第三話 下級兵士の誓い
「まぁ狩りってのは正直なところどんだけ腕が良くても上手くいかない時はあるもんだ」
自分の馬鹿さ加減に後悔した俺は重苦しい追放の道中の間、少しでもこの優しい貴族令嬢の気が紛れるようにと、俺の恥ずかしい狩りの失敗談なんかを披露している。
わざわざ情け無い話をしているのはこれは迂闊にも口を滑らせた罰みてぇなもんだ。
そのお陰か先程から彼女の顔に笑みが浮かぶようになって来た。
俺はその眩しい笑顔に昂ぶる心臓を必死で押さえ込む。
なんで俺はこんなに緊張してるんだ?
「魔物の群れに追い立てられて川に飛び込んだなんて」
「いやぁ失敗だったぜ。なかなか目的の奴に出会えなくてな。時間を惜しんでちっとばかし魔物寄せの香を焚き過ぎちまってよ。風上だから安心してたら急に風向きが変わって煙を全身に浴びた所為で臭いが全身に染み込んじまった。こうなったらそこら辺歩くだけでも魔物を引き連れての行進だ。洗い流さねぇまま街に帰ろうものなら俺まで討伐されかねぇからな。慌てて川にドボンって寸法さ」
「魔物寄せの香は聞いた事がありますが聞いていた話より怖いものなんですね」
「まっ、結局使い方次第さ。容量用法をお守り下さいってな」
魔物寄せの香ってのは、名前の通り魔物を呼び寄せる時に使われる代物で一種の興奮剤のような物だ。
本来は罠なんかに誘導する用途で使用する道具でその臭いは香と言えば聞こえは良いが相手は魔物。
焚くと胸焼けしそうな程甘ったるい臭いを放つんだこれが。
こんなんで興奮するなんて人間様には理解出来ねぇよ。
あまりに誘引効果が強力過ぎてご禁制の物が有るって話だしな。
一般には知られてねぇが隣の国じゃそれで滅んだ町も有るしよ。
そんな危ない代物だから当然国によって厳重に使用制限がされていたりする。
しかしながら俺が使ってるのは狩人ギルドで買える安い市販品でライセンスさえあれば普通に買える程度の物だし効果は凄く弱い。
だからそうそう今話したような事は起きないんだが、折角の休みの日が収穫0ってのは面白くねぇからよ。
思わず手持ちの香を全部一塊にして焚いちまったんだよな。
いや~失敗失敗。
「この干し肉も、あなたがそんな苦労なさった物なのですね」
貴族令嬢は手に持っている食べかけの干し肉を感慨深そうに見詰めながらそう呟く。
そして味は保障付だが少しばかり歯応えがある干し肉を口に運び、美味しそうに頬張った。
俺が作った食べ物を喜んで食ってくれるのをずっと見ていたいが、聞くところによると貴族令嬢ってのは食べる様をじろじろ見られるのは嫌うって言うしよ。
少し残念だが俺はその様子を横目で見てからすぐに前に向き直る。
本当におかしな娘だ。
この国の貴族って言えば、俺達平民の事なんざ家畜みてぇに思っているってのに何処の誰かも分からん男の手作り料理を無警戒で口に入れるなんて危機感無さ過ぎだぜ。
毒でも入ってたらどうすんだ?
いや俺はそんなもの入れねぇけどよ。
◇◆◇
「しかしそんなに干し肉を喜んでくれるってのは作り手冥利に尽きるぜ。もしかして以前も食べた事でもあるのか?」
「もぐもぐ……んぐ。い、いえ、食べたのは初めてですわ。ただ昔聞いた吟遊詩人の……」
暫く静かに食べさせてやろうと思って黙っていたのだが、あまりにも貴族令嬢の食べっぷりが見事な事に興味が沸いた俺は続く話の種にその理由を聞こうとしたのだが、彼女が語り始めてすぐに俺は周囲の空気に少し違和感を覚えた。
「……ん? ちょい待ち。嬢ちゃん」
「は、はい……?」
俺の静止する言葉に貴族令嬢は口を噤んだ。
一見穏やかな森の峠道。
しかし、小さい頃から野山を駆け巡り、日々生きる為に獣や凶暴な魔物を狩る事によって培われた危険を察知する俺の嗅覚が、前方より漂ってくる粘度を帯びた複数の殺気を確かに感じ取った。
これは恐らく人間。
しかも山賊か盗賊か……どっちにしても人を殺し馴れてる輩が放つ悪意だ。
おいおい、隊長め! ここら辺は安全じゃなかったのかよ!
