閑話 陰陽師一族の屋敷にて


 斎藤健二が戸神家の屋敷から立ち去ってからしばらく、彼を自宅まで送り届けた戸神家の長女、戸神黒子は祖父である源三に今日を振り返って尋ねる。


「おじい様、どうでしたか彼は」

「……難しい質問だな」


 孫娘である黒子に問いかけられた源三は、試合で見た斎藤の実力や自らの眼力で感じ取ったその者の本質を照らし合わせつつ、答えを出すために目を瞑ってしばらく黙り込む。

 そして庭に備え付けられたししおどしの音が幾度か鳴り響いた時、ようやく一つの答えに達したのか閉じていた目を開いた。


「まず最初に言っておくが、斎藤殿の現時点での実力ではあの大妖怪には敵わないだろう」

「そう、ですか……」

「うむ、今はまだ天と地ほどに力が離れておるからな。それは実際にあの大妖怪のことを知っている、他ならぬお前が現実をよく分かっているはずだ」

「はい」


 源三の指し示す大妖怪が何者であるか、それは戸神家に連なる者であれば名を語らずとも理解できる。

 それほどに陰陽師の本流である戸神家にとって大妖怪は因縁の相手であり、宿敵であるからだ。


 そしてそれを踏まえた上で、源三は「しかし」と続ける。


「今日の試合で拝見した彼の力は確かに優秀だ。治癒の異能に加えて何もない場所から武器を取り出す召喚の異能。他にもまだ異能を隠し持っているのであろう、彼からは常に余裕というものを感じた」


 源三の語った余裕とは、ただ試合相手となった若手相手に上手く立ち回ったというだけではない。

 現代における最高峰の陰陽師と目される源三しかり、その孫である黒子しかり、その他多くの陰陽師に囲まれ威圧されて尚、それでも余裕を崩さなかった姿勢のことを言っている。


 戸神源三はただの戦闘狂でも、無茶ぶりばかりする迷惑な老人でも、ましてや馬鹿などではありはしない。

 自分の存在がいかに斎藤に圧力と緊張感を与え、そして扱いにくい存在であるかをワザと悟らせた上で、その後の対応によってその者の力量を推しはかろうとしていたのだ。


 妖怪退治は遊びではない。

 命を賭して妖怪と人間の間で未来の生存権をかけて戦う、血なまぐさい本物の戦争だ。

 その背には個人の命だけでなく、この日本における人間種としての存亡がかかっている。


 だが斎藤はそんな歴戦の古強者である源三や家の者の圧力を受けて尚、余裕を保っていた。

 それが気がかりであり、不思議なことなのだ。


「斎藤殿の評価は初見では平凡、会話を進めるうちに優秀、試合を見てからは異質に変わっていった。この儂の目が既に2度あの者に騙されているのだ、これは尋常なことではない」


 この世界には最初から優秀だと分かる者、最初から異質だと分かる者などいくらでも居る。

 だが斎藤はそのどれにも当てはまらず、源三の目をごまかし評価を短時間で2度も塗り替えた。


 凡夫かと思えばそうではない、優秀かと思えば異質。

 そんな歴戦の猛者である自分の勘を以てしても計り知れない、未知の存在こそが斎藤という男であった。


「そして極めつけに、あの者は何か重大な真実を隠しているような雰囲気があった。それがなんなのかは儂には分からんが、少なくとも只人ではあるまいて。もしかしたら儂らは、何か途轍とてつもない存在に接触していたのかもしれん……」

「おじい様がそこまで仰られるなんて……」


 類まれなる直観力と眼力を持つ源三は、斎藤が何かを隠していたことに薄々気づいていた。

 それが何かは分からない。

 分からないが、大妖怪であるあの化け物すら超え得る何かがあると、そう踏んでいる。


「黒子よ、決してあの者を手放すでないぞ。もしかしたら、本当にもしかしたらじゃが、土壇場で全てをひっくり返す、最後の切り札に成り得るかもしれん。奴にはそれだけの可能性と未知を感じる」

「はい、おじい様。このことはお父様にも連絡しておきます。それと、今後斎藤様にはあの大妖怪にまつわる妖怪退治の依頼を持ちかけるつもりです。異存はございますでしょうか」


 黒子は自分が目をかけた斎藤が認められるのが若干嬉しいのか、少し頬を染めて柔らかに微笑む。

 そんな孫娘を見て源三はやれやれと溜息をつくが、しかしそれもこれも自分がこの孫娘に色恋の一つも許してやらなかったが故の弊害かと思い、諦めたように返事をする。


「ある訳がなかろう。お前の好きにやれ」

「ありがとうございます。それでは失礼いたします、おじい様」


 黒子が居間から退室し、ふすまをしめる。


「口惜しいものだ……。あの大妖怪を封じるにえとしてさえ生まれてこなければ、いや、この家にさえ生まれてこなければ恋も青春も自由そのものであったろうに。まさか儂の代になってあの大妖怪が動き出し、孫娘が犠牲になろうとしているなどとは……。ああ、恨むぞご先祖様よ。なぜ今の時代に負の遺産を遺した。なぜ自らの代で解決してくださらなかった……」


 源三はそれだけ呟くと、再び目を瞑り瞑想を始める。


 大妖怪の力は戸神家の戦力を……、いや、政府を含め日本中の戦力をかき集めてもよくて五分。

 しかし五分ということは戦えば相当な被害が出るということであり、運が悪ければそのまま全滅するということである。


 政府がそれを許すはずもないし、孫娘が生け贄にされることはほぼ確定していると言っても良い。

 だがそれでも、あの今という時間を精一杯生き運命と向き合う孫娘を見ていると、どうか奇跡よ起きろと願わずにはいられないのだ。


「頼むぞ斎藤殿……」


 斎藤が見せた未知と可能性。

 そんな不確かなものであっても、今の追い詰められた源三にとってはまるで希望の光に感じられた。



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