貴族1


「ふむ、それではその子が回復魔法を使用したのは事実なんだね?」

「はいギルド長。私もガイも、そしてその場に居た冒険者全員が目撃しています」

「イリスの言う通りだぜ。俺も前に大けがを負って教会で治療してもらったことがあったが、その時の記憶と比べてもこいつの腕は本職と遜色がねぇ。子供だっていうのが信じられねぇよ」


 現在、当事者である俺は抜きにして冒険者ギルドでの会議が行われている。

 その場に俺も居るのだが発言権はどうやら与えられていないらしく、先ほどから無視されている有様だ。

 ギルドにとってそれほど重大な議題らしく、彼らは難しい顔をして議論を重ねていく。


 ちなみにギルド長と呼ばれた初老の男性がこの町にある冒険者ギルドのトップであり、受付嬢のイリスさんは副支部長、冒険者のガイはギルドから信頼の厚い高位の冒険者らしい。

 ずっと彼らの話を聞いていたらそんなことが把握できた。


「分かった。これ以上君たちを疑うわけにはいかないし、冒険者全員が見たというのなら事実なのだろう、信用に値する。……だが問題はこの子供の扱いだ、いったい彼はどこの誰なのだね?」

「それが、ここに来る途中色々と質問しましたが全く要領を得ないのです。ただ身分証をくれとばかりで……」

「俺の方は仲間にこいつの足取りを探らせている。うちの斥候は優秀だから、たぶん待っていればそれなりの結果は持ってくると思うぜ」


 そう、実はここに引き摺られてくるまで受付嬢に様々な質問をされた。

 聞かれたのは名前とか、身分とか、家族構成とか、住居とか本当に色々だ。


 まあ名前くらいは答えてやったが、身分や家族構成や住居なんかはこっちの世界にあるわけがないので答えられなかった。

 別に嘘をついても良いのだが、後々嘘がバレた時にまた何かトラブルがあったら怖いので大人しくしておいたのだ。


 回復魔法を偽ったら重罪になるような国だ、何が切っ掛けで火の粉が降りかかるか分かったものじゃない。

 とりあえず俺は身分証が欲しいだけなので、答えられないことについては身分証をくれとだけ言い返しておいた。


 ちなみにガイの仲間っていう斥候職のなにがしさんがいくら頑張っても、俺の足取りを見つけることはできないだろう。

 せいぜい門番に問い質してどの方向からやってきたか、くらいの情報しか得られないはずだ。


 なにせ親も知り合いも存在せず、急に生まれてきたのがこのキャラクターだからな。

 俺が生きてきた痕跡がないのだから、それを辿ることはどんなプロフェッショナルでも不可能だ。


「ふーむ。しかしいくら存在そのものが怪しいとはいえ、やはりこの子供は有用だ。それだけ、回復魔法という力には価値がある」

「そうですね。貴族や教会に取り込まれる前に、早めにギルドで囲っておいた方がいいかもしれません。……もしこの子が本当に自力で回復魔法を覚えていた場合、教会に知られれば間違いなく祭り上げられるでしょう。……もしくは異端として殺されるかです」


 うわぁ、マジかよ教会怖いわぁ。

 やっぱこういうタイプの権力者っていうのはどの世界でも同じだな、異端は偶像として祭り上げるか殺すか、そればかりだ。

 本当にこの世界では死なない肉体を持っていて良かったよ。

 戦闘不能になったらアプリが勝手に修復してくれるから、かなり気が楽だ。

 それに最後の手段ではあるが、いざとなったら龍神に助力を願えるし。


 いまのところ俺が持つ最強の切り札は【神託】である。

 まあできればそうなる前に、知恵と道具を駆使して問題を解決したいがね。


 とはいえ、回復魔法がここまで貴重なのは想定外だったな。

 教会が技術を秘匿しているとは聞いたが、さすがにやりすぎだろう。

 これで職業が3つもあると知られたらどうなるのか、逆に気になる。


「分かった、ではそのようにしよう。この少年には冒険者ランクCの位を与え、身柄はギルド預かりとする。……生い立ちはそうだな、私の孫でいいだろう」

「へぇ、いきなりCランクでしかもギルド長の孫ですかい? そりゃまたずいぶんな気合の入れようだな。……それほどギルドにとって有益で、有用ってことか」

「それだけじゃないわガイ、この子のためよ」

「へいへい」


 と、言う訳で当の本人が一言もしゃべらないうちに話は纏まり、いつのまにか俺はギルド長の孫という設定で身分証を得ることになった。

 いや、意味がわからん。

 勝手に話を進められても困るわ。


 そろそろ口を出した方がいいかもしれない。

 子供のフリはもう終わりだ。


「いや、俺は身分証だけ貰えればいいから」

「…………」

「…………」

「…………」


 急に態度の変わった俺に場は沈黙し、3人はこちらを驚いた眼で見る。

 ……うーん、あまり反応はよろしくないな。

 いっそハッタリを言って、アプリの次元収納を転移魔法と偽ってみればどうだろうか。

 転移で逃げられるからなんとでもなる、そう言えば対応も変わるかな。


 ……いや、やめておいた方がいいな。

 ただでさえ俺はイレギュラーとして会議に巻き込まれているのに、アプリの機能を見せびらかすのは悪手だ。

 地球に換金素材を持っていって豪遊し、社畜とオサラバしたい俺は飼い殺しにされるわけにはいかないが、かといって無理に強気に出ると引っ込みがつかない。


 とりあえず今は情報収集をしながら、この世界のことについて学んだ方がいいだろう。

 そうだ、そうしよう。


 するとしばらくの沈黙の後、ギルド長が口を開く。


「……ふむ、私を警戒する君の気持ちは分かるがね、そうもいかんのだよ。この町のギルド長である私の孫ということは、ギルドの力で保護を約束したというだけでなく、息子である領主の息子ということにもなる。異端をどう扱うか分からぬ教会や、民を自らの道具としか考えていない貴族たちの目から君を守るには、この方法が一番確実なのだ」


 なんと、このギルド長は貴族だったらしい。

 いや、息子が領主だと言っているということは家督を譲ったわけだから違うのかな?

 そこらへんのルールがよく分からない、あとで調査しよう。


 だがこうして話を聞いてみると、このギルド長の言っていることは事実のように聞こえる。

 当然全く利害を考えていないわけではないだろうけど、少なくとも何割かは俺の身を案じて言ってくれていることなのだろう。


 そうでなければ、明らかに貴族ではない冒険者ガイがここまで信用を置くというのも、またおかしな話だ。

 それに相手は俺がギルド長を貴族として認識しているという前提で話している。

 これはどういうことかというと、自分がそれだけ有名であり、力のある貴族だという証明に繋がっているのだろう。


 身の程知らずの己惚れ貴族でない限り、そのはずだ。

 そして身の程知らずに人望はなく、このギルド長には人望がある。

 つまり、事実として力があるということらしい。


「うーん。ま、いいか。じゃあお言葉に甘えます」

「宜しい。ではそのように手配しよう」


 とりあえず身分証はもらえたわけなので、分からないことはあまり深く考えず受け入れることにした。

 先ほども考えたが、やはり情報は大事だ。

 しばらくは情報収集に徹し、それから冒険しよう。



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