貴族2


 会議は一先ず解散となり、副支部長のイリスさんと高位冒険者のガイさんは、舞台裏からギルド長の考えた設定どおりに動く手筈となったようだ。

 またガイさんを魔法で治療した分の代金は二人を巻き込んだギルド長が負担することとなり、まずはギルド長の仕事が終わるまで傍で待機していろということになった。


 つまり、今もの凄く暇である。

 暇なのでギルド長の仕事を覗き見して、なんらかの書類を処理している様子を眺めていることにした。


 この世界の文字がどう成り立ち発展してきたのかは知らないが、言葉と同様になぜか俺にはその意味を理解することができた。

 不思議なこともあるものである。

 これもアプリパワーだろうか?


「……あ、そこ計算間違ってますよ」

「……ふむ」

「あ、ここもです。あとこの契約書には情報の不備があるので、もし追及されたらヤバいと思いますね」


 そして俺は文字が読めるのを良いことにギルド長の仕事に口を出しまくり、計算ミスや書類の不備を指摘していく。

 いや、こうなんというか、事務方の社畜時代がそこそこあるせいで血が騒ぐんだよね。

 悪いとは思っていても、ミスがあると指摘したくなる。

 そもそもこの書類を作っているのは、しょせん文明が発展途上であるこの中世時代の異世界人だ。

 現代での社畜歴が10年ある俺の敵ではない。


 するとギルド長は呆れからか溜息をつき、まるで正体不明の宇宙人か何かを観察するかのように見返してくる。

 めちゃくちゃ失礼な爺さんだ。


「……君はどこでその知識と教養を身に付けたのかね?」

「いや、たまたま閃いただけです。まぐれですよまぐれ」


 きっと偶然が重なっただけです、ハイ。

 いや、無理があるけどね。

 だが血が騒ぐので、やめられない止まらない。


「私にはとてもまぐれには思えないし、まず計算能力からして明らかにおかしいのだが、……まあいい。ちょうど君のおかげで仕事も早く終わったことだし、君を匿った本当の理由について話すとしよう」

「なるほど」


 なるほど。

 …………な、なるほど。


 いや、え、今までの会議内容は本当の理由じゃなかったの!?

 嘘だろ爺さん、まさか俺を謀ったのか!?

 いや、このギルド長の冷静さを見るに謀ったとかは無さそうだ。

 ただ、もう一つ話していない理由があったというだけだろう。


 ビビらせやがって。


「君が知っている通り、私はここら一帯にある複数の町や都市を治める領主、元ガルハート伯爵だ。家督は息子に譲り今はギルド長なんていう仕事をしているが、貴族界における発言力はそれなり以上に強いと自負している。そして息子も息子で……、ふむ、聞いているかね?」

「聞いてるよ」


 嘘です、聞いていません。

 貴族界での発言力や爵位のことを言われても、その手の文化に詳しくないため理解が追い付かず、頭がフリーズしていたようだ。

 とりあえず物知り顔で頷くが、はて、伯爵というのはどの程度の身分だったか……。


 王の下に公爵があるのは知っている。

 そしてその下は侯爵だったような気がする。

 伯爵というのはどの辺りだ?


 侯爵の一つ下か?

 それとも二つ下か?

 謎である。

 だが中堅の貴族よりは上だろう、たぶん。

 そんな雰囲気を感じる。


「まあ良い。話を戻すが、我がガルハート伯爵家は息子が家督を継ぎ、そして孫を生んだ。……歳はちょうど君くらいだな。君を見ていると、孫の姿をつい思い浮かべてしまうよ」

「ほう」


 どうやら爺さんの本当の孫は俺と同い年くらいらしい。

 しかし孫がいるのに俺の身分を偽ってよかったのだろうか。

 養子にするにしたって、外聞が悪いんじゃないのか。

 思ったことがつい顔に出てしまったのか、ギルド長は嘆息する。


「まあ、当然そういう反応になるのは理解しているが、心配は無用だ。なにせ孫は体が弱く、ここずっと療養中で屋敷からは一歩も出ていないからな。そして私が君を匿った理由もこれに起因する」


 おや、雲行きが怪しくなってきたぞ。

 貴族のドロドロなお家騒動に巻き込まれるのだけは勘弁してほしい。

 まだそうと決まったわけではないけど。


 しかし孫が療養中ってことは、毒などで意図的に始末しようとしてないなら、回復魔法では治りづらいなんらかの怪我を負っているのかもしれない。

 例えば足を失ったとか、もしくは不治の病に侵されているとかだ。

 ここが異世界だという事を考えると呪いとかもあり得そうだな。


 そしてそんな中前触れもなく突然現れ、教会で習得したわけでもなさそうな回復魔法の使える謎の少年……。

 つまり俺。

 もしかしてしなくても、そういうことなのかもしれない。


「教養があり、察しが良い君なら気づいたかもしれないが、……その通りだ。私は君に孫のやまいを見てもらい、治療してほしいのだ。教会の術者には何度も見てもらったが、結局、幾度回復魔法をかけても無駄だった。もはやこれは呪いという他ない……」


 いや、無理だろ。

 俺よりもおそらくレベルが高いであろう教会の回復魔法使い、それも高位の貴族に雇われるような腕の確かな者が治せなかった病だぞ。

 ギルド長は知らないかもしれないが、俺はまごう事無きレベル3である。

 たかがレベル3に何を期待しているんだ。


 もしかしたら教会の回復魔法とは違う効能があり、可能性があると考えているのかもしれないが、残念ながら俺の職業は普通に神官だ。

 たぶん使っているスキルも同じである。


「ち、ちなみに症状は?」

「ああ、常に体が熱く、声は枯れ、大きな咳をして……」

「……ん?」


 おや?


「さらに本人からは常に倦怠感が絶えず、食欲がないなどと報告を受けている。一時期的に症状が軽くなることもあるが、結局またぶり返すのだ。……もはや、私の手には負えん」

「いや、それただのインフルエンザか、もしくは風邪じゃない?」

「……何っ!? インフルエンザとはなんだ!? 教えろ!」


 ピンと来た症状に条件反射で答えると、ギルド長は俺に掴みかかってきた。

 そういえばこの世界の人にインフルエンザと言っても伝わるわけが無かったな。

 それに、すげぇ握力。

 さすが冒険者ギルドの長だ、たぶん職業レベルも相当高いのだろう。

 というかギブギブギブ!


「いたたたたたたっ」

「むっ!? こ、これは私としたことが、すまない。取り乱してしまったようだ」


 ……くっ、これがレベル格差か。

 いや、真面目に。

 まあとりあえず本人を見ないことには分からないが、これだけギルド長が心配しているということはウィルス性の病気には回復魔法は効果が薄いのだろう。

 まだ風邪かインフルエンザかは分からないし、もしかしたら全く違う異世界の病気かもしれないが、……とりあえず薬局で風邪薬を買ってきてあげよう。


 これで変なことになったらその時はその時だ。

 俺にはどうすることもできない。

 というか、色々言ったけどたぶんそれ風邪だよ。


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