陰陽師2
俺は薬局の前に用意してあった黒塗りの高級車に連れ込まれ、囲んでいた黒服の人にまるで「絶対に逃がさんぞワレェ」と言わんばかりの威圧を受けながら、陰陽師と名乗る戸神黒子と一緒に屋敷へと向かうことになった。
どうしてこうなったんだ、俺はただ風邪薬を買いに来ただけなのに。
これからどうなるのかという不安と緊張で足が震えている。
「ふふふ、あなたのような殿方でも緊張をするのですね。大丈夫です、彼らはただのボディガードですから。私や斎藤様に手出しをすることは万に一つもありません」
「そ、それはようござんした……」
やばい、緊張で口調がおかしなことになっている。
とはいえあの黒服ボディガードが明らかにお嬢様である戸神さんを守るためだけでなく、俺の身柄も大切に扱っているということを聞いて少し安心した。
やっぱり情報共有って大事だよね。
だが、そもそもこんなボディガードをつけて移動するようなお嬢様が、何故あんな路地裏でチンピラに絡まれていたのだろうか。
まずそこからして疑問なのだが、果たしてこれは聞いていいことなのかどうか判断がつかない。
女性のプライベートを詮索するのがマナー違反という意味ではなく、ただ単に踏み入れてはいけない領域に踏み入れてしまうのが怖いという意味で。
「気になりますか?」
「な、ななな、何をですか? ははは、この不肖斎藤、何も気になることなどございませぬ」
「無理をなさらなくても大丈夫ですよ。私が裏路地で素行の悪い者たちに絡まれていたということ自体、この状況から見て明らかに不自然ですし。斎藤様のお気持ちはお察しいたします」
そう言って戸神さんは困ったように優しく微笑む。
何か事情があるようだが、そもそも俺はそちらの領域に踏み入れたくないから無理に気にしないようにしているのだ。
気を使うベクトルがずれているよ、もし気遣う心があるならば今すぐに身柄を解放してほしい。
というか俺が倒したあのチンピラたちはあの後どうなったのだろうか。
こうして危険な臭いのするボディガードを何人も傍に置いているところをみるに、とてもじゃないがあのチンピラ二人が無事解放されたとは考えにくい。
俺に微笑みかけるその笑顔は相変わらず美人なので、できればこういった黒い背景無しで、普通にお知り合いになりたかったよ……。
そんな妙に噛み合わないやり取りをしていると、とある屋敷の前で車は停車した。
目の前には馬鹿でかい庭と古風な建物があり、土地成金も真っ青なくらい風格のある屋敷が姿を現す。
「戸神お嬢様、お屋敷に到着いたしました」
「はい、ありがとうございます。それでは斎藤様、お疲れとは存じますが少々お付き合いくださいませ。詳しいお話は屋敷の中で説明させていただきますね」
こちらを気遣う穏やかな表情とは裏腹に、戸神さんは俺の手をがしりと掴み強制的に連行していく。
握力そのものは華奢な女の子そのもので、【戦士】レベル3の職業を持つ俺の敵ではないが、有無を言わせない迫力がある。
日本において不死身の身体を持たない社畜は権力に弱いので、抵抗することなく素直についていくことにした。
情けないと思ってはいけない。
これは処世術である。
そして屋敷に上がらせてもらい、そのまま美少女と手を繋ぎながら長い廊下を渡っていくと一つの襖部屋へと辿り着いた。
ボディガードをしている黒服の一人が一度お嬢様にお辞儀をして、襖を開く。
すると中には畳の上で胡坐をかき、パイプ型のタバコを吸っている老人がいた。
「おう、お前にしては遅かったではないか黒子。それほどに手ごわい男であったか?」
「はい、おじい様。私も万が一に備え斎藤様の足取りを追っていたのですが、式神からの連絡が途中で途切れてしまい、つい先ほどまで行方が分からず仕舞いでした」
「ほっほっほ、……黒子の式神を欺くか。これは期待できそうじゃのぉ」
目の前で理解の及ばない会話が繰り広げられていく。
式神ってなんだ、陰陽師の道具か何かかな。
というかここは由緒正しき科学の支配する地球文明だぞ、そんな不思議能力があってたまるか。
……と、言いたいところだが俺が既に摩訶不思議生物になりつつあるので、強くは言えない。
そして式神にどんな能力があるのかは不明だが、もしその不思議能力で対象を追跡していて連絡が途絶えたというのであれば、それは恐らく追跡の対象である俺が異世界に飛ばされていたことが原因だろう。
そもそも先ほどまで地球上には居なかったわけだから、そりゃあさすがに追跡困難にもなるだろう。
さすがの式神様も、異世界までは追ってこれなかったようである。
「して、黒子が見初めたお気に入りの殿方は、治癒の異能を持っていると申しておったな。他にはどんな能力がある?」
「おじい様、こんなところで孫をからかうのはおやめ下さい。お客様の前ですよ。私が見たのは治癒の異能の他に、類まれなる身体能力、そして戦闘技術ですが……。式神の追跡を振り切ったところを考慮すれば、他にも異能があると思われます」
当事者の俺を差し置き、勝手に話が進んでいく。
あれ、これ異世界でもこんなことがあったような……。
デジャヴ?
