第3章 裏切り者
第17話
翌日から、ライルは紅翼騎士団からの連絡を待った。推薦状が受理されるまで、時間がかかるようだ。その間彼は、引き続きフレンへ稽古を続けつつ、内偵調査の準備を進めた。
やがて二ヶ月が過ぎた頃、フレンに連れられライルは紅翼騎士団の門を潜る。
そこは荒々しい建物だった。壁は喧嘩の跡なのかやたらと傷だらけ。門を潜って見える煉瓦造りの館は、所々の窓が割れている。庭先の花壇に咲く花々が実にミスマッチだ。
「ちなみに、その花壇は私の領域よ」と、聞いてもないのに、フレンは自慢げに言った。
また、出入する人間も物騒である。酔っ払い、前歯の無いマッチョ、今にも刺してきそうなガリガリの小男など。刑務所の方がまだマシといった風態だ。
さらに不思議なのは館まで歩く僅かな道中、スキンヘッドやらモヒカンの乱暴者(全員騎士らしい)とフレンはにこやかに挨拶を交わしていることだ。
「おうフレン、まだくたばってなかったんだな。今日の任務はガキのお守りか⁇」
「随分懐かしいアホずらだなァ、都市級様ヨォ?」
「フレン! いつになったら俺の子供を産んでくれんだよぉぉぉぉ‼︎」
口を開けば暴言、セクハラの嵐。だが本人は皮肉と罵倒、ビンタで返答していく。
「わし、お前の将来が心配になってきたわい」「失礼なジジイねホント!」
場所のせいか、いつも以上に辛辣だった。
館に入ると、広々としたエントランス、というより酒場が広がっていた。
何人もの乱暴者(一応騎士)が騒いでおり、館全体が酒臭い。テーブル席が一階を占めており、吹き抜けになった2階からも怒号やら爆笑やらが聞こえてくる。
「それじゃあ、ライル。改めてようこそ、ここが紅翼騎士団よ!」
「よし。退団の手続きはどこでやればいい?」
フレンに引きずられながら、少年は3階の廊下までやって来た。
「ここが執務室よ。団長が在館の時はここで書類仕事か、下のホールで呑んでるわ」
そう言うと、フレンは扉をノックする。
「フレンです。新人のライル・メーザーを連れて参りました」
「待っていたわ、どうぞ入って~」と中から淑やかな声が聞こえた。
中に入ると、執務室は年代感のある雰囲気に溢れていた。古風なテーブルには地図やら書簡やらが散乱し、書棚は酒瓶置き場と化している。そんな、どこか趣のある部屋の奥、革張りの椅子に座って黄金色の頭をかいている偉丈夫が一人、その隣で控える美女が一人。
「おかえりなさい、フレンちゃん! ライル君もお久しぶりねっ!」
「ご無沙汰しています! ただ今戻りました!」と、フレンにつられてライルも跪く。
「もう、ここでは堅苦しいのはいいのよ。上役の前でもあるまいし」「上役だろ」
ミストレアの言動へ流れるような指摘を入れたのは、偉丈夫の男。
彼は膝をつく二人のそばへ歩み寄ると「立っていいぜ、二人とも」と声をかけた。
顔を上げると、やはり大男。背丈は2メートル程だろうか。
「ここの団長やってるドラコ・アルベールだ。よろしく」
差し出された大きな手に、ライルはそっと手を添えた。
「ライル・メーザーです。ドラコ団長。よろしくお願いしま……」
途端、ドラコの手に力が篭り、ライルの手が潰れる勢いで握り込まれた。同時、害意を感じたライルの肌がドラコの膂力を受け流す。
――神木流柔術 流落の体。敵の力を接触点から返してみせる、合気に近い技法である。
これによってドラコの腰が一段沈み、体勢が崩れ始めると、神木老人は我に返る。
(……っていかん! これから内偵しようって男に何をしようとしとるんじゃワシ!)