ちっ! 大物山賊が居なくなった隙に別の奴等が入り込んで来ていたとはな。
世に悪党の種は尽きまじと言うのは本当らしい。
少し離れた前方左右の茂み葉の揺れの違和感、それに殺意の籠もった視線……左に一人……右に二人。
合わせて三人……これくらいなら一気に走り抜けるか?
ん? ……いや、ちょっと待て、どうやらこいつらは斥候だな。
更にその先には倍以上の気配がぷんぷんしやがる。
こりゃ無理して突破したら挟み撃ちになる可能性が高い。
強引に突っ切るにしても馬をやられた時点で終わりだ。
ならば俺が取るべき手段は一つ。
「……おい、嬢ちゃん。今すぐ扉の閂をかけな」
「え、あの? どう言う事なのですか?」
俺の声を落とした真剣な言葉にただならぬ雰囲気を感じた貴族令嬢は、恐る恐る理由を尋ねてきた。
怖がらせるのは可哀相だが理由を言わずにパニックになられても困る。
俺はその事実だけを告げた。
「……この先で殺気を放っている奴が待ち構えてる。十中八九山賊共だろう」
「なんですって!?」
「シッ。……大きい声を出すな。奴らはこちらが先に気付いた事に気付いちゃいねぇようだ。俺が何とかするから耳を塞いで椅子の下に隠れているんだな」
「……すみません。けど、大丈夫なのですか?」
「……言ったろ? 俺は強いって。山賊共が何人来ようと負けやしねぇよ。それに一応俺はこの国の兵士だしな。このまま悪党共を放っとく訳にもいかねぇんだ」
「……分かりました。ご武運を」
彼女は俺の無事を祈ると、俺に言われた通り馬車の閂をかけ椅子の下に隠れた。
この理解の速さは恐らく貴族令嬢として身に危険が迫った際の心得を教えられているからなのだろう。
ちゃんと説明してよかったぜ。
それに型落ちとは言え、これは王宮所有の客馬車だ。
閂さえかけりゃちょっとした砦の役目をしてくれる筈さ。
希望的観測だが、今はそれにかけるしかねぇ。
「ふぅ……」
俺は戦う覚悟を決める為に、一度深く息を吐く。
安心させる為に負けないと強がりを言ったが、正直なところ無事に勝てるかまでは分からない。
俺一人なら全然問題無いが、誰かを護りながらってのは経験不足だ。
それに多勢に無勢って言葉も有るし油断は禁物だ。
だが彼女に負けねぇと言ったからには絶対負けられねぇ。
なんせ俺は正直者だからな。
あっ! やっぱり一つ訂正。
あいつらと戦うのは俺が兵士だからってのは嘘だったわ。
俺が戦う理由はただ一つ。
彼女を護る為。
そして無事に目的の修道院まで送り届ける為だ。
「相棒止まれ。どう、どう」
出会って数刻の
この一連の行動によって悪党共の動揺が肌に伝わって来た。
まぁそうだろう、あいつらは上手く気配を殺して隠れているつもりなんだからよ。
それなのにまるで俺が最初から知っていたかのように馬車を目の前で停めたもんだから、罠を張ったつもりが逆に罠を張られたのかと焦るだろうさ。
確かに潜伏技能の筋は悪くねぇかもな。
他の兵士達じゃ絶対に気付かなかったと思うぜ。
だが今回は相手が悪い、なんせ俺の村の周辺じゃもっと上手く気配を殺して獲物を狙う
この程度の隠伏が看過出来無ぇと命に関わるのさ。
ついでと言っちゃなんだが、一つ礼を言わせてくれ。
「わざわざ顔を出してくれてありがとうよ!」
シャッ! シャッ! シャッ!
