第六話 下級兵士の疑念
「おい! そこの馬車、止まれ!!」
夕日も深く傾き修道院まで残り数刻となった頃、峠の下り道も終わりに差し掛かり両脇を崖に囲まれた少し開けた場所に出た途端、俺達の行く手を阻む奴等が現れた。
と言っても、今度は山賊なんかじゃなく王国の全身鎧に身を包んだ二人の騎士様だ。
二人共手に長槍を持ち、街道を塞ぐように構えている陣の入口に並ぶように立っている。
その様子からすると、どうやらここで検問を行っているようだ。
街道を遮る馬防柵の向こう側には小さな天幕が幾つか見えた。
そこには複数の騎士の歩く姿も見える。
全員胸に赤と青の二本の剣が交差する意匠を象った同じ部隊マークを付けている事から人数的にもどうやら騎士分隊と言うところか。
そのマークに見覚えが有る気もするが、わりとありふれたデザインだし勘違いかもしれねぇな。
ふと気付くとそいつ等全員が俺の方に顔を向けていた。
フルフェイスの全身鎧を身に付けているので表情までは分からんが、まるで俺の事を値踏みするような感じで様子を窺っているようだ。
何だ? 俺を怪しい奴だとでも思っているのか?
曲りなりにも今は兵士隊の制服着て旧式のボロとは言え王宮仕様客馬車なんだから、歓迎とまでは行かなくとももう少し柔和な態度を取ってくれても良いと思うんだが。
そもそも一体なんでこんな辺鄙な場所に検問所なんて作ってんだよ。
寂れた街道の警護ご苦労様ですと言いたい所だが、やるならもっと本気出せ。
俺さっき襲われたんだからな。
検問やるんなら周囲の巡回もちゃんとしろ。
検問所のすぐ近くで山賊共が暴れてるって、これ完全に山賊共に舐められてるからな。
マヌケにも程があるぜ。
と、色々と言いたい事は有るが、俺も一応王国の兵士な訳だからそこはグッと飲み込む。
「騎士様、ご苦労様です」
俺はにこやかな笑顔を浮かべながら心にも無い言葉で門番をしている騎士達に挨拶をした。
正直騎士に笑顔を向けるなんざ背筋に怖気が走る気分だが、俺もいい大人だしな。
なんせ下級兵士とは言え、一月の給料が村での収入半年分にはなるんだ。
下手に怒らせて減給やら除隊やらさせられたら堪らん。
これが文句言いながらもこの職を辞めない唯一の理由。
俺の立身出世の夢を信じて笑顔で送り出してくれた母ちゃんへの仕送りの為にも、これくらいのおべんちゃらは安いもんだ。
「その馬車!? お前どうやってここまで……」
「おい……」
「おっとすまねぇ」
ムカつきながらも適当に相手して検問をやり過ごそうと思ったが、片方の門番が横柄気味に気になる言葉を口した途端、隣に立っていたもう一人の門番がその腕を掴み続く言葉を遮った。
その行動に横柄な門番は怒りもせずに止めた奴に謝っている。
こいつ等もフルフェイスの兜なんで表情は分からないが、所々の仕草から焦りの感情が見て取れた。
なんだ? 今のはどう言う意味だ?
どうやってここまでって、馬車に決まってるだろ。
見りゃ分かるじゃねぇか。
そもそもおまえ自身『その馬車』って言ったよな?
と言うか何故隣の奴は言葉を遮ったんだ?
横柄な態度を咎めた訳じゃなさそうだが?
そんな俺の心のツッコミが表情に出ていたのだろう。
腕を掴んだ方の門番が前に出て事情を話しだした。
「すまないな。少々こちらも気が立っていた。実は先日やっとの思いで大物山賊団を倒したと言うのに、この周辺でまた山賊が出没すると言う報告が入ってね。修道院付の騎士としてその馬車に乗っている方をお迎えする為にここで待っていたんだ」
「あっ! なるほど。そう言う事ですか」
横柄な門番と違って、腕を掴んだ方の門番は丁寧な物言いだ。
とは言え、笑顔でそう言ったものの、心の中ではムカついてる。
彼女を迎えに来たとか言いながらこんな所に陣を張ってのんびりしてんじゃねぇっての!
さっきその山賊共に襲撃されたんだぞ?
