第21話
塔の周辺はもはや草原ではない。平坦だった地形は斜面へ変わり、所々に炎が立っている。塔を巻き込んだクレーターが衝撃の凄まじさを物語っていた。
そして今、その中心には黄金色の髪の男が突っ伏していた。
「かはっ……はぁ、はぁ、ライル、てめぇ、何をしやがった」
龍形態だったとは言え、落下のダメージは尋常ではない。衝撃は彼の心臓を一瞬止めた程だった。尽きた呼吸を強引に戻し、ドラコは伏したまま顔だけを上げる。
「ちょいと動けなくなるツボを刺しただけさ。針はもう外れちまったけどな……」
ライルも息が荒い。落下の衝撃は龍形態のドラコが大半を被っていたが、少年の小さな体は、余波であっても致命傷。臓器損傷と骨折数カ所。立っているだけでも辛い状態だ。
「ああ、そうかい!」
跳躍して立ち上がった男は、鎧に土埃を付けたままライルへ向かい合う。その動きには疲労を感じさせない。消耗はあれど、国土級騎士が脅威である事に変わりはない。
ライルは傷だらけの拳を握った。相対したドラコもまた、応えるように魔力を燃やす。
「フォルマ以来だぜ。こいつを使うのはよ」そう、ドラコは少しだけ嬉しそうに笑った。
「龍の魔力×魔装法術――」そう唱えると、魔力が瞬く間に膨れ上がる。龍鱗が肌を登り。鎧は溶岩のような真紅に変わる。そして、煌びやかな火炎の翼が背中に灯った。
それは敵意や害意とは異なるスケールの本能的恐怖。噴火のような生物にはどうにも出来ない自然現象を、人の形に押し留めたような、圧倒的存在感。
「……これが国土級か……そりゃあ、国の一つや二つくらい、どうとでもなるな」
軽口を叩いてみたが、ドラコは押し黙ったまま、一歩足を踏み出した。たったそれだけで、焼けつく熱気と耐え難い暴風が少年を襲う。
(ああ、これは死ぬ。間違いなく死ぬ)
心で断じたその瞬間、熟達した”先”という術理が、0・8秒後のライルの姿を克明に示した。塵屑になって風に溶ける未来を見て、少年は思わずクスリと笑った。
「受けてみせろ、ライル」という重厚な言葉の後、熱拳が少年へ迫る。
死へのカウントが始まった。
――0.7秒、再び脳裏を駆け抜ける愛娘の走馬灯。
――0.6秒、視界は現実に切り替わり、スローで流れるドラコの挙を視認する。
――0.5秒、持ち合わせる技法、術理、概念の全てを、己が体に動員する。
――0.4秒、極限まで体を弛緩し、重心を底の底へ。
――0.3秒、迫る絶拳に逆らわず、球体のように身を翻す。
――0.2秒、頬を通り過ぎた拳を撫でるように、ライルの体は真円を描く。
――0.1秒、ドラコの拳は空を叩き、上半身ごと前のめりに崩れる。
――0.0秒、腰が浮き上がり、自身の膂力によって、ドラコは宙へ空転した。正確に表現すれば、ドラコは投げを撃たれたのだ。神木老人の神がかり的技量によって。
――神木流柔術、負い投。柔道でいうところの背負い投げ。本家と異なる点は、摑む、引く、落とすという要点が”撫でる”というシンプルな動作へ凝縮されているところ。
ドラコが投げられたのだと認識した時には既に、切り立った斜面が目前にあった。だが、魔装状態の彼には翼がある。灼熱の大翼が。
「――ぃ、やるじゃねぇか‼︎」と、大翼で投げの勢いを殺し、彼は斜面に踏ん張った。
決定打にはならなかった。どころか、ライルにとっては次なる危機の先ぶれでしかない。
膨張する炎の大翼が物語るのは、新たなる死地。少年に、焦げた死の気配が漂った。
「上等だ、どこまでも付き合ってやるわい‼︎」
共に全力だった。全てを出し切る喜びが、二人の脳を駆け巡っていた。だからだろう。ほんの一時、両者は己の背負ったシガラミも、責務も頭から消え去った。あるのは果てない意地の張り合い……これを止められる者など、一体誰が居よう。
「光の魔力×閃光法術――‼」
地面から腕が生え、夕闇の空へ光弾を発射した。すると地上に膨大な閃光が降り注ぐ。
ライルとドラコは焦点を失い、顔を覆う。さらに背後から伸びる影が二人を縛り上げる。
何かを悟り「これはっ!」と声を上げたドラコ。それに応じるように、影の塊が地面を割って這い出ると、老生した声がクレーター内に反響した。
「双方止め‼︎ これ以上の戦闘は許さん‼︎」
「その声……師匠か⁉︎」そんな嬉々とした声色に、トラットはため息を吐く。
「ああ。どうやら、私もフレンも君らのお陰で死にかけたようだな」
◇
「そん、な……!」
地下での全てを知ったドラコは、愕然と膝を付いた。信頼し、愛していたミストレアは魔人であり裏切り者。複雑な悲しみに暮れる彼の姿に、フレンの胸は重く痛んだ。
震えるドラコの肩を、彼の師であるトラットは哀惜の想いを込めてそっと触れた。
「彼女の死は残念でならない。だが、今は悲しみに暮れている場合ではないよ、ドラコ」
「……師匠……」
トラットは事実を伝えつつも、敢えてミストレアへの敵愾心は消しているようだった。むしろ、彼の態度はドラコへの配慮に溢れている。
ライルもまた、泣き腫らしたフレンへ顔を向ける。
「大変だったようだな」
かけた言葉は些細なもの。しかし今のフレンは破裂寸前の水風船だ。ライルの優しい声色に、止めどない涙が溢れてくる。
「ライル……わ、わたし、助けられなかったの……」「ああ……」
「最初は、両親の仇だって、殺そうとした……でも、気付いたの……ミストレア卿も、魔人廃滅令の被害者だって……あの方が狂ったのは、私たち人類のせいだって……」
「……ああ」
「あの人のやった事は絶対に許せない。でも、人間がやった事も許されていいものじゃない。だから私、手を差し出したわ……互いに許せなくても、分かり合えると思って……」
崩れる地下で見せたミストレアの最後の瞬間。彼女は確かに、救われたように笑っていた。その光景を思い出し、彼女はその場に泣き崩れた。
「……世の中にはな……狂気に囚われて抜け出せない者も居る。多分にミストレア卿は、その事が分かっていたんだろう。だから自ら手を斬ったんだ。歩み寄ったお前を慮ってな」
フレンの嗚咽の中、ライルは優しく彼女の肩を抱きしめた。
夕刻に沈む救済の花は、まるで誰かを悼む献花のように空に佇んで見えた。
◇
夜闇に沈んだ頃、トラットから詳細が語られた。彼がマークしていたのは区画級騎士オーレン。トラットは逢瀬へ向かうオーレンを追って第二魔力凝集塔へ向かった。
迷いなく塔の地下へと入っていくオーレンの後に、トラットも地下へ潜った。やがて例の地下室まで辿り着き、中を覗こうとした瞬間、意識を失ったという。
犯人は恐らく、トラットの後にやって来たミストレアだったのだろう。彼はそこから数日間、オーレンの電撃で意識を飛ばされ続けた。
「そういう訳で、数度目に目覚めた時には地下室は崩れかけていた」
トラットの説明を聞き、ドラコは鎮痛な面持ちでフレンへ向いた。
「……じゃあ本当に、ミストレアは魔人だったんだな?」
彼の視線には、未だ”嘘であって欲しい”という気持ちが混じって見える。
「……はい。間違いありません」と、フレンは真剣に団長の瞳を見つめ返す。残酷ながらも真摯な視線に、ドラコはようやく踏ん切りがついたようだ。
暫し目を閉じて、己に課せられた役目を想う。
そうして紅翼騎士団団長、ドラコ・アルベールは、一人の男の瞳に戻っていた。
「……すまなかった。ライル、フレン。俺は、騙されていたようだ……情けねぇ……」
「情けなくなんかない。男なら誰だって熱をあげる。彼女にはそういう魅力があった」
ライルの慰めに、ドラコはふわりとした笑みを作る。
「ああ。あんな上玉、もう二度と出会えないんだろうな……」
静かに笑い合う二人を見て、フレンは不思議そうに口を開いた。
「……? 二人とも、戦っていたんですよね? なんか仲良くなってません?」
「全力で戦ったからこそ、分かり合えるんだろうが」
「一応ここは王都だからね? 次は加減してくれよ?」と、トラットは割って入った。
見渡す限りのクレーターは、ハッキリ言って惨状である。国土級騎士としては、咎めとして受け取るべき発言だったが、ドラコはトラットの言わんとした事を理解している。
「師匠……次、ってことは、俺が出張るレベルの問題がまだあんのか?」
「……そうとも。ミストレアは最後の最後にとんでもない情報を残した。曰く、最後の魔人は白斬に居るらしい。彼女は情報を、オーレンを通して白斬の魔人へと伝えていた」
全員が地べたに転がるオーレンへ目を向けた。
「……それが本当なら、白斬騎士団は信用ならない。尋問は今するべきだぜ」
オーレンを見下ろして、ドラコはそう吐き捨てた。
「うん。出てくる情報が何であれ、我々以外に介入されるのは不味いしね」
「そうと決まれば、早速起こそうかの。骨の一本二本程度なら支障はないな?」
ライルはそう言いつつ、肩を回す。すると、その肩をフレンが咄嗟に掴んだ。
「ちょっと、流石にそれはやりすぎよ! ここは私に任せて!」
フレンがぐいぐいと引っ張るので、仕方なくライルは退いて、彼女へ譲った。
前に出ると、彼女の周囲に緑の光が満ち溢れ、暖かい風がゆるく流れた。
周囲に若草の匂いが吹き抜け、豊かな命を幻想させる。
「華の魔力!」と、フレンが魔力を使い出したため、ライルとドラコは目を見張った。
「もしかして魔力に目覚めたのか、フレン⁉︎」
「”華の魔力”かぁーー! お前らしい可憐な力じゃないか!」
ライルとドラコに煽てられ、フレンはにっこりと笑みを浮かべる。
「へへ、それじゃあ、皆さん、鼻を塞いで下さいねーー」
「「へ?」」疑問を浮かべる二人を他所に、トラットだけはしっかり鼻を塞いだ。
彼女の手からケミカル色の一輪が出現し、強烈な異臭が約二名の鼻腔を貫く。
「グワァァァァァァーー‼︎」「クッッッッッサ‼︎」
硫黄とヘドロを同時に突っ込まれたような刺激臭に、ライルとドラコは腰を抜かした。鼻を摘んでいる筈のトラットでさえ、眉間に深い谷を作っている。屈強な男が苦しむ異臭の中、フレンは花を片手に悠々とオーレンの顔の近くへ座り込んだ。
「これはタタラポというお花で、気付け薬の原料としても使われています!」
激臭の中、嬉しそうに講釈を垂れるフレン。流石は薬師の家育ちである。
(でも可憐ってのは撤回しよう……)と言えば異臭が入るので、少年は心で呟いた。
「……起きないね。オーレン卿」
「こりゃ、眠ってるどころか昏倒か麻痺の法術でもかけられてるんじゃないか?」
鼻声で話し合うも、事は急がねばならない。ドラコは鼻を摘んだまま続けた。
「これで起きないなら法術解除の術者を読んだ方がいいなァ」
「残念だがそのようだね。フレン、仕方がない。もうその花は消して……」
だがフレンは、この世の終わりのような悪臭を放つ花を、オーレンの鼻へねじ込んだ。
「えーーい♡」と、可愛らしい掛け声だが、彼女の非道っぷりに全員ドン引きした。
だがその分、効果は絶大である。閉じていた騎士の目が開き、瞳孔が右往左往し始めた。
「あれ、ここは……」と目を覚ましたオーレンは、再び白目を剥いて気絶した。
「……おい、目は開いたがまた気絶しちまったぞ」
「いえ、待ってください団長。このお花のパワーはここからです」
予言めいた口調だったが、フレンのいう通り、華奢な騎士の地獄はここからだった。
刺激臭に絶たれた彼の意識は、呼吸の度に香る過激臭で再び呼び起こされる。
「あっ……ああっああああっっあーーーー‼︎ クサ、臭くさ臭いっぃィィっィィィ‼︎」
「やった! 起きましたよ、みなさん‼︎」
気絶という逃げ場すら許されずのたうち回るオーレン。そしてはにかむフレン。
そんな恐ろしい光景を前に、男どもの感想はほぼ同じだった。
(恐ろしい魔力だ……)(こっわ……)
「とんでもない魔力だな。華……というよりは鼻の魔力ってか! ハハハ!」
次の瞬間、軽口を叩いたライル目掛けてタタラポが飛んできたのであった。
オーレンが落ち着きを取り戻すのに時間はかからなかった。辺りに漂った異臭は、フレンが魔力を解くと同時に消え、彼女を除く全員が新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込んだ。
「空気ってこんなに美味しかったんだ……」そう呟くオーレンの頬に一筋の涙。尚、未だに鼻腔が麻痺しているのか、鼻水も止めどなく流れ出ている。
「さぁて聞かせてもらおうか‼︎」と、ドラコが地面を踏み鳴らすと、彼は肩を震わせた。
「紅翼の、団長……それに相談役⁉︎」「何を今更。私を拘束したのは君だろ?」
トラットの笑みは静かな怒りを孕んでいる。あまりの恐怖で、オーレンは腰を抜かした。
「ち、違うんだ……! あれはミストレア卿にやれって!」
言い訳がましく喚く小男に、ドラコは容赦しない。見下ろしながらも事実を言い放つ。
「そのミストレアからの伝言だ。詳しい話はアンタに聞けだとさ」「そんな……!」
言葉を失った彼に残された道は、自供のみ。フレンはそれを強引に促した。
「聞きたい事は一つよ、オーレン。副団長から得た情報を誰に流していたの⁉︎ それとも、また鼻からお花を咲かせたいのかしら?」
最強の脅し文句に、以前まで彼女を見下していた騎士の姿はなくなった。
「は、ははは話すよ‼︎ だからそれだけは勘弁してくれ‼︎」
彼は慌てて後ずさった。鼻を抑えながら身震いする姿は哀れとしか言いようがない。
だがもう彼に躊躇はない。ハッキリと、声を上げた。
「だ、団長だ!」
「あん? 俺が魔人だってか? そりゃ笑えない冗談だぜ⁉︎」
ドラコの足が、怯える顔の真横を踏み抜き、オーレンへ死の恐怖まで上塗りした。
「違う、違います‼︎ ドラコ団長ではなく……!」
「ああん⁉︎ じゃあ誰だってんだ、クソ野郎‼︎」
荒れるドラコを、トラットが片手で制止し、冷徹な視線で暗に続きを促した。
「フォルマ団長です‼︎ 俺の所属している、白斬騎士団の団長です‼︎」
その名が出た瞬間、その場の全員が戦慄した。
白斬騎士団団長、フォルマ・マ・ルルク。二人しか居ない国土級騎士の片翼だ。
「どういう事だ、順序立てて話せ……」
ライルが視線を合わせると、オーレンは罰が悪そうに俯きながら語り始めた。
「情報流しはフォルマ団長の直命だ。紅翼の協力者から軍備や補給の情報を聞いて、そのまま団長へ報告している……まさか協力者がミストレア卿とは思わなかったがな……」
「……本丸は見えたな。それでどうする、トラット卿? 団長相手となれば、込み入った攻め方をする必要があるんじゃないか?」
「うん。少々策を練らなきゃね……」
トラットが思案に俯くと、ドラコが彼の肩を掴む。
「師匠! 本当にいいのか⁉︎ せめてもうちょっと調査してからでも……!」
そう。ドラコとフォルマは、トラットという同じ師の元で育った仲だ。
今は騎士団長として対立関係にあろうと、彼にとっては信じたくはない事実だろう。
しかし、師であるトラットは憂いを含んだ瞳で口を開く。
「……ここ数年、調査は散々してきたさ。その上で今回の証言を鑑みれば、フォルマ以上に怪しい人物なんて居ないんだよ、とても、残念だけどね……」
ドラコは、それ以上声をかける事は出来なかった。この事実に一番苦悩しているのは、誰でもない、トラット自身だと悟ったのだ。
「ドラコ、もしもの時は覚悟しなさい……」「……はい」
愛弟子に頷き、トラットは続け様にオーレンへ告げる。
「オーレン卿。よく分かりました。ご協力ありがとう。もう帰っていいですよ?」
トラットの冷ややかな一言に、彼の表情は絶望に染まった。
「待ってください‼︎ この後俺はどうしたらいいのです⁉︎ こここ、このままじゃ、機密を漏らした裏切り者として殺される‼︎」
「……どういうこと?」と、フレンが眉を寄せて聞き返す。
「前任者もそうだった……この事実をネタに団長を強請ろうとしたんだ……だけど次の日には、行方知れずになった。2年経った今でさえ、死体すら見つかってない……」
「だろうな。仮に俺が魔人で、騎士団長だってんなら、それが一番都合がいい」
ドラコは容赦なく言うとオーレンへ背を向ける。トラットも同様に無慈悲な帰路に着く。
「嫌だ! 行かないでくれ! せめて俺を保護してくれよ……‼︎ なあ‼︎」
彼を見ない。ライルとフレンも二人に続き、足を止める事はない。
(可哀想だが、これも自業自得か……)
星空の下、荒地となったこの場所に相応しい悲痛な声が響いている。
進み続ける4人の列。その最後尾に居たフレンだけは、思い直したように足を止めた。
「…………っ」
抉れた大地で情けなく喚く同期へ振り返る。彼女にとっては好かない人間。いつも他人を下に見て、弱者を唾棄する最低の男だ。それでもフレンは知っている。そんな彼に負けじと奮起した自分が居た事を。自分が都市級になれたのは、彼のおかげでもある事を。
「死にたくなければメイルルートへ逃げなさい! あそこは辺境の街で、紅翼の下部組織に守られてる‼︎ フォルマ団長でもそう簡単に手出しできないでしょう!」
その声にオーレンは一瞬静止したが、彼女の助け舟を突っぱねた。
「ふざけるなよ! どうしてこの俺があんな辺境に⁉︎ ならいっそ、殺された方が……」
男に残った下らない意地だった。気付けば彼女は斜面を滑走し、飛び蹴りを放っていた。
「がっ……」と呻く男の襟首を掴み上げると、フレンは怒りのままに声を荒げる。
「生きるってことを舐めるなよ‼︎ アンタなんかより辛い思いをしてる人間は、この世にいくらでも居るわ! それでも人は、前に向かって歩こうとしているの!」
斜面の上から、ライルもドラコも黙ってそれを見届ける。
オーレンは彼女の憤怒に、瞳からこぼれ落ちる涙に、言葉を失った。
「お、俺は……」と呟きかけた瞬間、フレンは手を突き放して背を向ける。
「……好きにすればいいわ。もう私の知った事じゃない。でもね、アンタが本当に騎士なら、せめて懸命に生きている人達を貶すような生き方も死に方もしないで」
それだけ言って、彼女は呆然とする男の顔も見ずに立ち去った。
残されたのは、瓦礫の山と抉れた大地。懺悔に震える男だけだ。
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