第12話

 貴賓室は実に豪勢な内装だ。広々とした大窓からは、に闘技場を広く見渡せる。

3人がソファに座ると、老騎士は、いきなりフレンへ頭を下げた。

 「すまなかった。ウチの団員が失礼な事を言って」

 「い、いえ! おやめ下さい! 全然気にしていませんから! ね、ライル⁉︎」

 「そうだぞ、トラット卿。アンタが謝る事でもないだろう」

 「……いや、大方の想像はつく。どうせオーレンの方から絡んできたんだろう?」

 顔を上げ、トラットはフレンへそう尋ねた。彼女は少し俯きながらも苦笑する。

 「いつもの事ですから」と呟いた彼女の言葉にトラットは表情を曇らせた。

 「……ライル君、聞いての通りだ。正直に言うと、魔力の低い者へ対する差別は、騎士団全体に蔓延している。君はそんな中へ飛び込もうとしているんだ」

 「ご忠告には感謝する。フレンからも同じような事を言われたよ。だが、ワシの目当ては変わらん。それにあの程度の差別は故郷でも日常茶飯事だったからのう」

 ライルはそう言うと、にっと悪戯な笑みを浮かべる。

 「それに、ここに頼もしい諸先輩方が居るではありませんか。な、そうだろ。フレン?」

 「うふふ、私を先輩扱いしたければ敬語を使いましょうか、おじいちゃん?」

 にっこりと、フレンも返した。二人の様子にトラットも表情を崩して立ち上がる。

 「聞くまでもなかったね。なら早速本題に入ろうか。君が騎士になる方法についてだ」

 トラットは大窓から闘技場を見下ろし、大会の様子を一瞥して続けた。

 「一般的に、騎士になるには二通りの方法がある」

 ライルとフレンに振り向きながら、トラットは指を二本立てて見せた。

 「一つは騎士精練学校の卒業。あそこは貴族社会に依存している上、オーレン卿のような魔力差別主義者の温床だ。入学すら不可能だろう。なので、君には一つしか道はない。それこそ、フレンやミストレア副団長も通った道。”師弟推薦制度”だ」

 ライルはどこか覚えのある用語に首を捻った。

 (ん、そういえばアルトも”師弟なんたら制度”とか言っていたような?)

 その様子を見て、トラットは説明を付け加えた。

 「師弟推薦制度とは、都市級騎士の弟子の内、有望な人材を視界級騎士に推薦できるという制度だよ。因みにこの制度を最初に利用したのが私だ」

 「なるほど! つまりワシを弟子に取ってもらえると言う事ですか!」

 ライルの気軽そうな発言に、フレンは思わず頭を抱えた。

 「……言っておくけど、卿はそれはもう、えっっら~~いお方なのよ? 最長任期の騎士で、発明家、お弟子さん二人は国土級。そんな簡単に卿の弟子になれる訳ないでしょ?」

 「えっ、そうなのか?」と聞き返すライルへ、トラット卿は頬を擦りつつ、謝った。

 「まあ、その通りだ。すまないが私が弟子を取るのは政治的な理由で無理なんだ」

 トラットの言葉に、フレンは大きく頷いた。

 「やっぱりそうですよねっ! ライルを弟子に取るなら私だって志願したいもの」

 (そこはフレンの願望じゃろうが……)

 「だが成程。だから闘技場に呼んだんだな。今日の錬成大会で区画級に昇級する者の弟子に付け、と言うことか。後はワシの師匠が都市級に上がるのを待てばいい」

 そう語ったライルは晴れやかとは言えない。ここまで来て自分の目標を他人に託さなければならない。張り切って王都までやって来た彼としてはとんだ肩透かしだ。

 「……君、やはり12歳とは思えないな。120歳のお爺さんというのは本当らしい」

 トラットのふとしたコメントに、フレンの軽口が溢れた。

 「あ、トラット卿もちゃんとは信じてなかったんですね」

 「はは、まあ突飛な話だからねぇ? あ、勿論君の実力だけは信じているとも」

 (……若く見られるっていい事だし? だから別に辛くなんてないし……) 