二人の話を聞いた感じだと、式神や異能を日常のものとして捉えているみたいなので、とりあえず鑑定を掛けてみる。
どうせ大雑把な情報しか得られないだろうけど、俺ばかり調査されるのは
お返しに異能の一端とやらを目の前で使ってやる。
……こ、こっそりとね。
【陰陽師のお爺さん】
しきがみをつかう、そのたおおくのことがとくい。すこしだけつよい、にげるのもあり。
【陰陽師のお嬢さん】
しきがみをつかう、けっかいじゅつがとくい。ふつう。
その他多くってなんだ!?
どんなインチキ爺さんだよこの人、式神を使った上で他にも色々できるってことか!?
もしかしたら刀術とか槍術とかもマスターしているのかもしれない。
というかさっそく鑑定さんがビビりはじめ、逃亡を推奨している。
ほんとブレないなこの能力。
まるで臆病な俺の性格を投影しているかのようだ。
とはいえ実力は俺より少し強い程度。
レベルでいうなら6とか、7とか、そのくらいかな?
詳細な戦力差は不明。
そしてもう一人の陰陽師、実力は互角と表記される嬢さんだが……。
「……結界術とは?」
式神とは違うのか?
わからん。
戸神家のお嬢さんをよく見て鑑定をもう一度かけ直すが、やはり結界術と判定される。
これだと式神を使った結界術なのか、式神と結界術が別々に得意なのか、判断がつかない。
やはり錬金術師レベル3では鑑定能力もガバガバだな、もっとレベル上げを頑張ろう。
「ほう。黒子の結界術を見破るか、大した男だ……。確か、斎藤と言ったか?」
俺の呟きに目ざとく爺さんが反応し、先ほどまでのからかうような態度を潜めこちらを真っすぐと見据える。
どうやら爺さんの琴線に触れてしまったらしい。
「治癒の異能があるとはいえ、初見では凡庸な男だと思っていたが、……どうやら評価を改めねばならぬようだ。儂も耄碌したか」
「おじい様」
「分かっておる。……ふむ。どれ、それでは一つ試験をするとしよう。相手はうちの若手でいいかのぅ?」
「ですから、おじい様。それでは斎藤様には何も伝わりません……」
陰陽師の爺さんは勝手に自己完結して納得し話を進めるが、お嬢さんの言う通り何のことか全く分からない。
まずは俺を連れてきた理由と、なぜ試験をする必要があるのかと、その後俺をどうしたいのかを説明してもらいたものだ。
そう思い戸神お嬢さんに顔を向けるが、彼女は困ったように笑い首を振った。
どうやらダメらしい。
たぶんこの爺さんは、こうなったら止められないタイプなのだろう。
「クカカカッ! なに、そう臆するな。お主の実力如何によっては質問には答えてやる。……おい、話は聞いていたな、一人連れてこい!」
「はっ!」
爺さんは黒服の一人に声をかけると、よっこいせという声と共に立ち上がる。
試験とやらのせいで、戦いは避けられないようだ。
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