第二話 下級兵士の後悔
「そうそうファングボアって塩振って焼くだけでも結構美味いんだよ。小さい頃一人森に入って狩っていたのが懐かしいぜ。あ~また食べてぇなぁ。なんせ王都近くじゃ全然見ねぇもんな。ハハハッ」
あれから半刻の間、相変わらず俺は今まで食った美味い物の話を客車で押し黙っている貴族令嬢に喋り続けていた。
釣った魚や狩った獣、それに隊で討伐した魔物を色々な調理法で干し肉にしているだとかそんな話ばかりだけどな。
若い娘が好む話題なんてものは知らねぇが、美味い物を語らせたら一家言を持っている自信が有るぜ。
あぁ、どこぞの高級レストランが美味いとかそんなんじゃねぇ。
なんせ下級兵士の安月給じゃ外食っても大衆酒場が精々なもんだからよ。
だから美味い物は自分で獲る! そして自分で調理する!
俺の住んでた田舎じゃそれが当たり前だったからな。
……ふん、身の程知らずの田舎モンのガキが吟遊詩人が詠う騎士物語に憧れて立身出世を夢に王都へ……か。
ハッ! ちったぁ村で強い程度の身の程知らずにゃ下級兵士がお似合いってか?
はぁ~やってられねぇぜ。
「……あなたは嘘吐きですね」
ガキに見た愚かな憧憬と夢破れた今の現状に溜息を吐いていたら突然背後から声がした。
チラリと格子を覗くと、さっきまで死んだ目をして虚空を見ていた貴族令嬢が俺の事を少し恨めしそうな顔で睨んでいる。
そりゃ貴族様にしちゃ平民なんかの興味も無ぇ話を延々と聞かされてたら腹の一つも立つだろうが、嘘吐き呼ばわりは心外だぜ。
とは言うものの言葉を返してくれたってのは良い兆候だ。
「やっと喋ってくれたな。けど、嘘吐きってのはなんだ? 俺は仲間内からは正直者で通ってるんだぜ」
「……自分でそんな事言う人が正直者な訳がありません。そもそも小さい頃に一人でファングボアを狩ったですって? 王国の騎士様達でさえ小隊規模でないと討伐出来ない程の危険な魔物を子供なんかが倒せる筈がないですわ」
「ハハッ。ただ単に王国の騎士様って奴等が弱ぇだけだろ。俺が生まれ育った村じゃファングボアくれぇ単独で狩れる奴はそこそこ居たぜ?」
俺がそう笑うと貴族令嬢は更に眉間に皺を寄せて口を尖らせる。
どうやら本格的に俺の事を胡散臭い奴と思われちまったようだな。
嘘は言っていないんだがなぁ。
「それに……あなたは酷い人です」
「おいおい、嘘吐きだけじゃなく酷い人ってのはどう言う意味……?」
ぐぅぅぅぅぅぎゅるるるる!
俺が言葉の意味を聞き返そうとした時、客車からカエルを潰したような音が聞こえて来た。
その途端貴族令嬢の顔が羞恥に崩れ真っ赤に染まり俯く。
「あっ! あの……これは……」
「おいおい、あんた。すげぇ腹の音だな」
俺がそう茶化すと貴族令嬢は顔を揚げ涙目で俺を睨んできた。
ありゃ? 少し調子乗っちまったか?
