第五話 下級兵士の焦燥
『ふん、お前如き汚い平民など初めて私の実力を公に披露する場にとって役不足も甚だしい。が、まぁいい。代わりと言っては何だが徹底的にいたぶってやる』
どこから来る自信か知らねぇが、奴は俺の顔を見るなりそう言い放った。
とは言っても、実際のところ試験官がこの将来有望な武闘派上位貴族の御曹司の為に、お披露目の引き立て役として田舎者の俺を選んだらしい。
採用試験だってのに同期の受験者や試験管の他にも貴族連中が見物人として観覧席に座ってやがったしな。
恐らく王都住まいでもねぇ地方からのお登りなガキを使って、貴族支配と言うこの国の常識を知らしめる為の生贄にするつもりだったんだろう。
だが俺は勝利した。
……いや、
なんせ俺は田舎者だったからよ。
相手が貴族だと言う意味も考えずに本気で戦ってしまったんだ。
まぁ、奴の言葉に少しカチンと来ていたのは確かだけどな。
いくら将来有望だと言っても、ちやほやされて育った貴族のお坊ちゃんじゃ、日頃から死と隣り合わせの環境で生き抜いて来た俺に勝てる訳がねぇ。
奴の行儀の良いとろい剣を弾き飛ばし、返す剣で思いっきり叩きのめしちまった。
瞬殺と言って過言じゃねぇあっけない幕引きだ。
しかし何故か俺は騎士道にもとる卑怯な手を使ったと難癖を付けられて反則負けとなり、騎士隊試験は不合格。
しかも貴族の御曹司に大怪我を負わせた罪に問われ、すぐさま牢獄行きだ。
まぁ、その場で処刑されなかっただけでも御の字か。
その後この試合は存在を抹消され目撃者に対し『喋った者は厳罰に処す』と言う緘口令が敷かれた。
勿論俺も含めてな。
三日後に恩赦だなんだと言われ選択権も無しに奴隷同然の下級兵士見習いとしてこき使われる羽目になっちまった。
実際は恩赦なんて優しいもんじゃなく、あいつが担架で運ばれる時に『お前は俺の手で殺してやる!』と叫んでいたのが理由だろうな。
最初は俺に同情して優しかった平民出の兵士もいたんだが、兵士生活が長引くにつれて雇い主である王国の思想に染められたのか、貴族に歯向かった馬鹿として扱われる様になっていった。
どうやら俺の処遇は、貴族至上主義のこの国でお貴族様に楯突くとこうなるぞって見せしめの意味も有ったらしい。
って、知らねぇよ!!
最初から言っててくれよ! お前はお貴族様の名誉の為に大人しく負けろってな!
くそっ! この国の貴族達は腐ってやがるぜ。
「あの方が負けたなんて話は聞いた事有りませんが……。あなたの事ですもの、その話も嘘じゃないのかもしれませんね」
当時の事を思い出し心の中で悪態を吐いていると、彼女は少し訝しげな目をしながらも、今度は俺の言葉を信じてくれたようでそう答えてくれた。
しまったな、ちょっと格好付けたくて喋っちまったが、嘘だと笑い飛ばすのかと思っていたぜ。
俺が罰を受けるのはいいけど、これ以上彼女の立場を悪くさせるのは避けなきゃなんねぇか。
「ははっ、今度は信用してくれたか。だけどよ、今の話は黙っておいてくれないか。その事を喋ったら処刑するぞって口止めされてるからよ」
「フフッ。確かにあの方の性格なら有り得ま……す……ね」
彼女の言葉は笑みと共に零れた軽いものだったのだが、語尾につれてとても重いものとなっていった。
そして彼女は悲しげな表情を浮かべ俯き押し黙る。
一瞬その意味が分からなかったが、すぐに思い至った。
彼女の身に降り掛かった追放劇に、その御曹司が関わっているんじゃないのかって事に。
くそっ! 本当に自分の馬鹿さ加減が嫌になるぜ。
褒められた事に浮かれちまって、ベラベラと余計な事を言っちまった。
彼女が貴族だと分かっていたが、まさか上位貴族の御曹司と知り合い……いや『あの方』と声を弾ませたその口振りからすると、ただの知り合いじゃないのだろう。
友達……もしかしたらそれ以上の仲と言う事も……。
そんな考えが頭に過ぎった瞬間、彼女の言葉の重みがそのまま俺の心を押し潰す重みとなった。
あぁ、だめだ、だめだ。
俺は軽く頭を振りその考えを丸めて捨てる。
本当は捨てられてはいないのだが、生まれて初めて湧いた馴染みの無いこの想いの取り扱いが分からない俺は、自分に嘘を吐かなきゃ本当にどうにかなっちまいそうだ。
全く信じられねぇぜ。
他の奴等はどうやってこんな
少しばかり重苦しい空気が俺達の間を取り巻く中、目的地を目指して馬車は進む。
その道中、彼女はこの空気を感じ取り俺に気を使ったのだろう、無理して明るい声を出して俺の美味い物武勇伝を聞きたがってきた。
悲しい現実から逃避したい気持ちも有ったのだろうが、言葉の節々に俺に対する心遣いが感じられる。
本当に優しい娘だ。
なぜこんなに優しい娘が追放されなきゃなんねえんだ?
……いや、
この国は貴族には平民に対する優しさなんて不要な感情だとでも言うのか?
ふざけるなっ!!
初めて湧いた感情の奔流に惑わされ冷静な判断が出来ていないのは自覚してはいたが、今まで受けて来た貴族達からの仕打ちも相まって、彼女に対する答えの出ない憶測が次々と積み重なっていく。
矯正施設と呼ばれる修道院に入っちまうと、彼女も他の貴族達同様に俺達平民に対してゴミを見る様な目を向けるのだろうか?