俺じゃなかったら今頃彼女共々どうなっていたか分からん。
どうせ大丈夫だろうと高を括って、ここでサボってたんだろ。
まぁ、いいや。
文句を言って目を付けられても面倒だ。
ここで彼女とさよならなのは名残惜しいが、元より言葉を交わすのも有り得ない身分の差だったんだ。
修道院に入って行く彼女の姿を寂しく見送るよりも、ここで別れた方が俺のこのふざけた感情もバッサリ捨てられる。
それに追放された身と言えど、修道院でしっかりお勤めしていれば、いつかは恩赦だなんだで王都に戻って来れる日も来るだろう。
まぁ、その時はお貴族様精神に矯正されて俺の事をゴミみたいな目で見るだろうけどな。
それを思うと少し心が痛てぇが、この国じゃそれが貴族として当たり前ってやつなんだから、その方が彼女は今より幸せになれるだろ。
俺は心の中でアレコレ言い訳しながら、まずは山賊撃退を報告する事にした。
こいつ等の任務は彼女の迎えだが、彼女を受け取って『はい終わり』って訳にもいかんだろ。
修道院周辺に山賊が出没してるってのは物騒だしな。
恐らく何人かは山賊警戒の為にここに残って周囲の警戒任務に就くんじゃ無ぇかな。
だが、ボスと斥候一人を逃がしたと言え、そいつらは瀕死の重症だし事実上山賊団の壊滅したと言って過言ではない。
その事を報告したら無事任務完了ってな訳で、もしかすると晩飯がちっとばかし豪華になるぐらいの褒美は貰えるかもしれねぇ。
それがダメでも面倒クセェ死体の片付けを押し付けられる。
「あの~……」
「ところでお前一人か?」
「え? いえ、後ろに客が乗っていますが? それがなにか?」
山賊討伐の報告しようとしたら、先に横柄な方の門番が口を開いた。
なんだか出鼻を挫かれた気分の俺はとりあえず質問に答える。
しかし、こいつの言う事は一々意味が分からんな。
客馬車見て『一人か?』とか聞くか?
……いや聞いてもおかしくないのか。
よく考えたらこれはただの客馬車じゃねぇ。
ある意味貴族令嬢を修道院へ送る定期便だ。
元々貴族令嬢が護衛も付けずに人気の無い街道をやって来る事の方がおかしいんだ。
周囲に御者の俺しか居ないんだから確かめたくもなるよな。
なんかこいつの攻撃的な尋問口調の所為で、俺の方が少しばかり意固地になってしまってたようだ。
突然訪れた少しばかり早過ぎる彼女との別れの所為でイラついているのも理由なのだろう。
「えぇ、先日山賊は討伐されたからお前一人で十分だとか上司に言われまして。まさか貴族家の護衛も居ないとは思いませんでしたけどね」
「そ、そうか。それは……ご苦労だったな。で、山賊とは遭遇しなかったのか?」
騎士の態度に違和感を覚えた。
言葉自体は俺を労っているようだが、何処か戸惑いの色が見える。
それになぜ山賊と出会う事が確定している様な聞き方をするんだ?
『どうやってここまで』と『お前一人か』も改めて考えると、まるで俺がここに居たらおかしいと言っている様じゃないか。
ちょっとカマかけてみるか。
「いや~襲われませんでしたね」
「な、なにぃ!?」
なんだこれ?
一体どう言うこった?
こいつらの言動に不信感を覚えた嘘を吐いて反応を試したのだが、まるで有り得ないとでも言いたげな苛立ちを含む声を上げやがった。
「あれ? どうしました?」
「 ……い、いや。なんでもない。まぁ、運が良かったな」
すぐに取り繕ったようだが今更遅いだろ。
彼女の様子を確認しようと後ろを振り返ると、彼女の表情は先程まで笑顔は消え出会った時の様な死人の様な表情に戻っていた。
俺の嘘を訂正しようとせずに全てを諦めたかのような虚ろな顔の彼女。
ちょっと待て、彼女はこの状況に心当たりが有るとでも言うのか?
どう考えても嫌な予感しかしないんだが。
「それじゃあ通してくれませんか? この方を日が沈むまでに修道院へ送り届けないといけないんですよ」
俺はこの場に留まるのは危険だと思い、馬車を進めようとしたが二人の騎士が手に持つ槍を交差させ俺の行く手を阻む。
「おい! 聞いていなかったのか? その方を迎えに来たと言っていただろう。お前の仕事はここまでだ。その方を我々に引き渡してとっとと王都に戻るがいい」
少しばかり殺気を放ち明らかに俺を脅そうとしている。
どうやら嫌な予感は当たっているようだ。
「いや~勘弁して下さいよ。この届状に修道院長の受入署名が必要なんです。それ貰わないで帰ると上司から叱られちゃいますんで通して下さい」
「そんな事は知らん。お前は騎士に逆らう気か? 叱られるだけじゃすまんぞ」
俺の懇願に更なる圧を掛けて言う事を聞かそうと声を荒げた。
なんだこの状況。
こいつバカなのか?
そんな態度を取ると何か企んでるのがまる分かりじゃないか。
考えられるのはこいつら実は山賊なんじゃねぇの? って可能性。
王国騎士の装いだが、どこかでパクッたかって事も考えられる。
だとしたら彼女を渡す訳にはいかねぇ。
しかし全身鎧に武装した集団相手じゃ、闇夜の奇襲ならまだしもさすがに正面からの戦いは自殺行為だ。
なんとかこの場を切り抜けねぇと……。
「お前ら!! なにを騒いでいる!!」
陣に設営されている一際大きな天幕から少し高い怒鳴り声と共に一人の若い男が出てきた。
その男は他の騎士達と違い全身鎧を身に付けておらず、士官服に身を包んだ格好だ。
年齢は俺より一つか二つ下と言った所か。
少し癖毛がある金髪に眉間に皺を寄せながらも整った顔立ち。
ん? そう言えばこいつ見たことあるな。
つい最近もどっかで……誰だっけ?
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