治療1


 薬局で買った風邪薬を次元収納して【ストーリーモード】を再開した。


「うわ、暗くて何も見えねえ」


 ガルハート伯爵家の個室に戻ると既にこの大陸は真夜中に差し掛かっており、外も部屋も真っ暗だ。

 仕方がないのでホームセンターで購入しておいたLED型の懐中電灯で部屋を照らし、就寝の準備に入る。


 アプリで周辺を覗いて見たところ屋敷の様子は穏やかで、普段通り昼夜問わず門兵が大あくびを欠いて居たり、まだ寝ていない使用人の部屋が明るかったりするので、たぶん俺が抜け出していた事はバレていないように思える。

 一先ずは安心だ。


 しかし渡された貴族っぽい服から村人の服に着替え、そそくさと布団に潜り込もうとすると何か柔らかい物にあたった。

 なんだこのフニュフニュとした感触は?

 なんか妙に暖かいぞ……。

 気になった俺は懐中電灯で布団の中身を照らし、確認してみる。


「きゃっ!」

「…………」


 すると、そこにはまん丸のおめめに、金色の長くツヤのある髪の毛。

 そして女の子特有の甘い香りを漂わせた、小さな侵入者が潜伏していた。

 なぜこうなったし。


「むぅー! そこのあなた、その光の魔道具で私を攻撃するのをやめなさい! 眩しいわ!」

「…………」


 女の子が文句を言ってブーイングを飛ばす。

 まてまてまて、ここ俺の布団なんだが……。

 そもそも君は誰なんだ。


「早くしないとお父様に言いつけるわよ!」

「あ、はい……」


 その一言で全てを察した俺は、光の速度で懐中電灯の光を天井に向ける。

 すると布団の中からもぞもぞと女の子が這い出てきて、小さな両手でいきなり俺の頬を挟み、グイッと自身の方に俺の顔を向けさせた。

 なんか怒っているっぽい。


「あなた、いままでどこをほっつき歩いていたの? お母さまが今日は変な子供が来ていると話していたから、私がお父様とお母さまの目を盗んでこうして遊びにきてあげたのに、居なかったじゃない! 待ちくたびれて危うくねてしまうところだったわ」


 やはりというか、この育ちの良さそうな幼女はガルハート伯爵家のご令嬢だったらしい。

 性格はおてんばなのか知らないが、俺の扱いに対する家族会議のような会話を盗み聞きして、面白そうだからちょっかいをかけに来たといったところだろう。


 だがこれはマズいぞ、このお嬢様が俺の部屋でしばらく潜んでいた事がバレてしまったら、ここの家族に誘拐犯として疑われてしまうかもしれない。

 幸いな事に家族の目を盗んで脱出し、そして未だこの屋敷の人達が落ち着いているところを見るに、現状では気づかれていないだろうが、もはや時間の問題だ。

 早めに追い返さなくては。

 至極丁寧に、このお子様の機嫌を損ねないように諭し始める。


「お嬢様。本日はもう暗く、これから遊ぶには環境が適していないかと。明日であれば時間がありますので、もしよければ私めの相手をその時にしていただけませんか? お嬢様ももう眠たいでしょう?」

「いやよ! 私はこうみえてタフなの、全然、全く眠たくないわ!」


 いや、さっき爆睡してたよね……。

 懐中電灯の光で目を覚ますまで、俺が触っても気づかなかったみたいだし熟睡だったよ。

 というか自分で危うく寝てしまうところだったって言ってるし……。


 しかしその事を伝えても余計に機嫌を損ねるだけなので、何も言うまい。

 だがこのままという訳にもいかないので、とりあえずの処置として、このお嬢様の性格と空気を読んで別の方向から攻めることにした。


「それではこうしましょう。私が明日、お嬢様のお兄様であるクレイ・ガルハート様のご病気を救う手段を、特別に、ええ本当に特別に教えますので、お嬢様は私のお手伝いをしてくださいませんか? そのためには今から英気を養い、就寝しないといけません」

