冒険の準備2
町でチンピラとの一戦を終えた。
とっさに魔法を使ってしまった事故があるとはいえ、その後は何事もなく自宅に帰還する。
帰り際に女の子が不思議なことを言っていたような気がするが、必死に逃げていたのでよく覚えていない。
まあ、あの美少女が回復魔法を手品と思うか超常現象だと思うかは分からないが、一般人の一人に見られたところで困りはしないだろう。
誰か他人に言いふらしたところで、「頭大丈夫?」と思われるのがオチだ。
気にすることはあるまい。
色々あったが、とにかくホームセンターやコンビニで買ってきた荷物を収納し【ストーリーモード】を確認すると、既に画面はキャラクターの修復を終え待機モードとなっていた。
どうやら既に1時間が経っていたらしい。
さっそく俺は【ストーリーモード】を選択して、異世界に飛ぶ。
これだけ時間が経っていればもうワイバーンもどこかに行っているだろう、あいつは龍でも竜でもなく、ただの野生動物だからな。
食料となる獲物が居なくなれば次の狩場へと向かうだけだ。
「うん、体調に問題はなし」
異世界へと降り立つと、一度頭が食われていたはずの俺の身体は、何事もなかったかのように万全の状態だった。
アプリで次元収納の格納内容を確認すると、ちゃんと武器となる鉈を確認できたので、さっそく装備してみることにする。
そして振り回す。
鉈を振り回してみると、特に武器の扱いを習ったわけでもないのに手にしっくりと馴染み、どう動けば戦えるのかがなんとなく分かる。
これが職業剣士とかだったら、もっと刃物の扱いに特化していて良い動きができたのかもしれないが、戦士のままでも文句のない十分な性能だ。
準備運動もそこそこに、俺はアプリの世界地図で現在位置を確認し近くの町を探す。
このままもう少し肩慣らしをしたいところだが、あまり遊んでいてワイバーンの時の二の舞になるのはごめんだ。
低レベルのうちからこんな物騒な森でウロチョロしていたくはない、さっさと抜け出してしまおう。
世界地図を確認すると、ここはどうやら魔大陸からかなり大きく離れた大陸のようで、現在の人間種が最も多く暮らしている場所のようだ。
魔大陸を基準にすると、そこを囲むようにして龍神とその仲間が強い勢力を持つ島々が魔大陸を取り囲んでおり、そのさらに外側に人間の暮らす無数の島やいくつかの大陸がある。
恐らく龍神は魔神の勢力がこれ以上世界に瘴気をばら撒くことのないように、魔大陸を監視し警戒しているのだろう。
魔大陸を囲むようなこの布陣はまさにそういった印象を受ける。
人間が最も多く繁栄しているこの大陸には植物の最終進化形である世界樹があるようで、そこにもヒト族に限らず、大勢の人間種が暮らしているようだ。
ここからはちょっと離れているが、いつか行ってみたいものである。
そしてだいたいの世界情勢を確認した後に付近の町を確認すると、そう遠くない場所に人間種の町があった。
この距離ならば日が暮れる前に辿り着けそうである。
時間の流れが違うだろうし地球と時間を比較しても意味が無い以上、現在この世界が何時なのか分からないが、太陽はまだ真上にある。
ということは昼だろう。
「さてと、行きますかね」
周りの草などを鉈で切り分けながら、アプリの地図を確認しつつ一直線に町へと進んでいく。
ついでと言ってはなんだが、【神託】の機能を使い龍神に連絡を取る。
あの時の俺はしょせんゲームだと神託の機能について詳しく考えていなかったが、今は状況が違う。
恐らく遥か太古の原始時代、龍や竜が人間を襲わなかったのは【神託】で「人間を絶滅させるな」と指示していたのが原因のはず。
今ならそれが、ハッキリ分かる。
その上俺は「この世界をよろしく」と頼んでしまっていたので、それを真に受けた龍神やその眷属たちは魔神から世界を守るように魔大陸を島々で囲い、今も尚警戒を続けている。
たかが一度【神託】を受けただけでこの働きようである。
龍とかマジなんて律儀な奴なんだと思わざるを得ない。
まだレベルの低い俺にできることは少ないが、労いの言葉くらいはかけてやるべきだろう。
いずれボーナスとかも支給したい。
「えーっと、うん。この世界でも【神託】は使えるな。メッセージを開いてと……」
足をすすめながらも【神託】のメモ帳欄に次々と文章を書き込む。
内容はもちろん今まで苦労をかけたことへの労いとか、いつかその働きに応えたいこととか、あとはもう既に知っているだろうが、人間の【勇者】はめちゃくちゃ強いから魔神戦で力を貸してやれとか、そういったことだ。
そして最後に俺は自分がこの世界に降り立ったことを伝え、メッセージを送信した。
龍神の奴がどんな事を想うか分からないが、まあ根が真面目な奴だ。
きっとまた何かアクションを起こすだろう。
あとは放置でいい。
そんなやり取りをし、時折飛び出てくる野生のホーンラビットを鉈で瞬殺しながら進んでいるとようやく町が見えてきた。
職業レベルもそれぞれ一つあがり、レベル3になった頃の出来事だ。
「お、見えた見えた! あれがこの世界の町か! ……もう完全に文明が成り立ってるな、城壁とかの作りがかなりしっかりしている」
およそ中世といったところだろうか、そのくらいの出で立ちである。
俺は期待に胸を膨らませ、早足で町を目指すのであった。
◇
その日、世界は震えた。
龍神が新たなる神託を得たのである。
【神託】を受けてからというもの世界の守護を担う龍族の神、龍神は太古の時代から世界を守らんとしてきた。
同様に植物の神と呼ばれ自然の管理を司る世界樹、またの名を豊穣の女神や精霊神などとも目される彼女とも連絡を取り合い、力を尽くしてこの世界を守ってきたのである。
龍神にとって創造神とは父のような存在であった。
自分を生み出したこともそうだが、ある日父を裏切った魔神とその眷属の瘴気が大陸に蔓延り、世界が危機に陥った時も父は龍神の願いを聞き届け、職業という奇跡を
人間という種族を創造し生み出したのも伏線だったのだろう。
父はいずれ世界を守護するはずの龍族の中から裏切り者がでることを理解しており、最強であるはずの龍神でも抑えきれない魔神とその眷属の存在を感知していた。
だからこそ父は人間を創造し、来たるべき日に備え人間種を繁栄させ力を付けさせた。
そしていざ世界が危機に陥れば龍族と肩を並べ共に戦う者たちとして、【勇者】や【聖女】、【剣聖】や【賢者】といった者たちを遣わしたのだ。
龍神は眷属の居ない所で、ひっそりと感動に打ち震えた。
自分や世界樹が創造神である父に守られ、愛されていることを痛感したのだ。
思い出すのは【神託】や【勇者】たちとの出会い、人間との出会い、父が
父が守れと言った人間も、この世界も、素晴らしい物だった。
そして守護の役目を担ってきた私たちに対し苦労をかけたと、そう言ったのだ。
思い返した時、龍神の瞳に力が宿った。
「こうしてはいられない。さっそく此度の神託を
個体として最強の力を持つ龍神は動きだす、父の期待に応えるために。
しかしこの時の決意が今後どういった形で世界に影響を与えていくのか、そのことを当の創造神、
もし彼が後に龍神の過剰なまでの反応を見れば、きっとこう言うだろう。
「やべぇ、やっちまった」と。
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