俺は間抜けにも焦って茂みから顔を出した斥候共目掛けて続け様にナイフを投げた。
「ギャ!」
「ぐわっ!!」
「目がぁぁ!!」
ここで停車した理由は、この距離が俺の間合いだからだ。
幼い頃からの山を駆け巡り、狩りに明け暮れ培った俺の投擲術は、飛んで逃げる鳥だろうがこの距離なら絶対に外さねぇ。
それを証明するかのように、投げたナイフは俺の狙い通りに全てやつらの目に深々と刺さり辺りに悲鳴が響き渡る。
一人は絶命、一人は混乱でその場から逃げ出し山奥に消えていき、残る一人は痛みのあまりよろよろと街道まで歩き出てその身を晒す。
俺はそいつの様相を見てホッと安堵した。
なんせ汚れた皮鎧に人相悪い髭面だ。
その身形から確かに山賊である事は間違いないだろう。
一応相手が悪党だと言う自信は有ったが、
善良な狩人さん達じゃなくて良かったぜ。
安心した俺はサッと馬車を飛び降りると、山賊目掛けて走り出し腰の剣を抜く。
個人的な恨みは無ぇが、人気の無い街道で殺気を出して待ち伏せなんてする奴等だ。
男は殺して女と荷物はお持ち帰りが山賊のセオリーだしよ、お前に恨みを持ってる人達はそれなりに居るだろ。
あの世でそいつ等に詫びるんだな。
「ぐはっ!」
通り抜けざまに痛みに藻掻く斥候を切り捨てると、少し先で足を止め仁王立ちで前方を睨みつける。
これが俺の作戦……って言う程上等なもんじゃねぇが、俺が一人で前に出て山賊共を引き付ける事によって馬車から戦場を遠ざける策だ。
勿論多対一によるリスクが高過ぎるんだが、俺しか居ねぇんだから贅沢は言ってられない。
だが、幸運な事に斥候の三人を一瞬で無力化出来たお陰で勝ち筋は見えて来た。
今は奴等の意識を俺だけに向けさせる事に専念しねぇとな。
「ハッハー! 事前に聞いてた情報通りだな。のこのこと現れやがってマヌケな奴等だぜ。おい! そこのお前! 情報ありがとうよ」
俺は山賊共が隠れている森の奥に向かって煽る口調でそう言った。
この言葉により周囲には更なる動揺の気配が広まる。
ふっふっふっ、狼狽えてるな山賊共め。
勿論今のは全くのハッタリだ。
寸前まで襲われるなんて思いもしなかったし、今だっていい加減な情報で単独任務を言い渡した隊長にムカついてる。
だがこの手のハッタリは山賊共に対して有効な手段と言えるだろう。
元々こいつ等は深い絆に結ばれている訳じゃなく、ただ単に悪事を働く為の運命共同体でしかない。
だからあたかも誰かが裏切ったかのように振舞うだけで、奴らは簡単に疑心暗鬼に囚われちまう。
しかも直前に手際良く斥候共を切り捨てた事で効果は抜群。
耳を澄ますと……ほら。
「だ、誰だ? 誰が裏切った?」
「あっ! こいつ逃げ出したぞ!」
「お前が密告者か!」
「殺せ!! 裏切り者を殺せ!」
「ち、違う! 俺じゃない! お前が怪しい動きをしたから離れただけだ! 逆に言い出しっぺのそっちの方こそ怪しいぞ」
「なにを!!」
「そうか! お前か! 裏切り者は死ねぇ!!」
「ち、違う。ぐわっ!! く、くそ……やったな! こうなったらお前も道連れだ!!」
「ギャッ!! ごほ、げほ……」
幾人かの悲鳴と共に森の中から剣戟の音が聞こえ出した。
おーおー、ここまでガチな仲間割れが起こるとは思わなかったぜ。
普段からお互いに心当たりでも有ったのかねぇ?
このまま全滅してくれたら楽なんだが……ん?
「てめぇら!! いい加減にしやがれ!! 騙されてんじゃねぇ!!」
「ボ、ボス。だけど……」
「本当に密告者が居たらあのタイミングで言う訳ないだろ。それに身の潔白を立ててぇってんなら、仲間じゃなくあいつを殺せ!! そしたら信用してやる!!」
「た、確かに……」
「俺は潔白だ!! あいつをぶっ殺してそれを証明してやるぞ!!」
「そうだ!! あいつは大切な仲間を殺しやがった!! 仇を取ってやる」
ちっ! やつらの頭目は結構頭が切れるらしい。
怒声一発で手下共を正気に戻しやがった。
しかし、大切な仲間の仇とか言っているが、今の今までその仲間と殺し合いしていた癖によく言うぜ。
まっ、全部俺の所為なんだけどな。
「忘れるなよお前ら! 俺達の獲物は馬車の女だ。たかが一人にこれ以上遅れを取る訳にゃいかねぇ! いつもの様に全員で掛かればすぐに終る! やっちまえ!!」
「殺してやる!!」
「死ねーー!!」
怒りに震え目の色を変えた山賊共が次々と木々の陰から飛び出て来る。
それぞれ同士討ちによる手傷や返り血で汚れていた。
ひぃふぅみぃ……一番後ろの頭目っぽい奴入れて六人か、結構残ってやがるな。
もうちょい同士討ちで減ってくれてたら楽だったんだが仕方無ぇ。
「来やがれ!! 山賊共! 一人残らず叩っ切ってやる」
俺は声高に気焔を吐くと、剣を両手で握り直し迫り来る山賊の手下共を待ち構えた。
かつて憧れた騎士物語の主人公の様に、何が有っても彼女を護り抜くと心に誓いながら……。
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