ライルはすぐに技を解き、その痛みを喜んで受け入れた。
「痛たたたた! 痛いです、ドラコ団長!」と、手を振りながら、何とか取り繕う少年。一方ドラコは不思議そうに自身の手を見つめたが、豪快に笑い飛ばした。
「ガハハハハ! すまんすまん! これも通過儀礼だ、ライル! ようこそ、紅翼へ!」
そう言って、ライルの肩をバシバシ叩いた。
「レア! こいつの入団手続きは済ませたんだよな!」
「……ドラコ、昨日証書を渡したでショ? それに貴方のサインが入れば終わりです」
「何ぃ⁉︎ 待て待て、どこやったんだ、俺……!」
ドラコは慌てて書類まみれのテーブルをひっくり返す。副団長は呆れながらも手伝った。
部屋に埃が舞い上がってしばらくすると、「あったあった!」とドラコが一枚の紙を取り出した。それに何かを書き殴ると、ライルへ渡してみせる。
「ほれ、これが騎士証書だ。失くさず保管しとくよーに!」「よーに、じゃありません」
フレンも呆れた声で突っ込んだが、当の本人は全く気にしていないようだ。
「さあて、これで名実ともにお前も紅翼の騎士だ! となれば、やる事は一つだぜ!」
丸太のような腕がヒョイと少年を掴み上げる。
「……え、何でしょう?」というライルの疑問に、ドラコはニカっと笑う。
「決まってんだろ、歓迎会だよ歓迎会! 今日は下の連中も多いし、盛大になるぜ!」
すると、ドラコとライルの背にゾワっと恐ろしい視線が突き刺さる。
「ちょっと、団長? まだ書類仕事終わってないわよう……?」
ミストレア副団長の異様なまでの怒気。これに逆らえる者など居るのだろうか?
それでも、この黄金の偉丈夫、ドラコは団長だ。怒る副団長へ堂々と言い返した。
「すまん! 今日はもうやりたくねぇ‼︎」
子供でもマシな言い分を考えそうなものを、彼は豪快に執務室を飛び出した。
そのまま2階の吹き抜けまで逃げて来ると、担いでいた少年をドサッと降ろす。
「お~こぇ。アイツを怒らせんなよ?」「え? 怒らせてたのはドラコ団長では」
ライルの正論はスルーし、ドラコは吹き抜けから見下ろす酒場へ声を響かせた。
「注目︎ーー‼︎ 今日から紅翼に新しい仲間が増えたぜーー‼︎」
すると、宴会中のならず者(騎士)が一斉にこちらを見上げた。
「遠くメイルルートから来てフレンの弟子になった、ライル・メーザーだ! まだガキだが、肝は座ってやがる! てめえら、せいぜい可愛がってやれや‼︎」
バシ! と思いっきり背中を叩かれ、ライルは手摺りに頭を打った。
「よっしゃ、ライル、テメェが乾杯の音頭だ!」と、いつの間にかドラコの手には2杯の木製ジョッキ。ライルは一つを受け取った。
「……団長、悪いんですが持ち上げてもらえませんか?」
少年の背では手摺りから顔を出せない。ドラコは豪快に笑うと彼を片手で持ち上げた。
「ライル・メーザーです。皆さん早く飲みたいでしょうから詳しい自己紹介は後でよろしく! まずは僕の入団を祝して、乾杯‼︎」
かんぱーーーーい‼︎ 盛大な歓声と共に、ライルは紅翼騎士団に迎えられた。
◇
夜中、紅翼の館は寝息に沈んでいる。男どもは酒瓶を枕に酔い潰れているため、庭先で密談していたとしても誰も気が付かないだろう。
「よし、いっちょ屋根裏から執務室に聞き耳を立ててくる」
「待ってライル。私も行くわ!」と、息巻くフレンに、少年はピシャリと言った。
「お前の体重では床が抜けるわい」「乙女に向かって何よその口の聞き方!」
ライルはフレンの憤慨を一旦宥め、続けた。
「フレン、お前は会計と兵站の方を当たれ。二人とも部下数人と街の飲み屋に出たらしいぞ。子供のワシがそっちに行くのは不自然だし、ここは適材適所でいこう」
「む。まあ、確かにその方がいいけど……」「そういうこった! よろしく頼む!」
ライルは屋根に続く配管へ手をかけた。登っていくと周囲の街並みが見渡せる。