「えっ!? あなたがお兄様の病気を治すの?」

「そうです、私はそのためにこの伯爵家に招かれたのです」


 興味を持ったらしい伯爵家のご令嬢──未だ名前が分からない──はまじまじとこちらを見据え、不思議な存在を見るかのように顎に手を当て考え始めた。

 どうやら、どうみても大人ではないこの10代の頃の俺の姿を見て、本当の事を言っているかどうか考えているらしい。


「分かったわ。では、私に証拠を見せなさい」

「……ん?」


 やべ、あまりにも無茶ぶりすぎて素が出た。

 まだ子供の頭だからしょうがないのだろうけど、考えた末に出た結論が無茶苦茶すぎる。

 病気を治せる証拠を見せるということは、それすなわち今から病気を治す実演をしろという事である。


 こちらの立場を考えていない発想は仕方がないとして、そもそもからして実行するのは明日だという俺の意見をまるまる無視した結論だ。

 そしてたぶん、このお嬢様は自分が無茶ぶりをしているという事に気づいていない。


「証拠よ、証拠! あなたがお兄様を治せるというのなら、この目で確かめてあげるわ!」

「いやでも、それは明日に……」

「ダメよ! いままで我が伯爵家に来た人間は皆そう言っていたけど、結局お兄様を治せなかったわ! 私に嘘は通じないのよ!」


 幼女はフンフンと鼻息荒く小さな手を握りしめ、どうだ参ったかと言わんばかりに俺を威嚇する。

 逃がしてくれる気はないらしい。

 これは困ったなぁ、どうやって煙に巻こうか……。


「うーん」

「さあ、そうと決まればお兄様のところへ行くわよ! 私について来なさい」

「あ、ちょっ……」


 幼女は考える暇すらも与えず、懐中電灯を右手に、左手に俺の手を握って駆けだした。

 彼女にとってこちらの事情はお構いなしの問答無用らしく、屋敷の中を縦横無尽に進み続ける。

 不幸中の幸いな事に、この幼女は普段から親の目を盗んで抜け出す癖がついていたようで、人に見つからず動き回るのには慣れているようだ。

 人が居ない場所や通路を完全に把握していて、まるで見つかる気配がない。


 なんて武闘派のお嬢様なんだよ、幼女のくせに握力も相当なものだ。

 さすがに今の俺が子供の体格だとはいえ、【戦士】レベル3の補正を受けているのでパワーで負けることはないが、それでも子供とは思えない力で握りしめてくる。


 異世界人こえー。


「ついたわ! さあ、今すぐお兄様を治しなさい!」

「う、うーむ」


 そして本当に誰にも見つからず、クレイ君の寝室まで到着してしまった。

 すごい行動力だなこの子。

 将来は最高の暗殺者にも、最強の戦士にも余裕でなれそうな才能を感じる。


 しかしここまで来て逃げ出す訳にはいかないというか、逃げ道を完全に塞がれてしまったので、気は進まないが風邪薬でも飲ませることにする。

 たぶんこの幼女は俺が回復魔法を見せても、「今までと変わらないわ!」とかいって納得しなさそうだし、かといってここで無理やり逃げても親に告げ口して一緒にいる事がバレたりすると、俺の首が飛びかねない。

 言い聞かせる手段を完全に失ったな……。


「さあ、はやく!」

「分かりました、分かりましたよお嬢様。はぁ……」


 俺を逃がさないように扉への進路を塞ぎ、後ろから背中をバシバシと叩く幼女に急かされて風邪薬と天然水を取り出す。

 あと、ついでにおにぎりも。


 これでクレイ少年が騒ぎ出したらもうどうしようもないが、クレイ少年は俺と同い年くらいで分別がありそうなので、幼女よりはマシだろう。

 きっと説得に応じてくれるに違いない。


 そう思い、俺は少年を静かに起こす事にした。


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