第13話

 四ヶ月後、季節は秋。枯れた蔦まみれのシンメル闘技場は活気に沸いている。

 門には区画級錬成大会の幟が掲げられ、長い行列が胸を躍らせている。

 今大会、国内から名乗りを上げた区画級は14名。どの猛者も区画級の枠組みでは測りきれない実力を有している。それだけに、例年より高レベルな戦いが予想されている。

 観客が入り、開会式が始まると、審査委員長の都市級騎士はこう言い放った。

 『群雄割拠の猛者どもを薙ぎ倒し、己が魔力こそ最強だと、我らの前で示してみせろ‼︎』

 灼熱のような激励と、地底から響くような歓声が闘技場中に響き渡った。

 試合前の騎士達は、舞台の入場口へ続く通路で待っている。そこは静寂と張り詰めるような緊張感が漂っている。そんな中、酷く平静を欠いた騎士が一人。

 「こ、ここ、怖くない、怖くない、怖くない……大丈夫よ、フレン。自分を信じて!」

 すっかり縮こまり、身震いする茶色髪の女騎士、フレン・ジラソレがそこに居た。

 また、彼女の震える肩を嘲笑う男も一人。

 「よお、出来損ない! こんな所で何をしている? ピクニックなら外でしてこい!」

 フレンが振り向くと、侮蔑的な瞳と目があった。

 「……オーレン! ふざけないで! 私だって錬成大会の出場者よ!」

 「は! ここまで恥知らずとはな。貴様程度の魔力で勝ち抜けると思っているのか?」

 いつもの彼女なら、侮辱は受け流すだけだ。だが、何故か彼女は食ってかかった。

 「思ってるわ‼︎ あんたどころか、この場の誰だろうと、私は絶対に負けない!」

 挑発とも取れる声が通路に響き、彼女は屈強な騎士達の視線を浴びる事となった。

 「……………………いや、その、今のは、冗談と言いますか…………」

 そして再び縮こまる。一方のオーレンは、予想外の反意を前に、呆気に取られていた。

 「……貴様はーー『第3試合! オーレン卿、ヴラッド卿! 入場を‼︎』」

 場内に響くアナウンスに遮られ、オーレンは吐き捨てながらも踵を返す。

 「……チッ、まあいい。せいぜい足掻け。そうすれば、いい思い出にはなるだろう」

 立ち去る背中に安堵の溜息を吐きながら、ふと、フレンは気が付いた。

 「……あれ? 手の震えが消えてる」

 ◇

 この日、シンメル闘技場の誰も彼もが、興奮し、闘士へ檄を飛ばしている。

 トラットからは事前に2階の最前列の席が用意されていた。舞台は遠いが、動きを広く見渡せる良い席だ。その席で、ライルは座らず手摺りに身を乗り出して観戦していた。

 「やあ少年、よければ隣いいかな?」と、突然声を掛けられた。視線を移すと、そこには商人風な青年。艶やかな金髪、首や指に輝く貴金属。それなりに稼ぎがあるようだ。

 「ええ、どうぞ。僕も話し相手が居なくて困っていたところです」

 「それは良かった! いやぁ、それにしても今日の騎士達は粒揃いだね!」

 「お兄さん、常連さん? 実は僕、観戦は初めてで、よく分からないんだ」

 少年を装ってライルが聞くと、金髪の青年は歓声に負けない程にデカい声で驚いた。

 「なんだってぇーー⁉︎ それは大変だ‼︎」

 「う、うん。だから、色々と教え……「任せたまえ友よ‼︎ 観戦歴20年の私が何でもかんでも教えてあげよう‼︎ あ、私の事はエイトと呼んでくれ!」」

 (……おおう、なんじゃコイツ、おっかねぇ……)

 エイトの勢いに吹き飛ばされそうになりながら、ライルは差し出された手を握る。

 「ライルです、よろしく」

 すると、会場に拍手が広がった。第3試合が終わったようだ。

 「ああっ……しまった! オーレン卿の勇姿を見逃してしまった!」

 (オーレン? 奴も出ているのか。あのド緊張娘にまた絡んでなければいいのだが……)

 そう思いつつ、隣のエイトに謝った。

 「すみません、僕と話していたばかりに」

 「ん? ああ、別に気にしないでくれ。予想通りオーレン卿は勝ち上がったようだから、まだ彼の戦いはまた見れる。それよりも! 次の試合がはじまるぞ!」

 『――1回戦第4試合! フレン・ジラソレ卿!』

 アナウンスに促され、フレンが入場する。

朝からガチゴチに緊張していた姿はどこへやら、その足取りは軽いようだ。

 (……なんじゃ、上手くスイッチを入れたじゃないか)

