冒険の準備3


 そろそろ町が見えてきたので鉈を次元収納にしまい城壁に辿り着くと、門を守護する兵士に声を掛けられた。

 この世界初の第一村人、もとい第一町人は目の前のやる気のなさそうな兵士のようだ。

 歳は本来の俺と同じくらいだろうか?

 大した成果は得られないとは思いつつも、ちょっと鑑定してみる。


【兵士】

ものづくりがとくい、つよい。


 なんか鑑定の表記が若干変わったな、情報量が増えている。

 以前だったら「つよい」か「よわい」だけだったのに、今はなんと得意分野が出ているようだ。

 錬金術師のレベルが上がったからだろうか。

 まあとにかくこの門番は兵士のくせにモノづくりが得意らしい。

 だからなんだという感じではあるが。


「おじさん、こんにちは」

「お、どうしたボウズ。町の外は危ないぞ? ホラ、さっさと中に入った入った」

「はーい」


 子供のフリをして挨拶をしたら、町の人と間違えられて城壁の中へと連れていかれた。

 特に身分証を出せとか、お前どこから来たとか、そういうことは聞かれていない。

 やはり見た目が10歳だからだろう、相手は完全に油断している。


 これが孤児みたいな恰好をしてボロボロだったり、良い物を食べておらずガリガリだったりしたら話は別だっただろうけど、あいにくこの異世界の服は新品で10歳の時の俺はごく普通の地球の民だ。

 別にいままで虐待とかされていたわけでもないので、ちゃんと筋肉も脂肪も標準的にある。


 そんなどこから見てもただの子供が、一人寂しく町の外で暮らしていたなんていうのもおかしな話だし、他の村からやってきたにしては親もいないし武器もない。

 どこからどう見てもイタズラで町の外に出た平民の子供なわけだ。

 だから兵士も俺にわざわざ身分を問いたださないのだろう。


「ありがとーおじさん!」

「おう、もう勝手に外に出るんじゃねぇぞ? 親御さんだって心配するからな」

「はーい」


 そのまま子供のフリを続行し、兵士と別れる。

 難なく町の中には入れたので、ひとまず潜入作戦はミッションクリアだ。

 次はホーンラビットを売却する手段を探そう。


 ちなみに、この世界を創造した俺ではあるが、人間種の文化までは知らない。

 原始時代の頃はずっと生活を眺めていたけど、そこから先はキャラクターメイキングをしている時に勝手に時代が進んでいたので、どういう流れで中世時代にまで至ったか分かっていないのだ。

 なのでまた子供のフリをして道行く人に尋ねることにした。


 最初のターゲットは露店で果物らしきものを販売しているオバちゃんだ。


「おねえさーん」

「あら、可愛い坊や。お姉さんだなんて嬉しいわねぇ」


 まずは第一手としてリップサービス。

 こちらとら異世界でのお金が無いので、モノを買うことで自然に話の流れを作り、情報を引き出すということができない。

 ならばお金の代わりに相手をおだてて気分を良くさせるのは定石だ。

 社畜用語では接待ともいう。


「お母さんから後でホーンラビットを売ってきてって言われてるんだけど、どこにいけばいいか知ってる?」

「それなら革屋さんか、冒険者ギルドだねぇ。場所は知っているかい?」

「知らなーい」

「まあそうさねぇ、子供には関係のないところだもの」


 リップサービスに気を良くしたのか、オバちゃんはスラスラと答えてくれる。

 難なく店の場所を聞き出した俺はまたもやミッションを達成し、今度は冒険者ギルドへと向かうことにした。

 チョロいぜ。


 売りに行く場所は革屋か冒険者ギルドが良いとオバちゃんは言っていたが、詳しい話を聞くと肉は革屋に持っていってもはした金にしかならないようなので、まとめて買い取ってくれる冒険者ギルドに行くことにした。