いくら修道院送りとは言え、お貴族様にこんな口利きゃ侮辱罪に問われて下手すりゃ牢屋行きだぜ。
少しビビリながら貴族令嬢の様子を窺うと、どうやら本気で怒っている訳ではなく、どこか拗ねた感じに口を尖らせていた。
「あっ、あなたが悪いんですわ! ずっと美味しそうな食べ物の話ばっかりするから!」
「ん? ああ! わははは! なるほど。そりゃすまねぇ。しかし、腹減ってるんならなんか携帯食持って無ぇのか? ……あ~そっか。持ってなかったよな。んじゃこれ食うか?」
この貴族令嬢が何も持たずにこの馬車に乗って来た事を思い出した俺は、腰に下げた鞄から小袋を取り出し、格子隙間に差し入れる。
「そ、それはなんですの?」
「これか? さっき話した中でも出て来たろ? 俺特製の干し肉だ。美味いぞ」
その説明で貴族令嬢はゴクリと唾を飲み、手を伸ばしかけたが途中で手を引っ込めた。
まるで何かに脅えているようだ。
どうやら貴族的には下級兵士が出した食べ物をそのまま口にするのは抵抗があるのかもしれない。
聞くところによると位の高い王侯貴族家には毒見役なんて言う役職も有るらしいしよ。
胡散臭い俺が何かを盛っていると疑われてもおかしくないか。
しかし、このまま修道院に着くまでずっと腹の音を聞いているのは流石に忍びねぇ。
「どうした? 腐ってなんかねぇぞ? ほら、モグモグ……うん美味い!」
俺は警戒を解く為に毒と言う単語を出さずに包みから干し肉を取り出して、少々大袈裟にガブリと齧ってみせる。
すると俺が美味そうに食っているのを見た貴族令嬢がゴクリと喉をらした。
「ほら、遠慮せずに食ってみなよ。お腹空いてるんだろ?」
そう言って俺は再度包みを格子に突っ込んだ。
すると安心したのか、それとも空腹の我慢の限界が来たのか、今度は恐る恐る包みを手に取り中の干し肉をジッと見詰めた。
う~ん、まだ警戒しているのか?
「いつも良い物を食っている
途中まで口にして、俺は後悔する。
食べて欲しいと言う気持ちから、もう一押ししようと安易な言葉を選んじまった。
途中で気付いて、口をつぐんだが既に遅い。
「……私はもう……貴族じゃ……ありません」
そう言うと貴族令嬢の顔が悲痛に歪み肩を震わせ出した。
はぁ……やっちまった。
あえて貴族ってのには触れねぇようにして来たってのによ。
だがこれで色々と事情を察する事が出来た。
死んだような顔して手荷物一つ持たないみすぼらしい格好。
矯正施設と揶揄される修道院への見送りに誰一人として来ないこいつの家族達。
そして今の『もう貴族じゃない』と言う言葉。
何をした結果なのかまでは分からねぇが、こいつは貴族家から捨てられたんだ。
なるほど、俺みたいな兵士隊の問題児が護送任務に宛がわれたのも頷ける。
「す、すま……」
「はっ! き、貴族でないから頂きますっ! はむ……はむ…………」
貴族令嬢は俺の謝罪を遮るように大きな声を上げると干し肉に齧り付いた。
俺はその様を呆気に取られて見詰める。
おいおい、それ程お腹が空いていたのか?
……いや、違うな。
コイツは一瞬俺の顔を見て戸惑う仕草をした。
俺が自分の発言で心を痛めたと思って気を使ったんだ。
貴族令嬢の思いやりに気付いた俺は改めて謝ろうとしたが、謝罪の言葉を口にする事は出来なかった。
なぜなら食べるのを一時止め顔を上げた彼女に目が離せなくなったから……。
「……美味しい。本当に……とっても美味しいわ。ありがとう」
目にキラリと涙を浮かべながらも笑顔を俺に向けて感謝の言葉を述べる貴族令嬢。
その顔を見た瞬間俺の中で何かが弾けた様な気がした。
「……は……ははは。そ、そうだろ? なーんせ下拵えから手間暇掛けて仕込んでいるからよ。俺の自慢の一品だ。家には作り置きがまだまだ有るから、それは気にせず全部食ってくれ」
俺は湧き上がる感情を押さえ込みながら、貴族令嬢の気遣いを無駄にしないように敢えて何もなかったかのように明るく振舞った。
しかし押さえ込む力の強さの分、心の中で怒りがふつふつと湧き起こる。
貴族だってのに平民の俺にこれだけ気を使える女の子を追放したこいつの実家に。
それを認めた王国に……。
そして、そんな気を使わせちまった自分の馬鹿さ加減にだ。
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