 「彼女はフレン卿。見た通り魔力量はかなり少ないが、その分、剣の腕はピカイチだ。それに加えて他の騎士にはないガッツがある」

 「流石、詳しいですね」

 「これでも彼女の隠れファンだからな! 諦めず常に前進する姿には勇気を貰える。最近は活躍の報がなかったので心配だったが、大会の為に入念な準備をしていたのだろうな」

 「まあ、大方その通りです」「……ん?」

 少年の発言にエイトは首を傾げるも、次なるアナウンスが響き渡る。

 『続いて、ガオン・アーバン卿!』

 フレンから見て正面のゲートから出てきたのは、彼女の二倍もあろうかという大男。

 その迫力は、2階席にいるライルにも十二分に伝わった。

 「ふっふっふ、彼がガオン卿だ。区画級では最高身長。持ち前の体格を活かした超強化法術と、印象からは想像もできない、クレバーな戦い方が魅力の騎士だ!」

 審判員が二人の間に立つと、手から光のモヤを二人にかける。

 「ずっと気になってたんですけど、あの光って何です?」

 「ああ、あれは防護法術だよ。この戦いは殺し合いではないからね、騎士には3枚の防護が付与される。剣でも、魔力でも、その3枚を先に破壊すれば勝ちだ」

 (なるほど、それなりに安全は考えているのだな。じゃが……)

 「多少血が流れた方が盛り上がるのに……」「はは……君、おっかないこと言うね……」

 「よろしく申し上げる。お嬢さん」と長身恰幅な騎士は彼女を見下しながら言った。

 防護法術はすでに3枚目に取り掛かり、この男、ガオン卿との戦闘はもうまもなく。

 「こちらこそ、よろしくお願いします」

 侮られている事を承知でキッと視線を投げ返すが、男は興味を無くした表情だった。

 それも当然だ。体格どころか魔力量だけでも明らかに三倍以上は差がある。

 恐らく、この舞台に上がった段階で彼は勝利を確信したのだろう。

 そんな感情が、彼の視線からは筒抜けだった。だがフレンに恐怖はない。今目の前にしている脅威に、心が全く揺らがない。何故か、この大男がやたらと”小さく”見えるのだ。

 「どうしてだろう……?」

 「おや、どうかされましたかな?」と、彼女の一言に、ガオン卿は律儀に問い返した。

 思った事が口に出てしまい、フレンは慌てて誤魔化す。

 「い、いえいえ! すみません、何でもありません!」

 「そう緊張なされるな。お互いに、今までの鍛錬の成果を存分に発揮しましょう」

 (ぐぬ、なかなか気が効く事を……いや、むしろ舐められてる?)

 「防護法術展開完了! お二人とも、準備はよろしいですか⁉︎」

 間に立った審判が、一歩大きく下がる。

 「ええ。いつでも」「私もバッチリですッ!」

 相対する二人は互いを睨みながら、剣に手をかける。審判もそれを見て、叫んだ。

 「1回戦、第4試合! フレン・ジラソレ卿! ガオン・アーバン卿! 試合開始‼︎」

 互いに剣を引き抜いた。轟々たる歓声の中、騎士二人は睨み合う。


 「二人とも身体強化系の使い手だ。初手睨みあいは当然だろうね」

 周りにほだされる事もなく、意外にもエイトは冷静だった。そこでライルも聞き返す。

 「ふむ。で、エイトはどっちが勝つと予想しているんだ?」

 「9:1でガオン卿。魔力総量で言えば圧倒的だからね。でも万が一がある。この数ヶ月でフレン卿が魔力を覚醒させていたなら、勝機はある」

 「魔力を覚醒……? それって……」という少年の言葉を、金属音が遮った。

 「始まった! ここからは目が離せないぞッ‼︎」

 昂るエイトの声量と周囲の歓声。ライルもすぐさま目を移した。

 

 初撃は単純明快。ガオン卿の広い間合いを活かした横なぎの一閃である。

 強化法術を使用した苛烈な一撃だ。フレンも即座に強化し、剣でそれを受け止める。

 強化と強化のぶつけ合い。だがそれは、あまりにもあっさりと決着した。

 ガオン卿の膂力に、フレンの体が2メートルも飛ばされたのだ。

 (なんて威力ッ……‼︎ こんなのをまともに貰えば、防護3枚なんて一瞬でッ……!)

