冒険の準備4
回復魔法を使えると聞き、静まり返る冒険者ギルドの室内。
はて、何をそんなに驚いているのだろうか。
予想では回復魔法も攻撃魔法と同様で、レアスキルではあるが勇者や聖女なんていう上位職業と比べたら、どこにでも転がっているスキルだと思っていたのだが。
そもそも、俺がキャラクターメイキングする時に選べたのは基本職業だけだ。
基本職を2つ以上極めて得られる複合職や、最初から優遇されている上位職なんかに比べたらなんてことはない一般人である。
当然神官だってそうだし、神官が一般職なら回復魔法だって一般スキルだろう。
「あの、どうかしましたか?」
「えっとね? 回復魔法っていうのはすごーく、難しい魔法なのよ? 技術は教会が秘匿しているし、聖者や聖女、聖騎士や神官でもないあなたが回復魔法を使えるはずがないのよ?」
いや、俺はその神官そのものですが?
ちゃんと職業も取得している。
あ、もしかしてアレか、見た目が平民だから神官だと理解してもらえないのか。
なるほど、それは失礼した。
人間って見た目から入るからね、見た目って重要だ。
とはいえ魔法が使えるのは事実なのでゴリ押すことにした。
どうしても身分証は欲しい。
「でも、こう見えてかなりの修行を積んでるからねー。まだ効果は弱いけど、ちゃんと回復魔法は使えるよ」
「そ、そう。そこまでいうなら、見せてもらいましょうか。……ガイ、ちょっと手伝いなさい」
「おう」
俺の言葉に顔を見合わせ、何事かを始めようとする受付嬢と冒険者。
だが見せてくれっていうならやぶさかでもない、実際に証明できるチャンスはこちらからも願ったり叶ったりだ。
そしてガイと呼ばれた冒険者が俺の前までやってきて、腕組みをする。
見た感じかなり強そうで、鋼鉄製の武具に身を包んだその出で立ちは俺を瞬殺できそうなほど逞しい。
まあ当たり前か、だって俺はレベル3だし。
鑑定するまでもないな。
「ボウズ、回復魔法ができるって言ったな」
「できるよー」
「なあ、今ならまだ間に合うぜ? 嘘なら早めに取り消した方がいい。……神官でもない奴が回復魔法を使えると偽ったとなりゃ、この国では重罪だ。まだここからなら、子供のお遊びってことで済ませられる」
なるほど、やけに周りの冒険者に緊張感があると思ったら、そういう裏があったのか。
というかよく考えたらそりゃそうか、たぶん一般職云々っていう概念を持っているのはプレイヤーである俺だけで、この世界からしてみれば神官っていうのは医者だ。
さらにここは教会っていう宗教組織が神官をまとめ回復手段を牛耳る異世界であり、そういった組織がある以上は教会が大きな権力を持っていると想定するのは容易いことである。
もっと言えば、回復手段の多くを持つ教会という権力組織は、王族や貴族なんかに対しても強気に出れる強大な組織だ。
王族は聖職者ではないので回復手段が乏しく、命を大事にする権力者なら回復魔法を大事にするのは想像に難くない。
もちろん錬金術師の回復薬や、教会で修行はしたが所属を離れて貴族に仕えたり、冒険者に身をやつすハグレ神官だっているだろう。
だが、今の俺はそのどれにも当てはまりそうにない。
当然こういう展開になる訳である。
これが本当にブラフとかだったら目も当てられない展開になってたな、気をつけよう。
「でも、本当に使えるからねー。取り消すつもりはないよー」
「……そうか、分かった」
ガイはそれだけ言うと、いきなり自分の腕をナイフで引き裂いた。
血がドバドバ出ている。
……って、えええええ!?
何やってんだお前!?
回復魔法を見せろってそういうことかよ、正気か!?
いや、確かにそりゃ確実な方法だろうけどさ、別にそこまでする必要ないじゃん!
もうちょっと優しく手加減できなかったのか!?
「ほら、早く治してみろ。なに安心しろ、ボウズが本当に回復魔法を使えたなら、ちゃんと魔法一回分として正規の報酬を支払ってやる」
そういう問題じゃねーよ!
こんなんで報酬貰っても後味悪いわ!
だがこのまま見ているわけにもいかないので、仕方なく俺は彼の傷を癒すことにした。
治ったら一発殴ってやる、もっと自分を大事にしろ。
「……痛いの痛いのとんでいけぇ~」
「……なにっ!!!」
「う、うそ」
詠唱とか技名とか特に理解していない俺は、スキルの力に身を任せて回復魔法を使用する。
とっさに思いついたのが「痛いの痛いのとんでいけ」だったのだが、まあ呪文を唱えるセンスとかそういうのは本職の聖職者ではない俺の専門ではないし、適当でいいだろう。
そして回復魔法の発動と共に冒険者ガイの傷は徐々に癒えていき、その回復速度は決して早いとは言えないものの、時間をかけ確実に完治していく。
もっと浅く傷をつけてくれたら楽に治療できたのだが、あいにく血がドバドバでるほどに深く傷をつけていたため、レベル3の俺では少し手古摺った。
魔力が体からだいぶ抜けてしまったせいか、ちょっと倦怠感があるほどだ。
「ほら、治ったよ」
「本当、だったのか……」
「信じられないわ……」
やはり俺が治療できるとは信じていなかったようで、驚きの顔を浮かべ呆然とする二人。
はぁ、疲れた。
「じゃ、これで冒険者ギルドに登録してもいいよね? 一応近接戦闘にも力を入れてるし、どこかのチームが仲間にしてくれれば活躍できると思うよ」
「おいイリス、こりゃやべぇぞ」
「ええ、分かっているわ。……坊や、ちょっと悪いけど奥の部屋の方まで来てくれないかしら? お話があるの」
お話があるの、という割にはイリスと呼ばれた受付嬢は俺を強引に奥へと引き摺っていく。
おいおい、今度はなんだ。
俺は野良の神官少年じゃダメなのか?
早く冒険者になって身分を安定させたいんだけど……。
しかしそんな願いも虚しく、逃げ出そうとしても女性とは思えない怪力と、後ろからついてくる冒険者ガイの監視の前では無力であった。
どうやら野良の神官少年というのはそれはそれで、何か問題があるらしい。
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