 心の老人はすっかり機嫌を損ねた。

 「だがね、君の推察とは少し違うよ」と言ったトラットの台詞に、ライルは顔を上げた。

 「言っただろ? 魔力差別が蔓延しているって。この大会から君の師を探すのも難しいさ。だからもっとシンプルな提案を君達にしたい」

 「提案、ですか……ちょっと待ってくだされ、今”君達”と……?」

 「え、私にもですか?」とフレンも引っかかり、同じように聞き返した。

 トラットは二人ににっと微笑みつつも、強かに言った。

 「フレン、君が彼の師匠になりなさい」

 「「ええーー⁉︎」」

 「なに、私だって方々人材を探したさ。だが彼に合う器量を持つ騎士は君しかいなかった。何より君ら、メイルルートで背を守りあった仲じゃないか」

 「む、確かに……」とライルは納得しかかったが、そこにフレンが横槍を入れる。

 「納得しないでよお爺ちゃん! トラット卿、私では不相応です!」

 フレンの反対に、トラットは眉を潜める。

 「おや、どうしてそこまで反対するんだい?」

 「……私の魔力量をご存知でしょう? 確かに都市級を夢見た事もありますけど……」

 戸惑う彼女へ、ライルは静かに問いを投げた。

 「夢、見たんだろ? 諦めちまったのかい?」

 「ライルが想像している程騎士は甘くない。視界級の時には剣術でどうにか昇級できたけど、上に行けば行く程、実力は魔力の優劣に取って代るわ。だから私は落ちこぼれたの」

 「フレン……それならどうして、今でも厳しい鍛錬をしているんだ?」

 フレンは、ライルの真摯な瞳を見た。

 「……待って、どうして厳しいと言い切れるの? 道中そんな姿みせてないのに」

 「見ればわかる。お前さんの歩き方や重心の位置、全てが剣のために整っている。才覚だけではそうはならん。お前さんは剣のために途方もない努力をしとる。そうだろう?」

 フレンの目頭が熱くなる。ここまで理解してもらったのは、彼女には初めての事だった。

 「……それでも現実は甘くはないわ。私なんかでは一生都市級には上がれないし、貴方を騎士にしてもあげられない。だから気持ちは嬉しいけど他の騎士を……」

 「魔人と戦うワシの背中を見てたんだろ? それでも不可能だと思うのか?」

 ライルの発した言葉に、フレンの思考が立ち止まる。

 「……いや、いやいや……私は100歳のお爺ちゃんみたいな修行経験なんてないし」

 「そいつを教えてやる。そう言ってるんだ。直ぐにでもトラット卿より強くしてやるさ」

 彼女は顔を向き直した。少年の表情に、嘘は微塵も感じられない。

 「え……本気で言ってるの?」

 「フレンにはいつだって本気の言葉を使っている。それが努力する者に対する礼儀だ」

 「ずるよ……私、とっくに諦めていたのに、そんな事言われたら……」

 込み上げる嗚咽を飲み殺し、フレンは涙に濡れた手のひらを少年へ差し出した。

 「……ライル、貴方の師匠にさせて。そして私を、貴方の弟子にして」

 「おう。お互い弟子で、お互い師匠。いいじゃないか」

 二人は硬く熱い握手を交わす。トラットも、安心したようにフッと笑って口を開いた。

 「決まりだね。四ヶ月後の錬成大会、楽しみにして待っているよ、二人とも」


間話

 小さい頃、よく父に連れられて森へ行った。薬学者の父は、忙しい研究の中でも一人娘の私のために遊ぶ時間を作ってくれた。森にある花畑で父と過ごす時間が大好きだった。

 父に教わって花の冠を作り、家で夕ご飯の支度をする母へプレゼントした。

 母が嬉しそうに冠を着けると、茎から幼虫が湧き出した時は、家中が大混乱。

 父と怒られながら掃除をして、お風呂に入って二人して落ち込んだっけ。

 お風呂から上がると、暖かいシチューをよそう優しい母が待っている。

 何気ない、どこにでもある穏やかな日々……魔人災害は、それを容赦無く破壊する。

 かくいう、私も被災者の一人だ。生き残った者として、もう悲劇を起こさせない。私にはそういう義務があると思った。だから私は守護騎士になったのだ。

 悲劇の源である魔人を倒せる階級、都市級騎士になるのだと、当たり前のように志した。

 しかし、思い知らされた。意志や努力だけでは埋まらないものがこの世にはあると。

 区画級になった苦難の日も、視界級騎士に推薦された憐憫の日も、無理矢理に弟子入りした怨嗟の日でさえも。私はいつも落ちこぼれだった。

 それでも私が剣を握り続けたのは、あの惨劇の夜があったから。

 『さあ、お名前を教えて⁇ 大丈夫、君だけは殺さない。一目惚れなんだ……!』

 妖艶な女の声。狂笑の貌と、色を失った瞳。その記憶は私に深く刻み込まれている。

 現実に打ちのめされ、諦めてしまおうとした日さえ、私は剣を振っていた。

 ただひたすらに、自分を磨くことでしか癒せない。きっと、これはそういう傷なのだ。

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