 だが、フレンは体を崩さない。浮いた足を踏ん張り直し、切先はしっかりとガオン卿を向いたまま。そこへガオン卿の追撃が襲う。意外にも、追撃は剣ではなかった。

 フレンの眼前に、礫が飛来する。闘技場の割れた石畳だ。彼女は咄嗟に顔を覆った。それが悪手だとも思わずに。狡猾な巨躯の騎士は、彼女の手で隠れた視野から剣を放つ。

 (終わりだ小娘ッ‼︎ その程度の魔力でこの場に立つのは無謀だったなッ‼︎)

 ガオン卿、渾身の一振り。強化は全快。策略も完全。会場の誰もが確信を持った。

”これで終わりだ”と。ただ一人の少年を除いては。

 「フレン、かましてやれ……!」


 パリンッ! 防護法術が割れる。その音はフレンではなく、ガオン卿。

 「……ッな⁉︎」と、彼は大きく飛び退いた。フレンとの間合いを広げ、冷静に努めた。

 (お、落ち着け我よ。まずは冷静に、相手の隙を……)

 フレンを見る。ガオン卿にとっては、つい先程まで小娘でしかない彼女を観る。

 剣を中段に構えた彼女の異様に、ガオンは悪寒のように直感した。”間合に入れば確実に斬られる”と。彼の焦りに反し、フレンは押し黙って動かない。両者の緊張が伝わったのか、歓声もすっかり止み、観客は静かに、二人の動向を注視していた。

 (少しだけ分かった気がする。どうしてこの騎士が小さく見えるのか)

 静寂に沈みながら、フレンは思う。相手は自分より優れた騎士。恵まれた体格と潤沢な魔力。それに裏打ちされた確かな自信がある。どう見積もっても自分は格下。にも関わらず、彼女の目にはガオン卿が小さく見えている。その理由は明確だった。

 (そうだ……この四ヶ月、私は化物を相手にしてた。彼と比べれば、この騎士はどうだ、大きな体躯は広い隙。膨大な魔力は無駄な予備動作。自信は油断とも取れる。彼は違う。彼には隙も無駄も、油断もなかった。剣戟の一つ一つに魂が篭っていた……!)

 白銀髪の少年の姿が頭に浮かんだ。剣を構え、たおやかに微笑む、恐ろしい師の姿が。

 途端、ガオン卿が動き出す。

 (私のパワーなら一撃入ればそれで終わる! ならば、斬られる覚悟で挑むのみッ‼︎)

 彼は心の混乱と折り合いを付け、強化した右腕で、剣を振り下ろす。

 頭上から迫った一撃を、フレンは半身に入ることで躱し、同時に左へ切り上げた。

 ――バリン‼︎ と同時にガオンの防護が一枚破れ落ちる。が、ここまで男の想定内。

 狙うは最初から一発逆転。その方策こそ、左手に握る第二の刃。短剣による刺突だ。

 眼前にその短剣を見据えようと、彼女は攻める。身体を翻し、今度は右薙に振り抜いた。

 短剣と両手剣。ガオン卿とフレン。両者は華麗な弧を描きながら交差し、すれ違う。

 まるで時間が凍結したように、二人の騎士は背を向けあったまま微動だにしない。

 会場は固唾を呑んで、その時を待つ。 

 …………バリン、と防護が破れ落ち、ガオンは膝を折る。

 「――勝者! フレン・ジラソレ卿ーー‼︎」と審判の手が上がり、場内が湧き上がった。

 (やっぱり、本気で殺しに来るライルと比べたら、どんな騎士でも怖くないわ!)