 どうやらオバちゃんはホーンラビットの肉を家庭で食べて、皮素材だけを売却する目的なのだと勘違いしていたようだ。


 ちなみに冒険者ギルドの場所は幸いなことにすぐ近くにあり、見た目もそこらへんの建物より立派であるためすぐに見つかった。

 冒険者というくらいだから戦闘を生業とする者達が多いのだろうし、絡まれたら怖いから万が一に備えて鉈を装備して建物に入る。

 右手には鉈、左手にはウサギの構えだ。


「おじゃましまーす」

「あら、どうしたのボク? おつかいかな?」

「そうでーす」


 入った瞬間に酒を飲んだ荒くれ者たちがこちらをチラ見するが、俺を親のおつかいを達成しに来た子供だと見るや興味を失い、すぐに元の談笑に戻っていった。

 声をかけてくれた受付けのお姉さんは俺の対応をしてくれるようなので、カウンターにホーンラビットを乗せる。

 首を折って倒した、俺の初獲物のウサギだ。


 他にも鉈で倒した獲物はいくつかあるが、一番損傷がなく高く売れそうだったので売却第一号はこいつに決定。

 受付のお姉さんはにこやかに獲物の検分をはじめ、傷の有無などを隈なく確認している。


 待っていても暇なので、お姉さんに鑑定をかけてみることにした。


【受付嬢】

こうげきまほうがとくい、つよすぎる。ぜったいに、てきにまわすな。


「ブフゥ!? ゲホッ、ゲホッ」

「あら?」


 あまりの鑑定結果に思わず咳き込んだ。

 さすが冒険者ギルドの職員だ、まさか鑑定さんがビビって警告を出すとは思わなかった。

 そうか、強すぎるのか。

 どうやらキャラクターレベル3程度では手も足もでない存在らしい。


 攻撃魔法が得意と解説にはあるので職業は魔法使いの線が濃厚だが、とはいえ別にこの世界で魔法使いでなきゃ魔法が使えないとか、そういう事はない。

 別に職業が剣士だって、槍を鍛えれば槍の扱いは上手くなるし、魔法使いだって同じだ。


 その証拠として、創造神の奇跡で齎された「職業」という概念が無かった時代にも、人類で初めてハイ・エルフになった女性ララ・サーティラは英雄ダーマを助けるために魔法を使った。

 もちろん職業があった方が成長はしやすいだろうけど、それが人間の可能性の全てではないからな。


 この大雑把な鑑定結果で職業を断定するのは愚かなことだろう。

 そもそもどういうルールで職業が決定されているのか、創造神である俺が理解していないし。


「あ、いえなんでもないです」

「そう? そうねぇ、このホーンラビットなら銀貨2枚といったところね。買い取り希望かしら?」

「はい、それでお願いしまーす」


 俺は銀貨(ただし価値は不明)を受け取り、ポケットに入れるフリをして銀貨を次元収納する。

 さて、とりあえずお金は手に入ったので次は身分証の確保だ。

 お姉さんに聞いてみよう。


「あと、冒険者ギルドに入りたいです」

「あら?」


 お姉さんは獲物の買い取りだけだと思っていたようで、俺の提案に不思議な顔をする。


「てっとり早く仕事がしたいので」

「あ、あー……、なるほどねぇ。そうきたか」

「登録できますか?」

「まあ、できないことはないんだけどねー。でも、坊やは戦う力を持っていないでしょ? 冒険者っていうのはこう見えて大変なのよ?」


 受付嬢のお姉さんがそう言うと、そうだそうだと後ろから冒険者の野次が飛んでくる。

 どうやら子供が仕事の大変さを理解せず、危険なことをしようとしていると思って諭しているらしい。


 もちろんワイバーンに食われた経験を持つ俺から言わせてもらえば、そんなのは百も承知だ。

 むしろレベル3で危険な狩りを一人でしようとか、そんな己惚れは無い。

 だが、ならばどうするか?

 もちろん答えは既に用意している。


「大丈夫です。僕、魔法を使えます」

「え? 魔法?」

「魔法だぁ? 馬鹿言っちゃいけねぇぞボウズ! 魔法使いってのはなぁ、お貴族様が子供の頃からお勉強をして、その中でさらに適性のある子供が取得できる職業なんだぜぇ? 平民には無理なんだよ、ガハハハ!」


 そういって笑う冒険者は、おそらくこちらの身を案じて言ってくれているのだろう。

 出来ない事を出来ると言い、無理して背伸びをしようとしている少年を狩りで死なせないため、という気遣いが窺える。


 とはいえ、的外れな指摘ではあるが。


「違います。僕は攻撃魔法ではなく、回復魔法が使えるんです」

「…………」

「…………」


 そう言った瞬間、ギルドは静寂に包まれた。



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