陰陽師3
試験をすると言い、無理やり連れてこられた場所は古風な豪邸の巨大な庭。
庭もそれはそれで和風テイストに整えられているが、一番目を引くのはそこかしこにあるお札だ。
何やら赤い文字で呪文のようなものが書かれているが、あれが何なのかは分からない。
分からないが、たぶん結界か何かだろう。
庭に攻撃的な兵器がおいてあるのもおかしな話だし、もし何か意図があるとすれば侵入者の感知や、そういった何かから身を護るためのバリアなんかが一番妥当だ。
まあ、確証はないけど。
それからしばらく待っていると、先ほど爺さんの命令で駆けていったボディガードの一人が、和風装束に身を包んだ若者を連れてきた。
若者はちょうど戸神家のお嬢さんと同じくらいの歳頃で、黒髪に少しキツイ目つきをした青年だ。
「お呼びでしょうか大旦那様」
「やめんか、儂は既に当主ではない。今の当主は現役を退いた
「しかし、自分にとっては今もなお源三様が当主であり、そして戸神家で随一の陰陽使いでございます。……何卒ご容赦を」
なにやらここでも家督を継ぐだのなんだので一悶着あるようだ。
貴族や豪家っていうのはお家問題が複雑で大変だね、俺には関係ないけど。
それにしても爺さんは戸神源三というのか。
現在は砕牙さんに家督を渡しているらしいが、娘婿って言っているところをみるにたぶんここが陰陽道の本家であり、砕牙さんは分家かもしくは余所の家から嫁いできた存在なのだろう。
戸神本家に嫁ぐまでどんなドラマがあったのかは知らないが、この偏屈な爺さんから合格を貰ってまで婿になるとは、なんとも剛毅な人だ。
俺だったら裸足で逃げ出すね。
ぜったいヤバい爺さんじゃんこの人。
「まあ、良い。……既に話は聞いておるだろうが、今回はそこの斎藤殿の試験相手としてお前を連れてきた。くれぐれも心してかかれ、こやつは黒子が自らの眼で自分に相応しいと選んできた
「この者が黒子様の……? とてもそう大した男には見えませんが……」
青年は訝し気にこちらを観察し、ジロリと睨む。
やっぱこの家の人みんなまともじゃねぇ、まだ高校生の青年にすら、目の奥に狂気の光が宿ってるよ。
ちなみに俺が大した男じゃないという青年の判断は限りなく正しい。
こちとらただのおっさんだ。
ただちょっと、傷が癒える手品とか相手を見極める手品が使えるだけに過ぎない。
というかそろそろガルハート伯爵家に戻らないと、俺が個室に居ないことがバレてしまう可能性がある。
解放してくれないかなぁ。
「甘い、甘すぎる。お前は儂が拾った時から、そうやってすぐに表面だけで物事を判断する悪い癖がある。この者の内に眠る霊力を感じてみよ、只人ではないことが一目瞭然じゃ」
「し、しかし……」
「……分からんか、未熟者め。だが試験結果は嘘をつかない、気になるならばそれこそ己が力で試してみればよかろう」
青年は一言わかりましたと頷き、庭の方に足を向ける。
試験とやらが始まるらしい。
それにしても俺に霊力なんてあったのか、知らなかった。
もしかして魔力のことかな?
まあ、どうでもいいか。
青年に続くようにしてこちらも庭に赴き、少し距離を開けてから向き合うように対峙した。
「それでは試験を始める。準備は良いな?」
「はい」
「大丈夫ですよ」
おっと、その前にとりあえず鑑定をしておこう。
得意分野くらいは分かっていた方がいいからな。
【陰陽師の青年】
しきがみをつかう、けんかがとくい。ややよわい。
キャラレベル3より弱いらしい。
それと喧嘩が得意ということは、格闘戦がメインなのかな。
冷静そうな見かけによらず短気なのかもしれない。
それに、もし向こうが刃物を取り出すならこちらも鉈くらいは必要だと思ったが、今のところは必要無さそうだ。
ただ向こうには式神という未知の兵器があるので、その危険性如何によってはこちらも武器を取り出した方がいいだろう。
鑑定情報を基に考察を進めていると、審判役であろう爺さんから声がかかる。
「よし、それでは始め!」
「はぁっ!」
試験が始まった。
相手役の青年は独特な歩行法と構えで突っ込んでくるが、身体能力そのものは【戦士】のレベル3よりもだいぶ低いらしく、今の俺から見ても余裕をもって受けられそうな勢いだ。
反撃しようと思えばそれなりに有効打を与えられそうである。
だが、いい年こいたおっさんが力のままに青年をいじめるのは、なんとも絵面が悪い。
どうしたものか。
……とりあえずかわし続けよう。
攻撃が当たらないと悟ったら爺さんも試験を終わらせるかもしれない。
これ殺し合いじゃないしね。
避ける、避ける、避ける。
「くっ、馬鹿な!? な、何故当たらない!?」
「どうやらキミは喧嘩が得意らしいけど、まあおじさんは色々とズルしてるからなぁ。落ち込むことはないよ。一般人がここまでおじさんに迫ることができるなら上出来だ」
「……なにっ!?」
こっちは職業を3つも取得してパラメーターにブーストをかけている上に、さらにレベルにまで開きがあるからな。
そんなおっさんの動きについてこれるだけでも大したものだ。
喧嘩が得意というのは伊達ではないらしい、よく頑張ってるよこの青年は。
しばらく避け続けると、だんだんと青年の息があがってきた。
「クカカカカッ! 対妖に特化しているとはいえ、武の基本を学んだこやつの攻撃を容易く躱すだけでなく、かつての喧嘩屋としての特性まで見抜くか! やるのぅ婿殿!」
「お、おじい様! 斎藤殿はまだ婿ではありませんよ!? 勝手に決めてはあの方に失礼です!」
「ほう。……まだ、とな?」
「くっ!? 揚げ足取りはおやめください!」
外野は外野で盛り上がっている。
賑やかなことだ。
青年がこんなに頑張っているんだから、少しくらい応援してあげたらいいのに。
一応は身内だろうし。
「くそっ! くそっ! 当たれぇ! ……たかが体術に優れた只人が、黒子様の婿だと!? み、認められるかぁ!」
「あ、そういうことかぁ」
「何が可笑しい!」
なるほど、この青年は戸神家のお嬢さんに気があるのか。
納得した。
そりゃああれだけ可憐な美少女が傍に居て、しかもそれが同い年だったりしたら意識しちゃうよなぁ。
しかしいくら頑張っても普段は雲の上のお嬢様で、手が届かないと。
戸神本家としての家格の違いと、あの爺さんの偏屈さから考えれば青年の焦りはよくわかる。
まさに前途多難というやつだ。
この青年も苦労しているんだなぁ。
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