第四話 下級兵士の油断


 ザシュ――


「ぎゃぁ!!」ドサッ。


 最後の手下を一刀のもとに斬り捨てた俺は、一人残った山賊団の頭目に向かけて剣先を突き出す。


「ふぅ。これで残るはお前だけだな。頭目さんよ」


 頭目は目の前で起こった出来事が信じられないと言った顔をしていたが、俺の言葉に正気に戻ったのかビクッと身体を震わせる。


「ば、馬鹿な……。俺達『赤熊団』がこうも簡単に全滅だと?」


「熊ぁ? どんだけ自己評価が高いんだよ。お前らみてぇな弱い奴らは兎で十分だぜ。これから『赤兎団』と名乗るんだな。と言ってももうお前だけだけどな。……ふん、こんなんじゃ気合入れた俺が馬鹿みてぇじゃねぇか」


 本当にがっかりだぜ。

 普段から数に任せての戦法だったんだろう。

 連携がなっちゃいねぇしそもそも個々の技能がお粗末すぎる。

 まぁ、元々有名な山賊が居なくなりその空いた隙間に入り込んでくるような奴等なんだ。

 この程度が関の山だろうがな。


 ……しかし『赤熊団』だっけ? なんか最近どっかで聞いた名だな?

 どこだっけ~? あっ!

 あぁ、そう言や有名な山賊団てのも確か『赤なんとか』って名前じゃなかったか?

 もしかして同じ奴等? ……っな訳ねぇか、有名人にあやかって似たようなのを名乗ってるだけだろ。


「くっ……こんな強ぇ奴を遣すなんて聞いてねぇぞ。クソッ! 騙しやがって」


「ん? なんの事だ?」


 俺が考え事をしていると、頭目は悔しそうに身体を震わせながら訳の分からない事を呟いた。

 俺が問い返すと唇を噛み俺を睨んでくる。


 『聞いてない』? 『騙した』? 一体何の話なんだ?

 そう言えば、さっきこいつは『獲物は女』とも言っていたな。

 なぜ客車に乗っているのが女って知っている?


 言葉の断片から察するに、どうもこいつらは偶然俺達を襲ったのではなく、まるで最初から俺達がここを通る事を知っていたかのような印象を受ける。


 う~ん、何かが引っかかるな。


 俺が湧いて出てきた疑問に首を捻っていると、頭目は突然踵を返して駆け出した。


「え? お、おい! ちょっと待て!」


 あえて油断した態度を取る事によって、その隙を突いてくるよう誘い込もうと仕組んだのだが、まさか山賊の頭目ともあろう奴がこんなに簡単に逃げだすとは思わなかった。

 獣相手の狩りじゃ結構有効な手段なんだが、臆病者には逆効果だったぜ。

 俺とした事が思わぬ行動に反応が遅れてしまった。

 

「くそ、油断した。けど、これでっ!」


 この距離ならまだギリギリ俺の間合いだ。

 俺はバックから投擲用ナイフを取り出すと頭目の背中目掛けて投げ付けた。


 だが、俺はそこで判断ミスをする。


 やつに情報を吐かせる事に気持ちが傾き過ぎていたようだ。

 生け捕りにしようと力を抜いたのが甘かった。


 どうやら頭目は手下共の物よりかなり上質な皮鎧を着ていたようで、深々と突き刺さる予定だったナイフは半分満たずに止まってしまった。


 だが、それでも重傷には変わりねぇ。

 案の定、奴は今にも倒れそうだ。

 と、更に油断して歩を緩める――。


「グッ……。く、くそ! 栄光ある『赤熊団』を見縊るな! これしきの怪我程度でくたばる訳にはいかねぇ。覚えてろ!! 絶対お前等全員後悔させてやるからな!」


 そのまま倒れると思いきや、頭目は悪党お約束の見事な負け犬の遠吠えを叫びながら、とても怪我人とは思えない速さで走り出した。


「げぇ!! 怪我人だってのになんて脚してやがる!!」


 そのタフさはまさしく熊!!

 『赤熊団』って看板は頭目のタフさを表していたのかもしれねぇな。


「と、いかんいかん。感心している場合じゃないか。早く追い駆けにゃまんまと逃げられちまう!……って、ダメだ。これ以上、嬢ちゃんから離れる訳にはいかねぇ。他にも仲間が居るかもしれないしな」


 それにあれ程の怪我負って走ってったんだ。

 如何に熊並みの体力があろうとも、すぐに肺に血が回ってくたばるだろう。

 しかし、『お前等全員』とか言っていたがどう言う事だ?