 

 沸き起こる観客席で、観戦歴20年のエイト氏は驚きを隠せない。

 「は、はは、勝っちゃったよ……法術も魔力も、普段の試合と大差なかったのに……」

 「……勝因は色々ある。中でも一番大きいのは”攻撃の起こり”を捉えている事だ」

 すると、隣のライルへ「ど、どういうことだい?」とエイトは首を傾けた。

 「人は攻撃する前、“攻撃する”という意識が先に発つ。その意識を察し、相手の挙動を完全に読む技……これを”後の先”という」

 「後の先……それが彼女の新しい法術か」

 「まさか。人間が本来持っている危機回避の本能だよ。もっとも、それを戦闘へ用いるのには、相当の訓練が必要だがな」

 「……どうにも信じ難いが、確かに彼女の反応は法術でも説明できない……君、詳し過ぎないか? もしかして、彼女のお知り合いかい?」

 「まあ、一応弟子をやってるよ。フレン卿の」

 すると、ライルの両方がガシッと掴まれ、前後に揺れる。

 「それは先に言いたまえよ君ぃぃ~~‼︎」「はっはっは~~」

 神木老人がフレンへ課した修行は、実戦形式の試合のみである。理由は色々とある。

 一つはフレン自身の剣技を磨くため。神木流を指導するには4か月はあまりにも短い。

 試合の事を考えれば付け焼き刃より、彼女の長所をひたすら伸ばすべきだと判断した。

 二つ目は”後の先”の習得。これには良い手本と死線を潜る経験が必須である。

 両方の条件を満たす為、神木老人は鬼神のような殺気を込めて剣を振りまくった。

 一日目、達人の殺気に当てられフレンは失神した。一週間後には怖気ながらも避けるまでにはなった。一か月後には殺気を受けても気負けせず、反撃の一合も放つようになった。

 そうして四か月後、彼女は気の起こりを察知する術を手に入れた。後の先の完成である。

 最大級の大番狂わせを魅せたフレンには、会場中から喝采が送られている。

 当の彼女は舞台から客席を見回し、大きく叫んだ。

 「ライルぅーー‼︎ 私勝ったよーー‼︎」と、彼女は傷だらけの手を空へ掲げた。

 そこからの3戦も、フレンは怒涛の快進撃を見せた。罠系の法術使い、キキリイ卿を突破し。魔力操作の技巧派で知られるピスト卿を圧倒し。魔法武器庫で名高いポフィルム卿を打破してのけた。どの騎士も明らか格上。彼らに比べて彼女の魔力はあまりにも脆弱だ。

 それでも彼女は圧倒的な剣技と特異な勘の冴えでジャイアントキリングを続けた。

 強者を前に、決して挫けない彼女の姿勢。それは観衆を虜にした。エイトはその典型だ。

 「いやいや! その辺のニワカと一緒にしないでくれたまえ!」

 「なーに言ってんだか。さっきは隠れファンだとのたまってた癖に」

 ライルの真っ当な意見は、この青年の耳には入らない。「そんなことより」と遮られた。

 「彼女のサイン、本当に貰ってきてくれるんだろうね⁉︎」

 「まあ、そのくらいなら。色々と教えてもらったしなぁ」

 エイトがこの日一番のガッツポーズをしている間に、ライルは席を立つ。

 「ちょっと様子を見てくるよ。ついでにサインも貰ってくる」

 「おお! よろしく頼むよ、大親友‼︎」


 その頃貴賓室では、また別種のファンが興奮していた。

 「ふふっ。あの子ったら、何か月も顔を出さないと思ったら。こんなに強く逞しくなっていただなんて‼︎」と、紅翼騎士団所属、ミストレア副団長が窓ガラスに張り付いていた。

 「ミストレア卿。自重して下さい。貴女の部下も見ています」

 そんな熱の入るミストレアに、隣の男が冷淡な声をかける。

 「もう、貴方こそ部下をもっと応援してあげたら? オーレン君も決勝でしょ?」

 不満げな彼女の言葉も暖簾に腕押し。男の冷ややかさには変化はない。

 「私の指導を受けた騎士です。優勝程度は当たり前ですよ」

 「ぐう……でも残念ね。その優勝を阻むのはウチのフレンちゃんよ!」

 両腕を広く上げた威嚇のポーズ。渾身の宣戦布告は指で弾かれるが如くスルーされた。

 「それよりもフレン卿の戦い方ですが。あれは少々問題があるのでは? この大会の意図は、魔力戦における優劣を競うもの。だが彼女は身体強化しか使っていない」

 「ええ~~そんなの考え過ぎよ! 相変らず白斬の団長さんは頭が硬いんだから!」

 純白の甲冑の騎士は、その凛とした眼差しを、場内で喝采を浴びるフレンへ向けた。

 「……まあいい。いかに剣術に優れていようと、オーレン相手では順当に敗退するか」

 白斬騎士団団長・国土級騎士フォルマ・マ・ルルクは、ただ平然とそう言った。

 なお、そのすぐ横では、ミストレアの謎威嚇が牙を剥き続けていた。

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