これはこれでありがたい。
たぶんあの幼女のことだから誰が病気を治療したとか言わずに、兄が元気になった事実しか伝えていないだろうからな。
「ああ、クレイ、私の可愛いクレイ。ミゼットから元気になったと聞いたわ、……本当に良かった」
「大げさですよ母さん。ただ少し、苦しむ期間が長かっただけです。心配には及びません」
伯爵夫人は元気になった息子に涙し、父親である伯爵もつられて目頭を熱くする。
うんうん、まあ元気になったという点については本当に良かったと思うよ。
半ば幼女に無理やりやらされたが、結果的には治療して良かった。
その後、俺がどうなるかは分からないけどな。
「しかしクレイ、どうして急に具合が良くなったんだ? ミゼットから詳しい話を聞こうにも、この子の言っている事は要領を得ないのだ……」
「お父様、私は嘘は言っていないわ! そこに居る変なやつがお兄様を治したのよ! なんか変な回復薬とか渡してたわ」
「……むっ?」
こちらに気付き振り向く伯爵、そして風前の灯火となるキャラの命。
このまま気づかないでくれるかなとか思ってたけど、どうやらお嬢様は俺を見逃す気が無いらしい。
使用人たちも隅で空気になっていた俺に気付き、伯爵を守るためにこちらを囲い込んだ。
ミゼットに悪気は一切ないのだろうけど、もうちょっとこう、変なやつが変な事したみたいな言い方じゃなくて、ちゃんと治療した空気をにじませて欲しい。
言い方でだいぶ印象が変わると思うんだよね。
「ど、どうも伯爵、夕方はお世話になりました」
「なぜ君がここにいる?」
当然の質問だ。
だがそう言われても困る。
だってここに居るのは完全に不可抗力だし。
「いや、それはミゼットお嬢様に……」
「そうよお父様! こいつがお兄様の治療を出来るっていうから、本当かどうか確かめるために部屋まで連行してきたの! 私がこいつを見つけて問い詰めたのよ? どう、すごいでしょ? ふふん」
ふふん、って……。
さりげなく全ての手柄を自分のものにしようとしている。
なんて幼女だ、これが貴族の血というやつだろうか。
そして褒めて褒めてと胸を張るミゼットを余所に、伯爵や伯爵夫人、使用人たちの雰囲気は穏やかなものになっていく。
どうやら今のミゼットの証言で、俺が不可抗力でここに連れてこられた事を認識したようだ。
ナイスだ幼女!
めちゃくちゃ迷惑な事をするけど、めちゃくちゃ有能!
「はぁ~…………、そういう事か……。すまないね君、娘は元気が良いのが取り柄なのだが、よく元気が良すぎて暴走するのだ……。どうか許してやって欲しい」
伯爵はそう言った後パンパンと手を叩き、使用人たちを下がらせる。
誤解は完全に解けたらしい。
良かった、これでキャラの修復のためにログアウトせずに済む。
しばらくはこっちで隠居してレベル上げをする予定だったから、あまり式神の追跡に引っかかる日本には戻りたくなかったのだ。
未だ褒めてくれと言わんばかりのミゼットを優しく抱きしめた伯爵は、続けてこう言う。
「いくら父ウィルソンの紹介とはいえ、最初は本当にこんな子供が息子の
そういって伯爵は感謝を述べ、報酬を約束してくれた。
……といっても、特に要望はないんだよね。
うーん、そうだなぁ。
俺が悩んでいると、父親に撫でられてご満悦のミゼットと視線が合った。
あ、やべ。
嫌な予感しかしない。
「お父様に願いを叶えてもらえるというのに、何も要望が無いのね。ふふん、気に入ったわあなた!」
「いや、あの」
ちょっとまて。
「お父様、私こいつが欲しいわ! お兄様を治療した報酬に私の専属にして欲しいの!」
「ふむ……。いや、ふむ。なるほど……」
「ふふふ、それは面白そうねミゼットちゃん。良い考えだわ」
それは俺の報酬じゃなくて、この幼女の報酬ではなかろうか?
そんな事を思うが、意外と乗り気になっている伯爵夫妻の前で無粋なことは言えず、事の成り行きを見守るのであった。
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