 他にも気になる言葉が一つ二つどころじゃねぇ。

 まるで吟遊詩人が謳った騎士の冒険譚に出てくる悪役の放つ陰謀ワードが目白押しだ。

 奴の言葉の真意を知りたがったが、こうなった以上致し方ないか。


 馬車で待ってる彼女の為に追跡を諦めた俺は、取りあえず道に転がっている山賊団共の死体を藪の中に放り込んだ。

 このままだと馬車で通るのに邪魔だしな。




        ◇◆◇




 ――コンコン。


「終わったぜ、嬢ちゃん」


 清掃作業を終えた俺は、手拭いで返り血を拭き取りながら馬車の扉を叩いた。

 するとガサゴソと言う音と共に窓から貴族令嬢が顔を出す。


「だ、大丈夫でしたか? あっ血が!」


「ん? あぁ心配するな。これは奴らの返り血だ。俺は怪我一つしてねぇよ」


「良かった……」


 俺の無事に貴族令嬢は安堵の笑顔を浮かべた。

 俺の為に向けられるとても穏やかで美しい笑顔。


 やべぇ、その笑顔は俺には毒だ。


 俺は火照りそうな顔に手拭いを当てゴシゴシと拭く真似をする。

 本当にやべぇ、心臓がバクバクと跳ねてやがるぜ。


 こんな気持ち初めてだ、もしかしてこれが恋って奴なのか?


 くそっ! 俺にはそんな感情なんて無縁だと思っていたのによ。

 しかもこれは一介の兵士と貴族令嬢なんて報われねぇ恋……。


 ……あれ? そう言えば彼女は貴族家を追放されたんだっけ?

 と言う事は……俺にもチャンスが……。



 いやいやいや、ないないない。


 こんな性格のいい娘なんだから、彼女が追放されたのは何かの間違いの筈だ。

 修道院送りと言っても、彼女ならすぐに周りが間違いに気付き元のお貴族様に戻れるだろ。

 俺のチャンスなんて最初から何処にも無ぇっての。


「どうかしましたか? やっぱり何処か怪我でもされたのでしょうか?」


「……いや、何でもない。さぁ修道院まで急ぐか」


 俺はそう言うと御者台に飛び乗りすぐさま馬車を走らせる。


 何考えてんだ俺! ちょっと女性から優しくされたからって惚れた腫れただのチョロ過ぎだろ!


 俺は気の迷いを吹き飛ばす為に、あえて現実に目を向ける事にした。

 ただでさえ早朝出発して夕暮れまでに到着すれば御の字な距離だってのに、思わぬ山賊退治に時間を取られちまったから確実に真夜中コースだ。

 そこから王都までの帰り道を徹夜で戻って、そのまま兵士隊の朝練出頭なんてのはさすがに勘弁して欲しい。

 それに帰りは山賊共の死体を回収するって言う仕事も残ってる。

 取りあえず道に転がってたら邪魔なんで茂みに放り込んどいたが、そのままだと野獣や魔物達が死肉を漁りに来て危ないからな。


 うん、これから待っている現実を考えると気の迷いなんてのはどっかに飛んで行ったぜ。

 ……はぁ、しんど。




「……ごめんなさい」


「ん? 何の事だ?」


 待ち構えている現実に溜息を吐いていると、彼女が突然謝って来た。

 彼女の真意が分からないので問い返す。


「嘘ではなかったのですね 山賊をお一人で退治されるほどお強かったなんて……。あなたの言葉を疑っておりました。本当にごめんなさい」


 ちっとばかりウケ狙いに失敗談を喋りすぎたか。

 そりゃそんなドジな奴だと不安になるわな。

 可哀相にもう少し安心させる為に武勇伝も語りゃ良かったか。


「あぁ~その事か。言ったろ? 正直者だって。なんせ俺は現在王国最強って呼ばれてる筆頭騎士に勝った事も有るんだからよ」


「まぁ。 筆頭騎士様と言うと……シュタイン様ですか?」


「そうそうそれそれ、確かそんな名前だった」


 これも本当だ。

 と言っても今から九年前に行われた騎士隊採用試験で、だけどな。

 だから今も勝てるかは知らねぇ。

 それにこれは俺が下級兵士になった原因でもある嫌な思い出だ。


 脳裏にあの日の奴の顔が浮かぶ。

 あぁ、クソッたれ!

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