そんなの嫌だ……もし彼女が望むなら、このままどこか遠くへ連れ去りたい。
…………。
ダメだ、本当に俺はどうかしちまったようだ。
会って数刻の年下相手に何考えてんだ?
それに何処か遠くへ連れ去りたい? 何処に行くってんだよ。
そもそも彼女がそんな事を望む訳がねぇじゃねぇか。
勝手に盛り上がってキモいっての!
この国じゃ貴族以外まともな暮らしは送れねぇ。
彼女の幸せを思うならば、俺をゴミ扱いしようと貴族に戻れる方を考えるべきだ。
そうだ、それが一番良い事なんだ。
ならば俺の出来る事は、彼女の心遣いに応えて残り少ない道中の間、少しでも楽しませてやりゃあいい。
「知ってるか? スライムってのは下拵えさえちゃんとすれば食えるんだぜ」
「まぁ! スライムをですか?」
あえて明るい声で彼女に話しかける。
すると、これも彼女の優しさなんだろうな。
明るい声でそう答えてくれた。
「あぁ、つるっとした喉越しでわりといけるんだ。ここいらじゃ知られてないみたいだが、俺の村じゃ夏の風物詩で皆食ってた」
「それは、ちょっと食べてみたいかも」
「すまん、さすがに鮮度が大事なんで保存食には出来ねぇから持ってねぇんだ」
「そうですか、残念です。……あなたは本当に優しい方ですね」
ゲテモノ食いの馬鹿話の途中で、急に彼女が声を潜めてそう言った。
その言葉にまた心臓が跳ねる。
俺が優しい? 一体何の話だ?
俺は一瞬でもあんたを誘拐しそうになっちまった危ない奴だぞ?
まぁ、そんな俺の狂った妄想なんて知らないからそう思えるんだろうけどよ。
「やめてくれよ。俺はろくでもない男だ。上官から無能無能といっつも言われてるしな」
「あんなにお強いのに?」
「はははっ! 騎士様達は自分より目立つ平民なんか要らねぇのさ。魔物討伐にしても目立つ魔物は騎士様の栄光を示す為の見世物だしよ。俺達の仕事は主に門番や荷物運び、果てはドブ掃除くらいなもんだ」
近頃じゃ大きな戦もねぇこの王国じゃ、騎士様が手柄を立てる手段は魔物退治や山賊退治くらいなもんだ。
たまに雑魚共の掃討に借り出されたりするが、そもそも王都周辺なんて大した魔物は寄り付かねぇもんだ。
要するに手柄の取り合いに平民如きが顔を出すなって事だな。
「そうなのですね。知りませんでした」
「いやいやこんな平民の戯言なんて忘れてくれ。そんな事よりすまねぇな。俺は口が悪いから不快なんじゃねぇのか?」
「いえ。変に気を遣わず自然体で話してくれたことが嬉しいのです。先程は酷い事言ってすみません。そして助けて頂いてありがとうございました。……に…あなたの様な方と出会えてよかった」
彼女は俺に対しそう言って頭を下げた。
その姿を見て頭が真っ白になる。
俺の口の悪さを嬉しいと言ってくれた事や俺と出会えてよかったと言ってくれた事じゃねぇ。
何故か『あなたの様な方』の前にとても小さい声で『最後に』と言う言葉が聞こえた気がしたからだ。
それはまるで今生の別れの言葉のように……。
俺は何を言っている? それで正しいだろう。
実際彼女を修道院に送り届ければ、俺達が会う事なんて二度と有り得ない。
今生の別れなのは間違いねぇさ。
「おいおい頭を上げてくれよ。お前さんを無事に修道院まで送り届けるのが仕事なんだから気にすんなって。それより修道院で暫く過ごしてたらまた王都に戻れる日も来るだろう。それまで一生懸命お勤め頑張れよ。俺が言うのもなんだけどな。あははは」
「そう……ですね。頑張ります……」
俺の励ましに力無く答える彼女。
まるで出会った時みたいな死人如きな彼女の顔。
なんでそんな顔をするんだ?
最後くらい元気な彼女の姿が見たい。
「どうした? また腹でも空いたのか?」
「ち、違います! もうっ! 酷いですわ! 真面目にお話しているのに!」
俺のふざけた言葉に彼女は顔を上げて抗議の声を上げる。
しかし、すぐに笑顔となり笑い出した。
「ぷっ! 本当にあなたは面白い人ですね。そしてやっぱり優しい人です。今日あなたと会えた事は私にとって本当に幸せな事でした」
「だ~か~ら~。そんな言い方されると恥ずかしいっての。さぁあと残り少しだ。最後まで俺がお前さんを護り通してやるからよ。安心して座ってろ」
「はい。分かりました。最後まであと少し…………(ううん、どこまでも私を連れて行って……そう、この地の果てまで……)」
彼女の言葉は馬車の音でかき消されて聞こえなかった。
しかし、俺の耳に届かなかった言葉はとても大切な物の様な気がした。
「ん? なんか言ったか?」
「いいえ、何でも有りませんわ。最後までどうかお願いしますね」
「お、おう。 任せとけって」
彼女の笑顔に誤魔化されそれ以上尋ねる事が出来なかった。
とても大切な言葉を取り零したのではないか? そんな焦燥が俺の胸をざわつかせる。
しかし、俺達の旅の終わりは確実に近付いていた。
赤く照らす夕日の中、馬車は二人を乗せて旧街道を進む。
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