遠くにあるバカでかい”救済の花”を横目に、ライルは屋根裏への隠し扉を開いた。先の宴会で、この館を建てた大工頭に話を聞いていたのだ。なお、ドラコ団長に魔力を買われて紅翼に所属しているが、騎士は副業との事。普段は大工として働いているらしい。
(全く……魔力があればワシも楽に世界を救えたのに)
少年は”自称女神”に恨言の一つを言いたくなった。おかげでふと思い出す。
(そういえば、困ったことがあれば救済の花に触れろ、と言ってたっけか……)
見上げた救済の花茎に沿って下へ視線を移す。根元には、拝花教の神殿が建っている。
神木老人は逡巡のしたものの、結局は「まあいいか」と屋根裏へ滑り込んだ。
中は暗闇だが、微かに漏れる光がある。館の構造的に執務室からだ。少年は音と気配を完全に殺し、屋根の梁を伝う。光に着くと、天井板と梁の隙間へ目を落とした。
「ささ、紅茶を入れましたよ~」「それより酒くれ。せっかくの酔いが冷めちまうぜ」
執務室に居たのは、やはりドラコ団長とミストレア副団長の二人だった。
「あら、酔っ払ってまたペンをへし折りたいならどうぞ?」
「ったく、分かったよ! さっさと終わらせりゃいいんだろ」
ドラコは傍に置いた紙山へ次々とサインしていく。ミストレアは彼を見張りながらも、処理済みの書類を整理していく。
「ところでドラコ、ライル君……どうかしら」
「……珍しいな、お前がそんな事聞いてくるなんて」
「いえ、ただねぇ、貴方の握手があの程度の反応で済むなんて、見たこと無かったから……子供だからって貴方が手を抜くとは思えないし……」
(む、しまった。もっと大袈裟な反応にするべきだったか……)
「は、流石は副団長、よく見てんじゃねぇか。ハッキリ言って奴はバケモンだ。その気になれば、俺を投げ飛ばすなんて朝飯前だったろうさ」
「うふふ、流石に言い過ぎよ。あんなに小さい子がそんな事できるわけないじゃない」
「……かもな。だが納得したぜ。あれなら確かに魔人を倒しても不思議じゃない」
(何故知っている……⁉︎)その途端、ライルに戦慄が走った。
メイルルートでの魔人戦。騎士団の体面上、魔人はフレンが倒した事になっている。真実はトラットによって隠されたのだ。にも関わらず、この二人は全容を掴んでいる。
「あら、そうなると話が少し変わってくるわね。また白斬の差金かしら?」
「断定はできねえ。レア、暫く奴を監視しとけ、下手に信用するのは不味いだろう」
「そこまで警戒するなら、最初から採用しなきゃいいのに」
「そういう奴ほど身内にしたほうがいい。後から尻尾を掴みやすいだろ。まあ、師匠の受け売りだがな……さ、これで終わりだ」
「はい、お疲れ様」と、ミストレアはドラコから渡された最後の書類を閉じた。
(潜入早々不味い事態だ……これじゃあ、内偵どころじゃない……)
ライルは少々迷ったが、監視の目が付く前にトラット報告するべきだと思い至った。
(すぐにフレンと合流して報告に行かねばな。そうと決まれば退散だ)
少年が体を浮かしたその時だった。
「……ん、ちょっと……」と、ミストレアの艶っぽい声が聞こえてくる。
「レア……いつも綺麗だが、こういう夜はいつも以上に輝いて見えるぜ?」
「……ふふっ、下手な口説き文句ね。誰に教わったの?」
「ダメか? ロアは『これで落ちない女は居ない』って言ってたがなぁ……」
「ばか、それは美男子だからいいの。貴方みたいな骨太が言ってもドキドキしないわ」
すると、ミストレアはドラコの首に腕を絡ませる。
「いつだって私が聞きたいのは、貴方の言葉よ、ドラコ……」「……レア、愛してる」
そうして、ライルの真下で事が始まった。
神木老人は諦めていた。満州で妻に先立たれ、戦後の動乱で娘も亡くし、彼の心には大きな傷が刻まれた。転生した今も、それは残っているはずだった。しかし、若い雄の体なんて単純なもの。枯れ果てたと思い込んでいた彼の得物は今、立派に立ち上がっている。
(ええ~~! 嘘ぉ~〜〜~…………ええぇぇ~~⁉︎)
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