陰陽師1
その日の夜、俺はガルハート伯爵家の屋敷に招待された。
俺の存在は秘匿性が高いらしく、高級そうな馬車に同席させてもらい人目を避けながら屋敷まで案内されている。
そして屋敷に着くと俺はさっそくメイドのような人に身嗜みをチェックされ、服装を着替えさせられ、さらに髪をセットされていく。
何やら既に俺の話は密偵のような者を通じて屋敷の人間に伝わっていたらしく、まるで本当に貴族のおぼっちゃんのような対応だ。
この対応を鑑みるに、このギルド長、いや元ガルハート伯爵は本気らしい。
ちょっとお孫さんの病気が治らなかった時のことを想像してチビりそうになった。
い、いや大丈夫だ。
そもそも俺は不死身だ、冷静になれ。
そして俺専用に与えられた個室でメイドが運んできた食事をとった俺は、ついにギルド長に呼ばれガルハート伯爵家の一家とご対面することになった。
まずそこにいたのは当然ながら俺を呼びつけた張本人である元ガルハート伯爵。
名をウィルソン・ガルハート。
次にその息子である現ガルハート伯爵のガレリア・ガルハートと、孫のクレイ・ガルハートだ。
彼の妻は部屋には居なかった。
理由は分からないが、一家の責任者であるガレリア・ガルハート伯爵が俺の対応をするということだろう。
ちなみにクレイは予想通り体調が悪そうで、俺が呼ばれてきた時もベッドから身を起こさず寝ているようだった。
ときおり咳もしてかなり苦しそうである。
しかし、やはりどこからどうみても風邪にしか見えない。
症状は重くかなり苦しそうではあるけども。
「ふむ。……確か、サイトウだったかな。では、やりたまえ」
「ん?」
「回復魔法だよ、使えるのだろう? 我が父はその前提で君を招いたはずだ」
ガレリア・ガルハート伯爵は、さっそく治療しろと言わんばかりに俺に命令を下す。
うーんでもなぁ。
他の人の回復魔法で治らないなら、俺が今やっても同じことだろ。
無駄な努力だ。
しかし彼は俺が治療できるのかどうかは半信半疑なところがあるものの、回復魔法そのものを使えるのを疑っている様子はない。
たぶん全面的にギルド長、もといウィルソン・ガルハートを信頼しているのだろう。
まあ実の父でありクレイ少年の祖父だからね、それはそれで納得だ。
今のところ騙す理由がない。
「一応回復魔法は使いますけど、本格的な治療は明日になります。それでもいいですか?」
「何? そうなのか? 父上、この者はこう言っていますが……」
「うむ、その話は事前に報告を受けている。とりあえずまずは、彼のやりたいようにやらせなさい」
当然風邪を治すためには日本に戻って薬局へ寄る必要があるので、とある事情により、今すぐには治療ができないとギルド長には時間的猶予の約束を取り付けている。
この作戦を実行するにはログアウトができるかどうかが不安要素であったが、一度戦闘不能になったことが原因なのか、個室でアプリを確認したところログアウトの項目が選択可能になっていた。
とりあえず日本には戻れそうである。
「それじゃ、痛いの痛いのとんでいけぇ~」
「おおっ……!」
俺が回復魔法を発動させると、少年の父であるガレリア伯爵ではなく祖父のギルド長が慄いた。
たぶん部下であるイリス副支部長と冒険者ガイの報告を信用していても、内心不安だったのだろう。
実際に回復魔法を発動させたことで、期待を持ってしまったようだ。
回復魔法をかけ終わるとクレイ少年は一時的に穏やかな表情になり、安心したような表情で眠る。
ただ、ここまでは特別なことは何もしていないので、恐らくここからまたぶり返してしまうのだろう。
「まあ、今日のところはこの辺で。それじゃあ明日またよろしくお願いします」
「うむ、よろしく頼む」
そう言うと俺はまた自分に与えられた個室へ案内され、晴れて自由時間となった。
さて、やることをやろうか。
アプリを操作し、一先ずログアウトを選択する。
「……ふむ、帰ってきたな」
いつもの自宅だ。
外を見るともうすぐ夕方になるかな、といった頃合いの時間。
まだ薬局は営業中だろう。
それとしばらく向こうで過ごしていたが、こちらでの日付は変わっていなかった。
いきなり一週間とか経っていたらどうしようかと思ったが、無断欠勤にならなくて良かったよ。
会社をやめるにしても、やっぱり無断欠勤は後味が悪い。
「じゃ、薬局いくか」
財布を持ってそそくさと出かける。
幸いなことに薬局には風邪によく効くと評判のモノがあり、俺は迷わずそれを手に取った。
とりあえず予備も含めて2つ買っておくことにし、会計を済ます。
うむ、完璧だ。
「あら、治癒の異能を使える人でも風邪にかかるんですか?」
「いや、アレは傷には効果的だけど病気には弱いから」
「へぇ、そうなんですね。でも風邪を引いているようには見えませんけど……」
「だって別に、俺が使うわけ、じゃ、ない……、し……?」
……って、
緊張と危機感から緊急で飛びのいた俺は、たった今会話していた謎の存在に目を向ける。
あまりに自然に話しかけてきたのでつい普通に話してしまったが、よくよく考えたら会話内容がおかしい。
どういうことだ。
「こんにちは、また会いましたね! すごい偶然です!」
「……ん? 君は確か、美少女A」
そこに居たのは、今朝方チンピラに絡まれていた美少女Aだった。
なんだよ、驚いて損した。
そりゃあれだけ堂々と回復魔法を見た後なら、この会話も納得だわ。
しかしここはホームセンターからだいぶ離れた、というか正反対の場所にある薬局だぞ。
偶然会いましたねって、そんなことあるか?
「そう警戒しないでください、私はあなたに危害を加えるつもりはありません。ただちょっと話があって、こうしてお邪魔した次第であります」
「は、はぁ……」
美少女Aはそういって綺麗な所作でお辞儀をした。
はぁ、美少女はなにをやっても様になるな。
しかし、和風美人を連想させるロングストレートの綺麗な黒髪のお嬢様は、いったい俺に何の用だというのか。
「あ、ここでお話しするのもアレですから、続きは私の屋敷でどうぞ。外に車を用意しております」
「いや、俺はこれから用事が」
「いえ。用事なんて、ありませんよね? だって私の家の者があなたの自宅を見張っていましたもの。そうですよね、斎藤健二さん。既に調べはついております」
怖っ!?
何者だよこのお嬢さん!?
ただの美少女Aかと思ったら、もしかしてとんでもない裏社会の人間だったのか!?
しかも俺に語り掛ける笑みが黒い、黒過ぎる。
どう考えても何か企んでますといった雰囲気の表情だ。
だが悲しきかな、俺はこっちの世界ではレベルやスキルが反映されていても不死身じゃない。
明らかにヤバそうなこのお嬢さん、もっといえば外で待機している黒服のお兄さんに囲まれては、社会的に生き残る意味で従わざるを得ない。
だって今日あったばかりの手品師に対して、異能っぽいからという理由で個人情報を丸裸にするような奴らだ。
絶対まともじゃない。
「わ、分かった、分かった」
「ふふ。ありがとうございます! ……ああ、自己紹介が遅れました。私、こういうものです」
渡された名刺には
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます