第18話
「そういう訳でワシは既にマークされた。というか事前に警戒すらされていたようだ」
夜半。フレンと合流したライルは、そのままトラットの館へ足を運んでいた。
幸いトラットも夜通しの執務があったらしく、面会までスムーズだった。
「どこから漏れたかは調査しよう。まあ、僕が勧めたから余計に警戒したんだろうね」
「……どうしてそんなに警戒するんだ? 同じ国の騎士団だろうに」
「この国では兵力=権力だからね、特に、庶民的な紅翼と、貴族的な白斬は昔から対立関係にある。そんな中、白斬の相談役がバックに付いている君が入れば警戒もするさ」
「むう。では暫くは大人しくするよ。まずは信用を回復せねばな」
「そうしてくれ。だけど、我が弟子ながら師匠まで疑ってかかるとはね……」
トラットはそう言って両手を組んで俯いたが、ライルは即座に反応した。
「ん? 今なんて言った?」「もしかして知らなかったの? ドラコも私の弟子って事」
まさかの新事実にライルは立ち上がった。
「おいおい! そういうのは潜入前に言っとくれよ!」
「すまない、てっきり知っているものと……フレンにも言われてなかったのかい?」
二人は傍のフレンを見た。そこには、全身を真っ赤にした酔っ払いが揺らめいていた。
「へぇ~~~~いわらりましぇんでしたっけぇ~~?」
「おい、しっかりしろ酔っ払い」「酔ってにゃんかいましぇんよ~~?」
酔っ払いの常套句を呟きつつ、フレンはふらふらと体をはためかせる。
この夜、彼女が内偵に挑んだ会計長と、兵站管理長は酒豪だった。会話を聞こうと彼女は二人の座る真後ろの席を陣取ったのだが、フードを被ってソワソワしてれば目に付く。
数分も経たず、フレンは見つかった。見つかって、酒宴に巻き込まれたのだ。道中、話を聞きつつ、ライルは足取りの怪しい彼女を介助していたのだった。
「……そうだな、ワシももうちょっと隠密の技を教えるべきだったな。ごめんな」
「え~~? あははははは‼︎ もう、ライルったら真っ赤ですよ~~⁇」
(真っ赤なのはお前だアホたれ)
酔いどれ騎士の耳には何も入っていないご様子。一先ず素面の二人は話を前に進めた。
「ライル、今夜の君の働きは無駄ではないよ。お陰で彼らの情報源には見当が付いた。そこを辿れば、魔人に繋がるかもしれない。早速いい仕事をしてくれた」
「そうか? 因みにその見当ってのは……?」
「うん。オーレン卿……白斬騎士団の会計補佐だ。ここ数年の内偵で浮上した人物でね、要職の上、紅翼に情報を流すとすれば、白斬では彼以外に居ない」
「バカな、白斬と紅翼って不仲なんだろう⁉︎」
「ところがだ、貴族出身の騎士が多数を占める白斬において、彼は庶民出身。団内では差別の的だった、と言えば察しは付くだろう?」
「……確かに、紅翼と繋がってもおかしくはない。じゃが、あのオーレンがか……」
「明日、調査してくるよ。多少乱暴にはなるだろうけど……」
トラットの表情に影がかかる。その覚悟の宿った表情に、ライル少しだけ驚いた。
(この男、優秀なだけの優男だと思っとったが、とんでもない。寧ろ荒事は得意分野か)
内心そんな事を思っていると、トラットは声色を変えて訪ねてくる。
「ところで、一つ聞きたいんだけど……どうしたの、その赤いの……?」
そう指摘されたライルは、鼻から股にかけて赤黒く染まっていた。
まるで真っ赤な激流が鼻から噴射されたようである……というかその通りだった。
「……まあ、色々と、な……ワシに言えるのは一つ。若いって凄い……」
「あはははは! 真っ赤っか~~‼︎」「うるさいわい! それはお前じゃ!」
「いや、二人ともだよ」と、トラットは冷静に突っ込んだ。
だが翌日、事態は一変する。トラットが消息を断ったのだ。
◇
「……わざわざ呼び立てたのは他でもない、トラットの件だ」
エイトは頭を抱えてソファに座り込んでいる。フレンとライルは、護衛という名目で闘技場の貴賓室に呼び出された。無論、二人に監視の目がついているが故の配慮である。
「はい。あれから3日、私達も捜索に駆り出されていますが、手がかりも掴めてません」
王と対面に、フレンはここ数日の騎士団の動きを報告していた。
トラットは、この王都では知らぬ者がいないほどの著名人だ。史上、救世主に続く二人目の守護騎士であり、最古の騎士として尊敬を集めている。また、研究者としての顔も持ち合わせており、拡散魔力の発見。そして、それを利用するための魔力凝集塔を考案した。民衆からも、”夜を克服した光の騎士”と、賞賛されている。
そんな彼の失踪は王都を動揺させ、すぐさま国中の人員がトラット捜索に動いた。
紅翼だけでなく、白斬も動いたものの、3日経った今さえ、彼の影すら掴めていない。
「内偵の報告は私も受けている」と言うと、エイト王は懐から封書を一枚取り出した。
「トラットのから最後に報告書によると、白斬のある騎士を追跡に向かったようだ」
ライルもフレンも、テーブルに置かれた紙へ、静かに身を乗り出した。
「……これにトラット卿の居場所に繋がるような情報はあったのか?」
「報告書によれば、彼がマークしていた騎士は一定のペースで夜間外出をする。曰く、恋人に会いに行っているらしい。だが、ライルの諜報を受けて、その恋人とやらが紅翼の人間……もしくは魔人ではないか、とトラットは睨んだようだ」
「……そう、ですか……それで、その恋人は何者だったのでしょう?」
フレンが鎮痛な表情で聞くも、エイト王は首を横に振るのみ。
「そこまでは分からないが、逢瀬の場所だけは分かっている。そして、その場所は既に捜索されている。捜索の報を聞いて確信したよ。トラットはそこで消息を断ったのだと」
「待て、どういう事じゃ?」というライルの問いに、エイトは僅かに身を乗り出した。
「トラット搜索は各騎士団へ委任し、その場所を搜索した人員、規模を詳細に報告するよう指示を出した。そしてその逢瀬の場所を担当したのは、オーレン卿。知っての通り、トラットがマークしていた男だ。奴はその場所を異常なしと報告してきた……」
そう言うと、エイトは懐から精巧な似顔絵を机へ叩きつける。
「……オーレン……」似顔絵を睨み、ライルも目を見張る。
「あのトラットがやられるような相手ではない……つまりはこの場所には何かある」
エイトの瞳に闘志が燃え上がる。どうやら標的は定まったようだ。
「それでエイト王、その逢瀬の場所はどこに?」
フレンが尋ねると、エイトは立ち上がった。壁に掛かった王都の地図へ寄ると「ここだ」と指で弾く。王都の中心から北東にズレた場所、”第2魔力凝集塔”と記してある。
「よし、フレン、急いでここを探ろう」「ええ。その方が良さそうね」
息を合わせて頷いた二人へ、エイト王は苦々しい表情で「すまない」と呟いた。
「トラットの身動きを封じたという事は、敵は都市級を超える強敵かもしれん……任務の性質上、応援を呼べば機密が漏れるかもしれないが、最悪それも仕方がない」
「そう言ってもらえると助かるよ。じゃが、最初はワシらで偵察するのが定石だろうて。もし二人とも帰らなければ、その時は国王の出番だ。頼んだぞ」
「……あくまで最悪の場合だ。二人とも、頼むから無事に帰ってきてくれ」
「大丈夫ですよ、国王。私とライルにお任せを!」
フレンはニカっと優しい笑みを作ると、ライルと共に貴賓室の扉へ向かう。
彼女の笑みと、少年の小さな背中へ、エイトは祈るように見つめるしか出来なかった。
◇
第2魔力凝集塔。そこは、街からやや離れた草原の中に静かに建っていた。塔は自動的に拡散魔力を集めて特殊な配管を通って中央に集まる仕組み。なので基本、無人である。
「なるほど、物静かで風流な場所……逢瀬にはピッタリだな」
暁に聳えた黒塔に、ライルは言葉を漏らす。するとフレンが立ち止まり、物陰へ促した。
「しぃ、ライル……塔の入り口に誰か居るわ……」
小さな用務倉庫の影から、ライルは塔を覗き見た。
「あれは……副団長か……⁉︎」
ミストレアの美麗を見間違いようがない。彼女は軽い足取りで塔の中へと入って行く。
「どうして副団長が居るんだろう……? まさかオーレンの恋人って……」
「いやフレン、それを断定するのはまだ早い。まずは後を付けよう。そうすれば……」
刹那、ライルの肌が危機感に粟立った。背後からではない。まして正面でも……真上だ。特大の殺気を放つ一撃が堕ちようとしている。考えるまでもなく、ライルは叫んだ。
「走れフレン‼︎」
音より先に爆風が二人を襲った。地を揺らし、4メートル程のクレーターを形成すると、遅れて暴音が草原に響く。また、その暴音にも負けない怒号を上げる偉丈夫が一人。
「ライル・メーザァァァァァーー‼︎」
男の怒号は土煙を吹き飛ばし、辛うじて逃れたライルとフレンの姿を顕にした。
「ド、ドラコ団長…………?」
戸惑うフレンとは対照的に、ドラコは今にも噛み付かん勢いでライルを睨んでいる。
大型肉食獣と対峙したように、ライルはゆっくりと、静かにフレンへ語りかけた。
「……どうやら用があるのはワシみたいじゃ、フレンは先に塔へ入れ」
「っ、何言ってるのよ、相手は国土級騎士なのよ⁉︎ 普通の魔人とは桁が違うわ!」
「ああ、それは十分に分かってる……」そう、ライルは全身で感じていた。
前世でも体感した事のない猛烈な殺気に、脳は全力で逃げのシグナルを発していた。
途端、ライルとフレンの顔に影がかかる。それは、10メートル程離れたクレーターから、たった一足で飛び出してきたドラコと、彼の巨体を上回る大剣であった。
「何を、話し込んでやがるッーー‼︎」「フレン‼︎ 行け‼︎」
少年はフレンを押し飛ばし、自身も草原へ飛び込んだ。再び巻き起こる地揺れと爆風は師と教え子を絶望的なまでに引き離す。吹き荒れる風の中、フレンは立ち上がり、大きな背中を見た。怒り狂う騎士団長は、獲物が逃げ込んだ草むらを睨みつけている。
「団長……!」
フレンの声に、偉丈夫が振り向こうとしたその瞬間、草原から一つの影が放たれた。
剣を背は抱え、著しい前傾姿勢のそれは、音の無い俊足でドラコへ迫る。そうして一瞬の隙に差し込んだ一撃は、ドラコの左腕へと見舞われた。
神木老人はその感触に慄いた。当初、叢で様子見するつもりだった。だがドラコがフレンへ顔を向けた瞬間、彼の体は思考を飛ばして動き出ていた。「害意は弟子ではなく、せめて自分へ」と。だが不可解にも、斬り込んだはずの表皮は金属音を立てて跳ね返された。
「貴様……」とだけドラコが口を開く。ライルが斬った腕には傷一つない。
「団長! やめて下さい! 何か誤解をされています!」
彼女の嘆願は彼の耳には入っていない。ただ黙って、ドラコは大剣を上段へ構えた。
「……フレン! 塔へ行け! 訳がわからんが、ここは副団長に納めてもらおう!」
迷いながらも、それしか方法はないと思い至ったようだ。彼女は頷き、腰を上げた。
「待ってて! 戻るまで無事でいて!」
半分涙目になりつつ、フレンは塔へ駆けた。そんな彼女の背に、少年は静かに呟いた。
「……そいつは、難しい注文だな……」
その太い剣身に少年の青い表情を映しながら、巨刃は強かに振り下ろされた。
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